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□人魚姫16
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人魚姫16
寒い。
体が冷えて、動かない。
眠るように意識を失ったナミは、寒い朝に起きるように目を覚ました。
天井を這う剥き出しのパイプが、研究室にいるのだと理解させた。
自分の体には、見覚えのあるピンクのコートが掛けられていて、それが体温を回復させたのだと思う。
実験の為の台に寝かされていたナミは、恐る恐る起き上がった。
ーードフラミンゴが来た。
私の裏切りも知って。
その時、どこかで男の悲鳴が響くのを聞いた。
「ぐああ...っ!!」
人を痛めつける音がする。
ナミは音の方へ走った。
心臓が、ドキドキする。
何か怖いことが起こっている。
そんな気がした。
「ふふ...苦しそう。心臓が戻っても、ヴェルゴと若様が揃ってしまえば結果は同じね...」
「生意気に、腕を一本持って行かれた。」
ヴェルゴが体と切り離された自身の腕を持っていた。
「冷凍しておけ。国に帰れば治療できる。」
ドフラミンゴは椅子に座って笑っていた。
「ロー、お前が何をするつもりだったか知らないが、俺はお前を許す。何故なら、まだお前に奪われたものは何一つないからだ。」
ローが歯をギリギリと噛み締めた。
糸に捕まり、動けないままヴェルゴに何度も殴られ、蹴られた。
床が血で染まり、貧血していた。
ーーナミは無事なのか。
血の足りない頭で考える。
この状況を、打開するには。
ドフラミンゴとヴェルゴ、モネにシーザーを一人で相手にするのはさすがに分が悪かった。
「どれ、子猫がお目覚めか。」
「どうするの?若様、あの子の処分。」
扉の影から様子を伺っていたナミは、バレていることがわかって姿を現した。
「......」
ドフラミンゴの表情は、読めない。
ナミは少し震えながら戸口に立つ。
拳を握って、武器に手をかけようとした。
「事実だけ確認しよう。」
ドフラミンゴが口の端を吊り上げ、手を広げた。
「ローは何故かSADに手を出したが、その設計図はナミが取り戻した。シーザーも無事。SADも無事。ナミはシーザーから心臓を盗んだが」
ドフラミンゴの声に、まだ一抹のチャンスを嗅ぎ取ったナミは、妖艶に笑った。
体はもう、震えていなかった。
「あら、ローのハートを奪うのも、私の任務として指示されたことだわ?盗んで渡せとは言われなかったもの。本人に返せとも言われなかったけど。」
「ふふ...そんなへりくつ、通用するかしら。」
「それはドフィに聞いて。私はちゃんと任務を果たしたわ。だって、結局ローに奪われたものなんて、ないんでしょ?なにひとつ。」
それは、実害がないと言うことだ。
それならば、優先すべきはローの能力の掌握。
ナミはローに近寄って顔を覗き込みながら言った。
何か、同じような胸の痛みを前にも経験したような気がした。
「せっかく設計図を盗んだのに、詰めが甘かったわね。私はドフィの手先だったの。簡単に騙されてくれるので、仕事が早かったわ。」
今はここに逃げるしか。
私だけでも自由になれば、どこかでローを逃がせる。
「フッフッ...その通りだ。ただ」
ドフラミンゴが糸でナミを拘束した。
四肢を無防備に広げ、十字に磔にされて。
「歯向かう若い芽を放っておくことも出来ない。どうだ、ローは殺した方がいいと思うか、ヴェルゴ。」
「ああ、残念だが、そう思うね。コラソンの死んだあの日から、こいつはファミリーに敵対する思想を持っている。」
ナミは目を見開く。
「と、言うわけだ。子猫と違って、噛まれると重症を負うのは事実。」
ナミは馬鹿にされたとさっと顔を赤くした。
「さて、最高幹部がこう言うのなら、おれはその意見を汲みたいと思うが。」
「了解だよ、兄弟。」
ヴェルゴがローの体に容赦なく武装色の覇気を纏った打撃を浴びせた。
呻く声、飛び散る血がナミの顔を真っ青にさせる。
「やめて!!!待って!!!」
ドフラミンゴは想定内だと言った風情で笑っていた。
「もし、お前が自分の船を下りて、一生おれについてくると誓うなら、ローの命は助けてやってもいい。」
「なっ...!何を...」
ヴェルゴが武器を手に取った。
ただの鉄パイプも、この男が持てば人を一発で殺す能力を持つ。
ナミにはもう考える暇もなかった。
「待って!!誓うわ!」
「フッフッ...何を。」
ナミは拘束されたまま叫んだ。
「あんたについて行く!!だからもうやめて!!」
「聞いたか、ロー。」
ローは血を吐きながらドフラミンゴを睨みつけた。
ナミが拘束されてから、ローの目の色が変わったのをドフラミンゴは見逃さなかった。
ローも、落ちている。
だって自分も落ちたのだから。
ローは好機を待ってルームを張っていた。
暗いのに意思を持って光った眼で言った。
「そんなことは、させねぇよ...!」
糸から抜け出たローはドフラミンゴに斬りかかった。
一瞬でも隙をつけば、ナミを連れてここから離れられると。
「ロー。いいの?こっちを気にしなくて...」
「あっ...!」
モネがくすくすと笑いながら、ナミの首元に短刀を突きつけていた。
ヴェルゴも膝をついたナミの前に鉄パイプをちらつかせ、さながら今にも処刑されそうな女海賊のようだった。
「若様に何かしたら、この子を殺すわよ。不穏な動きをしても、この子を殺す。従順になりなさい...そうすれば、この子に手は出さないわ...」
「ロー...」
ローはそれを見て、刀を下ろした。
「ナミちゃん、あなたもね。いい子にしてたら、ローは殺さないであげる。若様もそれを望んでるんだから。」
「一件落着だな。...歓迎するよ。三代目コラソン。」
「一石二鳥で人心を掌握するなんて、さすが若様。」
ナミの手から糸が解かれて、ぺたりと床に座った。
お互いが人質になって、首をつかみ合うような形になってしまった。
何もかも遠のく。
海も、仲間も、自由も。
「行くぞ、ナミ。」
「...はい...」
ドフラミンゴが抱くように腕を持ったので、ナミは抱えられるように立ち上がった。
その時。
研究所を揺るがすような爆発音と、誰かが自分を呼ぶ声に、ナミは息をするのも忘れて瞬く。
「ナーーーーーミーーーーー!!!!」
それは、涙が出るほど会いたかった人の声だった。
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