novels2
□人魚姫14
1ページ/1ページ
人魚姫14
「ヴェルゴが来たわ。」
部屋に戻ったナミは声を落とし、ローの耳元で言った。
これは外にいる誰かに聞かれないようにする為だったが、近寄っても大丈夫だと言うローへの信頼も少なからずそうさせていた。
その名前を聞いて、男の表情がさっと暗いものへ変わったのをナミは見逃さなかった。
「....心臓を取り戻すのが難しくなった。」
「あらそうかしら。...知り合いなの?」
「.........」
ローは何も言わずに背を向けて横になった。
ナミは慌ててローに毛布をかけて、自分もそこに包まる。
背中を向けて、寒くないように鼻まで中に入れ、目だけ出して背後を伺った。
ーー様子がおかしいのに、何も聞けなかった。
ローの表情は、なにか、自分を責めるような、後悔するような、そんな色。
ナミは何も聞けなかったけれど、そのことがより、触れ合う背中が温かいことに意識を集中させてしまった。
温かいのに、ローが何を思うのか、何もわからないのだな、と思った。
ローのことを何も知らないのに、目的のために手を組んで、信頼している。
それはとても細い糸のような頼りなさだと思った。
知りたいと思った。
そう。
手を組むなら、その辛さを少し肩代わりしてあげたっていいはずだ。
自分に何かできるのなら。
「......辛いの?」
ナミは体の向きを変えて、ローの背中に手で触れた。
ローがぴくりとするのがわかった。
何も知らないけれど、伝わればいいなと思うのは、私はあなたの味方だと言うこと。
ーー子供たちを救ってくれたから。
すると、こちらを向いたローの手がナミの体を強く抱きしめた。
そうしないと、生きて行けないと言ったような、力強さで。
ナミはその男の頭を包み込んで撫でた。
背中をとんとんと叩いて、硬い黒髪を撫でた。
母親のように、優しい手つきで、少しでも、この男を苦しめるものが和らぐようにと、労わりで抱きしめた。
ローの表情は窺い知れないけれど、過去の変えられない事実にもがくような顔が忘れられなかった。
自分にも、似たような経験がある。
例えば、鮫の魚人を思い出す時、母の死を思い出す時、自分も同じ表情をしていることにナミは気づいていた。
ぽつりぽつりと、抱き合ったまま二人で話をした。
子供の頃愛情に囲まれて幸せだったこと、悲惨な出来事のこと、まだ短いけれど、自分の人生のことを。
お互いのことを、話した。
ローはオレンジの髪に顔を埋めて俯く。
ーーヴェルゴは、あの日の記憶を思い出させる。
自分が間違いを犯さなければ、あの日、あの人がいなくならずに済んだかもしれない。
もっと慎重だったら。
もっと考えが深ければ。
もっと力があれば。
もっと大人だったなら。
もっと、伝えればよかった。
どれほどあの人が、自分の為に流してくれた涙が嬉しかったかを。
優しく背中を撫でる細い手が、ゆっくりと上下してあたたかかった。
ローは女の香りに鼻腔をくすぐられながら、きつく目を閉じる。
ナミのことが好きだと思った。
多分、もう、とても。
温もりに癒された自分を自覚した。
誰の思い通りにもならない。
自分と似通う部分のある女だった。
抱き合う体だけでなく、近くに心があると、そんな気がした。
伝えても、自分の今感じたこの気持ちが全部伝わるとも思えなかったので、ローは口を噤んだけれども。
暖かい腕の中で、ナミは決心していた。
ローはシーザーが持っている心臓を取り戻すのが難しくなったと言った。
剥き出しの心臓をどうこうされれば、強さなど灰燼に帰してしまう。
ーー私が取り戻してあげる。
そうすることが、きっと仲間の元へ帰る一歩にもなる。
シーザーに近づき、わからないうちに盗めばいい。
正真正銘の、ハートを。
ナミの手は、相変わらずローの黒髪を撫でていた。
ーーそして、話す内にかつて二人に愛を注いでくれた人が、どちらも海兵だったことがわかった頃には、もう朝になっていた。
「若様が来るの」
モネがカウンターに座ってガリガリと報告書を書きながら言った。
ヴェルゴは頬に何か食べ物を付けていたが、指摘し飽いていたのでモネは何も言わなかった。
「ああ、おれが泥棒猫のハニートラップは上手く行っているようだと言ったら、文字通り飛んで出てきたらしい。」
「若様らしくない....SADの資料もシーザーも、ローまでこちらの手にあるのに、急ぐことなんて...」
「泥棒猫にご執心なんだろう。さすがに他の男と寝るのは嫌と見える。」
モネは掛けていた、せっかくの器量を損なう眼鏡を上げた。
「そんなこと気にするような人?」
「さあ?...どれ、ドフィの言いつけを守らなけりゃ、嫌味のひとつも言われてしまう。」
「何をするの。」
「なに、ちょっと泥棒猫をいたぶるだけだ。」
Next