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□人魚姫20
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人魚姫20
ドレスローザへの航海は難航した。
航海士の不在に、クルー達の焦りも手伝って、予定よりも随分遅れて到着した。
その夜、ドレスローザの港に麦わらの髑髏を掲げた船が停泊した。
潜む人影が一つ、何とかその船の船長を説き伏せて物見に出ることが出来た男がいた。
ローは深く帽子を被って暗躍していた。
あの夜背中に触れた手。
死んで欲しくないと口を塞いだ唇。
どうしようもなく、守りたかった。
あの麦わら屋すら、ナミのことになると目の色を変える。
あのドフラミンゴすら、心奪われて取り乱す。
自分はあの女の為に何ができるだろう。
もしかしたら、自分はただあの女の願いを叶えてやることしか出来ないかも知れないけれど。
ーー仲間の元に、帰りたい。
それを望むなら、叶えなければと言う気がした。
既に愛していた。
コラさんに感じたように、仲間にそう思うように、二人であの男に立ち向かった経験が絆を作ったような気が。
心優しく、美しい。
どうせ好きになるなら、自分の心を賭けるなら、あんな女が良いと思う。
例え敵の手の中に身をやつしても、気位を失わないような強い女が。
ローは気配を消して王宮に辿り着いた。
ナミは隣で眠る男を見て、起こさないようにゆっくりと体を起こした。
自分の意思とは無関係に抱かれることにもう自分は慣れてしまったが、許しを請われるような優しい行為に、動揺した。
いつか、それももうすぐに、私はこの男のそばから離れてしまうのに、どうかそれだけは許して欲しいと、言われているようで。
ナミはシルクの足元まであるワンピースをするりと着て、何とは無しに、窓辺に立つ。
金の装飾を施された窓は2メートルは優に超えて足元まであり、繊細なカーテンを開けてバルコニーへ出た。
主の主寝室だ。
当然建物の高さは逃亡を許さない。
武器だってどこかにやられてしまった。
ーー私、何もしてない。
逃げるために、自分が自分らしく生きる為に、何もできない。
毎日、ただ生き、男の訪れを待って受け入れるだけ。
何も出来ない自分が歯がゆく、もどかしかった。
助けを待つだけ。
仲間の信頼に応えられない自分が、無価値に思えて来る。
私は、人魚姫ではない。
王子様が助けに来るのを待つのが似合うような女ではないつもりだった。
ーー何もできない。
ナミは涙が頬に流れ落ちるのに気づいて、手のひらでごしごしこすった。
故郷を支配されていた時さえ、心まで支配されることはなかった。
海はどんな感情も受け入れて癒してくれた。
海から産まれた人間は、海から離れては生きられないのだと思うほど。
だから、私は私らしくいられた。
でも今は、間違いなく心をあの男に傾けている。
それは、愛情と言うより、憐憫だった。
今、誰かがあの男を愛さなければ、自分に向ける全ての感情を、私を助けに来る仲間達に殺意に変えて向けるのだろう。
それは何よりも恐ろしいことに思えた。
自然界に存在する最も強力な毒素は、酸素に触れていれば毒を出さない。
嫌気の中では、1グラムで100万人分の致死量に相当する毒素を出せるに関わらず。
ドフラミンゴの中には夜叉がいる。
ナミは手首に架けられた海楼石の錠に触れた。
日常生活を送るのには差し支えないよう、少し長い鎖はナミには少し重い。
王のフィアンセと謳われたナミがこんな扱いを受けていることを、国民たちは知る由もないだろう。
私を殺すと言った。
そんなことはとても出来ないと言う顔で。
ーー私が自由になる為に、出来ることは何か
もしかしたら、答えはひとつなのかもしれないと思う。
愛するか、殺すか。
どちらか片方が出来ないのなら、もう、答えは決まっているのだ。
「ナミ...!」
ローはその隈の深い目にオレンジ色を映した。
見上げる王宮のバルコニーの上に、ナミがいた。
1人か。
ドフラミンゴは近くにいるのか。
ローは上に向かって投げた石と自分を入れ替えてナミの目の前に現れた。
「...!?ロー!無事だったの」
「ナミ」
足音もさせずにバルコニーに下り立ったローは、ナミを抱きしめた。
自分の身を犠牲にして、ローを守ろうとした女だった。
とうに、ローは忠誠と家族のような思慕を捧げている。
ナミに触れると力が抜けた。
海の魔力だ。
全身が萎え、思考が鈍る。
「お前...そんなものを付けられてるのか...」
良くない扱いを受けていると、ローが傷ついたように眉根を寄せる。
ナミはじっと手錠を見る男から恥じるように目を逸らした。
何故か、ローにそんな姿を見られるのが嫌だった。
ローのせいだと、思わせたくなかった。
それもこれも、抜け出す為に何も出来ない自分が悪いと言う気がした。
自分が自由を得る為にはドフラミンゴを、殺すしかないと、思っているのに、自分を殺すこともできずもがく男が憐れで。
「...ごめんなさい。私、何も出来なかった。」
ナミが泣いた。
「何もできずに、何もせずに、ただ捕まってた...ドフラミンゴは、悪い奴だわ。モネも、ベビー5だって。なのに、知れば知るほど、憐れに思う。ひどいことをするのに、彼女達だって、私たちのように愛をもらって育っていれば、きっとやり方を知ってたって。
幸せに生きる方法を知らないの。まるで迷子みたい。」
人間らしく優しい一面と、凄惨で残虐な悪の一面を見た。
対極なのに同居する。
その事実に戸惑う。
どちらかしか見ていなければ、こんなに迷わなかった。
魚人島での出来事もナミの脳裏を過っていた。
物事は多面的だと学んで来たつもりだったけれど、
自分がすべきことを見失って、ナミはドフラミンゴを受け入れ続けた。
優しすぎると、ローは思う。
情に厚く、考えが深いから、こんなことになる。
何もできなくていいのに。
無事でいてくれれば。
ナミでいてくれれば。
「何もできなくていい。お前は俺が助ける。」
ナミの涙を刺青の手が拭った。
「うん...!わかった...!」
ぽろぽろと涙をこぼしながらナミがふにゃりと笑った。
ローは自分の覚えた感情に息を吐く。
「ルフィたちと一緒なの?」
「あいつは隠形に向いてない。子供たちと船にいる。」
「それもそうね。私の武器と、手錠の鍵が要るわ。」
ローは黙ってスキャンしてみたが、それらしきものは見つからなかった。
抱きしめたかった。
けれど、ナミに嵌められた手錠が邪魔をする。
大丈夫だと、必ず助けると言う気持ちを込めて、ローはナミにキスをした。
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