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□人魚姫17
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人魚姫17
「ルフィ!!!!」
ナミは声を上げた。
ここよ、ここにいる。
もう大丈夫。
私とローを助けて。
ローのいる部屋からナミを引きずり出して来たドフラミンゴは、ナミの希望に満ちた顔を見て、初めての感情を覚えた。
面白くなかった。
何より、辛かった。
自分以外がナミに影響を与えられることが、許し難かった。
二人きりの時には、力づくでは思い通りにしたくないと、そう思っていたのに。
脳裏をよぎるのはまるで裏切られたかのような、怒り。
「ルフィ!!私はここ...んんっ」
ドフラミンゴはナミの小さな顎を持って無理矢理に口付けた。
自分の手の平の上では、待つつもりで、いつまでも待つつもりでいたのに、その上から今にもいなくなりそうになると、もう駄目だった。
「んっ、ハァ、なにを...!?」
「他の男を見るな。」
低く、静かに言う声に戦慄を覚える。
傷ついたような顔で、悲しい目をしているのも、黒いグラスに遮られてナミには見えない。
細い手首を掴まれ、見つめ合うのに、男が何を考えているのかわからない。
「ナミーーー!!!無事かーーー!!!」
ルフィはオレンジ色の髪を見つけて、心の底から安堵していた。
生きている。生きていてくれた。
それだけで、もう十分だった。
ドフラミンゴは蜘蛛の巣のように糸を張って、ルフィを絡め取る。
「ミンゴ!!ナミから手を離せ!!」
「....なんでテメェの言うことを聞かなきゃならねェ...」
低く唸るような声にナミの背筋が凍った。
心底怒っている。
ルフィに向けられるドフラミンゴの怒りに、ナミは恐怖した。
「シャンブルズ」
その時、体を包み込む人間が変わった。
ローがナミの位置を入れ替え、ドフラミンゴから奪取したのだ。
「ロー!大丈夫なの!?」
ナミの真剣な眼差しに、幾らか慰められる。
状況は、芳しくないにも関わらず。
ローは口元の血を袖で拭いながら言った。
「そばにいろ。守れるように。」
「うん!わかった!」
一世一代の告白のつもりで言った言葉に、大真面目に頷かれて複雑な思いで背を向ける。
ーー自分の命を守る為に、ドフラミンゴに身を捧げようとした。
耐えられそうにない。そんな状況も、ドフラミンゴの側に一生いるという約束も。
なのに、自分を守る為に。
「ダメじゃない...若様の猫ちゃんを勝手に盗んじゃ....」
部屋に吹雪が吹き荒れた。
片腕を失ったヴェルゴとモネ、シーザーがその部屋には控えていた。
「テメェの心臓はここにあると言うことを忘れるな。」
「うっ...!!」
ローがモネの心臓を握る。
ヴェルゴは手負いだ。
シーザーだけなら。
「ロー!!俺から何も奪えると思うな!!」
「待て!!ミンゴ!!おれと戦え!!」
ドフラミンゴはローを追って標的を定めた。
その標的は常に、ナミを奪おうとする男に向けられるのだ。
「ナミさーーーん!!!」
「ナミーーー!!!」
どこかで仲間の声が聞こえた。
それだけで、勇気が湧いて来るような気がする。
ナミはみんな、と小さく叫んだ。
目をキラキラと輝かせながら。
また、とドフラミンゴは思った。
仲間の姿を見ただけで、ナミの目に光が宿る。
顔が美しく輝く。
それをするのは、いつも自分だけで在りたいのに。
糸をローに向けて弾丸のように飛ばしても、ナミを庇っている男に照準が定められなかった。
研究室のコンクリートばかりが破壊されて、足場もなくなる。
その時、空中に浮かぶドフラミンゴめがけてルフィが繰り出した足が、避けられて天井を破壊した。
シェルター並みの強さ、厚さを持った天井が崩れ、瓦礫が落ち、その場にいた全員が下敷きになった。
ナミは咄嗟に頭を庇おうとしたが、それよりも早く、ローが自分の上に覆い被さって、守った。
衝撃音が収まり恐る恐る目を開けると、暗い瓦礫の中で頭から血を流すローの姿が目の前にあった。
「....ッ!!ロー!!」
ナミの顔が真っ青になる。
ローはもう限界だ。
多量に出血し、背中には重いコンクリートが弾丸のように落ちて来たのだ。
「生きてるの!?ごめんなさい、私を庇って...!」
ローの両頬に触れた。
冷たい肌。
食いしばった口からも血が出ている。
幸いまだ酸欠には至らないが、このままでは危ない。
ローの顔が近づいて、唇に触れた。
一瞬、キスされたのかと思った。
重みに潰れて、ローの体がナミを押しつぶしたのだ。
顔と顔を押し付ける形になって、どうしようもなくなる。
「う....っ、ろ、ロー...」
状況が状況でなければ、キスよりもキスのような。
ローは能力で、自分の上に降り積もる瓦礫を退けたようだった。
「ハァ...ハァ...ありがとう....大丈夫...!?」
「...ドフラミンゴは......」
絞り出すローの声に背後を振り返ると、異様な光景があった。
なにこれ。
瓦礫が、糸に。
ドフラミンゴの能力だ。
自分以外にも影響を与える、パラミシアの覚醒。
「ロー!行きましょう!!こっち!!」
船まで逃げるしかない。
仲間は私を助けに来てくれた。
それは私がどう動くかで、みんなの動きが決まると言うことだ。
ここで手負いのローを戦わせるわけにはいかないと思った。
元より、ローの目的はSADとシーザーだけだ。
SADの資料を探している間、ナミはこの研究室の退路と宝物庫もチェックしていた。
廊下を走ると、後ろからルフィの体が飛んできた。
いや、飛ばされて来たのだ。
姿すら見えないほど遠くから、ドフラミンゴの手によって。
「ルフィ!!!」
ルフィすら、歯が立たないなんて。
麦わらの一味には、私の身柄を奪還する以外に戦う理由もない。
私のせいで、仲間まで巻き込んでしまった。
誰も傷ついて欲しくないのに。
ナミは唇を引き結んだ。
ローは立ち止まって向き直り、ナミを守るように立った。
「ロー!だめ!そんな体じゃ...!!」
「うるせぇよ。お前が連れて行かれるよりはいい。」
勝機は、戦いながら考える。
ローはゼェゼェと息を切らしながら言った。
「行け。仲間と逃げろ。」
ナミは狼狽えた。
自分の脇にある扉。
ここ。
この部屋からなら、外に出られるとわかっていた。
「ダメよ!!一緒に来て!!」
腕を引いたが、動かなかった。
ナミは急いでローの前に回って、男の顔を引っつかんでキスをした。
「....!?な、」
その隙に持っていた海楼石の錠をローに押し付けて、自由を奪う。
部屋に引きずって、人一人隠れられそうな棚の中にローを押し込んだ。
「子供達のこと、お願いね。」
「待て、ナミ....っ!!」
「お願い。私なら大丈夫。...あんたに死んで欲しくないの。」
この状況は、いつかどこかで。
ローは目を見開いた。
コラさんが宝箱の中に、自分を隠したあの時と、似ていた。
これでは昔と同じだ。
ナミが連れて行かれることの方が、自分にとっては心を引き裂かれるほどのことなのに。
「これを外せ...!!」
「私の仲間が来るわ。それに、時間を掛ければ外れる。」
部屋のドアが糸でざわついた気がした。
海楼石は能力者の自由を奪うが、もうひとつ奪う物がある。
強い男の覇気さえも消す。
ドフラミンゴに、ローの気配が悟られないと言うことだ。
「駄目だ、外せ...!!!」
「黙って。」
ナミがローにキスをした。
黙らせる為に。
ナミは棚を硬く閉ざした。
扉が全部糸になる前に、部屋の外に出た。
「ルフィ...!」
重症ではないはずだ。
きっと。だってルフィだ。
その時、後ろから、ざわりと恐しい気配がした。
「仲間と別れの挨拶は済んだか。」
顎を掴まれ、耳元で低く囁かれる。
ナミはこれから自分の身に起こることを想像して、息も出来なかった。
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