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□人魚姫12
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人魚姫12











「何するの...!?」

「聞け。」


胸に頭を押し付けられる。
ナミは頭を掴まれる手と、男の消毒液のような匂いに小娘のようにドギマギした。

狭い部屋で二人きり。
そうなっても仕方ないと覚悟はしていたけれども。

「動揺するな。そういうことじゃない。」

「え....?」

ナミは耳元で音が聞こえない違和感にやっと気づいた。

心臓の音が、しない。

確かに左胸に耳を押し付けられているのに、そこには空洞があるかのように、血脈を引き起こす音がしなかった。

ナミは驚いて男の顔を見る。

「おれの心臓はシーザーに取られている。ーーこんな風に。」

ローはナミの心臓を手に取った。
男の物よりは小振りの、筋肉の塊を。

「え...!?わ、わたしの!?」

「女のは少し小さい。」

「か、返して!!」

ローは言われた通りナミの胸にそれを押し込んだ。
二人を手術台のサークルが包んでいる。

ナミはどさくさに紛れてローに胸を触られたことも気に止めず、ほっと息を吐いた。

「自分の心臓を取り返すまでは、俺も下手な真似は出来ない。子供を治療してることがバレるのも都合が悪い。」

「そうだったの...リスクを負わせちゃったわね...」

「子供が治療を隠し通せるとも思えない。シーザーやモネにバレる前に、方法は二つほどしかないと思うが、一つは運任せだ。」

ローはナミの胸を触ったまま話した。

「まず、パンクハザードから通信を入れる。泥棒猫を拾ったと言う内容だ。それを聞きつけてお前の船がここに来られれば一番いい。しかしこの島は政府の人間すら立ち入り禁止の島だ。他の海軍やらも呼び寄せてしまうかもしれないし、お前の船が来るという保証もない。」

「もう一つは、不本意だが、お前の任務が成功したとして、ジョーカーの元に下るふりをすることだ。心臓を取り返して、ドレスローザに向かう船に乗る。その船を乗っ取って、二人で麦わらの船を目指す。こちらの方が、より能動的だ。俺たちの個々の能力も必要になる。」

ナミはごくりと息をのんだ。
ドフラミンゴ勢からすれば、自分の立場は二重スパイになってしまった。

鞭の跡が疼いた。
船の乗っ取りに成功しなければ、行き着く先は地獄だ。きっと。

「い、いいわ。どっちもよ。どっちも進めましょ。」

ナミは気丈に言った。

「わざと傍受され得る通信を入れて、仲間の船を呼ぶ。あんたは私に落ちたふりをする。私も任務を完了したふりをする。ドレスローザに着く前に、船を盗って逃げておさらば。ーー聞くけど、あんたちゃんと強いんでしょうね。」

「心配するな。それよりも、お前と手を組むなら、俺を裏切らない保証が欲しい。」

「あっ!」

ローの指が胸の先に触れそうで、ナミはびくりと声を上げた。

「お前の心臓を、俺に寄こせ。」

「あんた、本当に変態プレイがお好みなのね...」

「そう言う訳じゃない。ただ」


ローはナミに触れるのをやめて腕を組んで言った。


「自分の女にするなら、お前みたいな奴がいいと思っただけだ。」


この女が敵に回ったら、危なかった。
SADの製造法を抹消することもできず、ドフラミンゴに踊らされるところだ。

女はこちらに有益な情報をもたらし、敵の狙いまで洩らして来た。

船に戻ると言う目的の為に、最短で最善、最も易しそうな手段を考えている。
何を持ってそう判断されたのかはわからない。
しかし、ナミは自分と手を組むことを選んだ。

海楼石で拘束された時はどうしようかと思ったが、女に押し倒されると言う貴重な経験もさせてもらった。


「二人の時はいいのよ、落ちたふりしなくて。」

「.............」


ローは相手に気持ちが全く伝わらないので辟易した。


「じゃあ...はい」


ナミが目を閉じたので、ローはどう言うことかと思って、ナミの肩を掴んで唇に口付けた。

すると死角から平手が飛んで来たので驚く。

「何すんのよ!?心臓でしょ!?誰がキスしろって言ったのよ!?」

「...ああ...心臓か...」

ローはナミの心臓を手に取ったが、少し考えてそれをナミの胸に返した。

「俺もお前を信用するよ。これは返そう。」

「そう。良かったわ。どう言う風の吹き回し?」

「別に...お前を信じようと思っただけだ。」

ナミはその言葉に目を見開いた。

この男は無表情で寡黙だけれども、やはり一船の船長たる器があるのかもしれないと。

しかし。


「...それにしても」

ナミは拳を握った。

「あんた、いつまで人の胸触ってんのよ!!」

拳が顎の下から繰り出されて、アッパーをまともに食らったローは、ダウンとまでは行かなかったものの脳がぐらぐらと揺れたのだった。















ーーーー乗組員は、疲弊していた。


誰も言葉にすることはなかったが、最悪のことすら想像して、涙の代わりに血反吐を吐いた。

嵐の中の船を何日も操った全員の手が、ロープを引き続けて血に塗れていた。

ルフィは食事を摂らなくなった。

太刀打ち出来ない海を前にして、温かな髪色をした航海士が笑いかけてくれることを夢見た。



そんな時、火の海で電電虫が緊急信号を拾ったのを誰かが聞いた。

サンジが受話器を力無く落とすと、耳を疑う内容が聞こえて来た。

「.....ザザ.....麦わら....遭難....いた.....泥棒猫ナミ..........われ.....ザザ......身柄を...パ...ハザード......」

男の目に生気が宿った。

「なんだって!?ナミさん!!おい!!ルフィ!!!!」

サンジの剣幕に全員が通信器の前に集合する。

「......麦わら......ナミ......ザザ....島....パンクハザード.....」

ノイズの合間に男の声が聞こえる。
ナミの生存を示唆する男の声が。

「聞こえたか。」

サンジの言葉にルフィは頷いた。

「メシをくれ。必ずその島に上陸するぞ。」










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