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□人魚姫21
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人魚姫21











「あら?ナミ、大丈夫?」

ベビー5がシーツを洗う為にベッドを整えながら言った。
ナミは風呂から上がって、シーツを見られているのにひやりとする。

「もしかして、もうお世継ぎ?やだ、どうしよう。」

「ち、違うと思うわ。ごめんなさい、洗うから。」

ナミは先に始末しておくべきだったと後悔した。

「ううん、いいの。私メイドよ。...それにしても、その手錠だけはいただけないわね。ドレスに合わないし、服を着せるのもひと苦労。」

ベビー5が煙と一緒に息を吐く。
血のついたシーツは止める間もなく持って行かれてしまった。

ナミは居た堪れなくなって椅子に体を預けると頭を抱えた。

もうすぐ、ローやルフィたちが私を助けに来る。

そうしたら、ドフラミンゴはどうするだろう。

仲間を、殺すのだろうか。

私を一人にする為に、殺戮を厭わない男が、ドフラミンゴの中にはいる。

ナミはぞくりとする体を抱きしめた。


人魚姫は、王子に愛されると言う目的が成されずに、王子を殺さなければならなかった。

彼女は自分の命を絶つことを選んだけれど、私は。





バタバタと、部屋の外から慌てる足音がした。

ドフラミンゴが血相を変えて部屋に入って来る。

「ナミ!大丈夫か、体は....!?」

それが天夜叉とも思えない普通の男に見えて、ナミは肩の力がずるりと抜けたのを感じた。

肩にかけたコートがばさりと落ち、サングラスがずれていたので取って渡してやる。

「な、なに...?別に何も...」

「世継ぎだと...騒いでいるので、驚いた...!何も気づかず、すまなかった....!」

「は!?」

ベビー5か。
色々と言ってやりたいことはあるが、この王宮の連中に、もっと勉強しろと言ってやりたい。

全力疾走したように息荒く言う男に、ナミは困った顔をした。

「ねぇ、それ、勘違いだから。あんたたち教養なさすぎでしょ。ベビー5のうっかりを鵜呑みにしないで。」

「....なんだ...てっきり、世継ぎが出来たのかと...」

ナミは真っ赤になって否定する。

「違うわよ、ばかねっ」

「そうか...なんだ...」

がっかりした様子で、残念そうに頭を掻く男が意外で拍子抜けする。




王でもなく、ジョーカーでもなく、目の前の男が何も持たないただの男だったなら、私はきっとこの人を好きになっていたかも知れない。

年を重ねるほど、立場が人間を作って行く。

もしも、その立場を取り払えるのなら、もし、何もかも捨ててくれるならーーーそんなことを考えるのは、子供じみている。
あまりにも詮無い。

自分は、何ひとつ捨てられないに関わらず。

全てを受け入れることが愛なら、この男にその感情を向けることなどできないと思った。

だって、素顔の彼しか、純粋で誠実な彼しか愛せないのなら、その他の彼を受け入れられないのなら、やはり、この感情は間違っている。

仲間に仇成し、子供を実験に使い、闇に名を轟かすようなことを容認することはできない。


「何を考えている。」

この問いかけを、ドフラミンゴは良くした。

それは、不安からであった。

ドフラミンゴだって、この感情が歪であることをわかっていた。

ナミの全てを尊重したいと思うのに、嫉妬や、過ぎてしまう愛がナミをがんじがらめにしていることだってわかっていた。

本人の心は二の次で体を支配することも、空を渇望する鳥を鳥籠の中に閉じこめることも、してはならないことだとわかっているのに。
ーー虚しいことだとわかっているのに。


「あんたのことよ。ドフィ。」

ナミは笑って言った。
それが余りに正直で、嘘ではない本当に思っていることを言っているのだと感じて、ドフラミンゴは驚く。

本心など、言ってくれることはないと思っていた。



ナミは自分にかされた海楼石の枷をドフラミンゴに押し付けて、男をベッドに押し倒した。

男は海の力に活力も奪われて、されるがままに女としばし見つめ合った。





ーーああ、そう来たかと思った。

ドフラミンゴは相変わらず優しい目をしてナミに言った。




「ナミ、心臓はそこじゃない。それでは殺せない。」



ナミの握る短剣が胸に刺さっていた。

ナミはぼろぼろと涙を溢れさせながら体を震わせた。

ーー殺せない。

無人島で出会った男を、素顔の優しい男を、殺すことなんて出来ない。
死んでほしくない。
恐ろしい一面がある男だとわかっているのに。

手が震えた。
自由を得る為に避けられないことだと思った。
自信はあった。
でも、出来なかった。


「...泡になって消えるのは、私の方だったのかしら。」

「いや、おれは嬉しいよ。」

大粒の涙を流すナミの頬を親指でなぞって、ドフラミンゴは満たされていた。

自分も、ナミを殺したいと思うほど愛していた。

そしてナミも、自分を殺したいと思うほど愛しているのだと思えたから。

なのに殺せないのが、自分と同じだったから。

「何で笑ってるの。怒らないの。」

「殺したいほど愛されてるとは思わなかったのでな。」

ナミは赤くなった。

「...あなたの素顔は好き。でも、ドンキホーテ・ドフラミンゴやジョーカーは嫌い。大嫌い。」

「...南の島で、のんびりと暮らすか。二人で。」

ぽすりと胸に抱きしめられて、ナミは目を見開いた。

全てを捨てる気なのかと思った。
この男がどんな、人生を送って来たのかを知らないけれども、ここで過ごして、それが容易でないことはわかる。

立場があり、信頼を寄せられる人がいる。
地盤があり、歪でも守ろうと思っているものがある。

冗談では済まないのに。

「...それは無理。私、やることがあるの。」

「...わかった。いつまでも、待つ。」

やること、が終わる日まで。

「...私が帰ってもいいの...?」

仲間の元に。



ドフラミンゴは息を吐く。

そんなことを許すのは無理だと思っていた。

帰してしまったら、きっともう会えることはなくなるだろうと。

だから、会えなくなるくらいなら、自分の手にかけて命を奪うことも辞さないと。



でも

少しでも、ナミが自分を愛してくれるなら。


「おれはお前に報いたい。」


その少しを、一抹たりとも減らしたくないと思うから。


「お前を愛してる。いつも、いつでも想っている。おれを忘れず、少しでも想ってくれるなら、それに報いる為に、お前の望みを叶えたいと、思う」



狂おしいほど、愛している。



ーー泡となって消えたのは、男の中の夜叉だったのかもしれない。











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