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□人魚姫24
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人魚姫24
ローend







ローは、ナミの足の傷を見て顔を顰めた。

骨は無事。筋肉も。

それでも白い美しい肌が傷ついているのが遣る瀬なかった。

「俺には怪我するなと言っておいて」

「うん。怪我しなかった?」

ベッドに腰掛けるナミを見上げてローはその足に唇を寄せた。

包帯を巻いてしまえば、傷は隠れるけれど痛みを取り去ることは出来ない。

少しでも楽になればいいと思った。

辛い思いも、悲しい思いも、この女にはして欲しくない。

「してない。」

「うん。よかった。」

ナミが笑った。

「ロー、わたし、ドフラミンゴを刺したの。でも、殺せなかった。」

ナミは目に涙を浮かべた。

「あの夜、言ってたわよね。コラさんのこと。引き金を引けなかったこと。私も、その気持ちがわかった...」






あの夜、抱き合って話をした。




「私の故郷は、魚人に支配されてた。」

暖かい腕が体を包んで、どうしようもなく、聞いて欲しかった。

「母を目の前で殺された。母は血の繋がらない私と姉を引き取って育ててくれた。そのせいで母は魚人への奉納金を払えなかった。
...もっと、生きて欲しかった。」

ナミはローの腕の中で言った。

「あんたも、いるのね。もっと生きて欲しかった人。」

長い沈黙があり、男が口を開いた。

「...妹を助けられなかった。」

顔の見えないローが、頭の上でぽつりぽつりと話した。

「父も母も、政府に殺された。白鉛病が出たから。妹も、友達も、シスターも。封じ込めによって虐殺された。死体に紛れて街を出て、ドフラミンゴに出会った。」

「ドフラミンゴの弟は、話せなかった。話せないふりをしていた。ドフラミンゴを信用していなかったから。」

「コラさんは、俺の病気を治してくれようとした。白鉛病は死の病だった。偏見で殺された両親や国と同じように、煙たがられ拒絶されるのに、治療を諦めなかった。」

「コラさんは病を治す為に俺にオペオペの実を授けてくれ、ドフラミンゴから逃がしてくれた。でもそのせいで、コラさんは...」

腕の力が強くなった。

「ドフラミンゴの悪事を暴く機密を、子供だった俺がヴェルゴに洩らしてしまったからだ...!星の数いる海兵の中で、ドフラミンゴのスパイとして海軍に潜り込んでいたヴェルゴに...」

息を吐く。あの場面を思い出して、呼吸を忘れる。

「コラさんは引き金を引けたのに、しなかった。血を分けた兄だから」

もっと、生きて欲しかった。

何も持たない自分を愛してると言ってくれた人に。

ローがそう言うと、ナミはぽろりと涙を零した。

大好きと、笑って言ってくれた人。

私の中に、たくさんのものを残してくれた人。



「大好きだった?」

「ああ」

「...私も、ベルメールさんが大好きだった。もっと、もっと言っておけば良かった。
海図を書く人間として、私は子供の頃魚人に監禁されていたの。そうすると、どんどん楽しい思い出が、幸せな思い出が、奴らへの憎しみに変わってしまう気がして、それが一番怖かった。
...突然愛する人がいなくなるのは、本当に辛いわね。思い出さない日なんかないわ。だからできるだけ、幸せな時を思い出したいの。」

今が、そうだ。

こんな風に抱きしめられて眠った夜もあったと、二人同じことを考えていた。

「ベルメールさんが私たち姉妹と出会う前、どんな女海兵さんだったんだろうとか、考えるのも楽しいの。きっといい海兵だったんだろうな。」

ローがもぞりと動いてナミの顔を見た。

「...コラさんも、大佐だった。」

「え」

「ドフラミンゴを海兵としてスパイしてた。危険を冒して俺を助けたんだ。」

ナミはローの顔を見つめた。
私たちは分かり合える。
そんなことを思って。

「私たち、幸せね。」

「....ん....」

「だから、助けよう。子供たち。もらったものを、返したいの。」

もう本人には会えない。返せない。
けれど、きっとそれを望んでくれている。

抱き合って朝を迎えた。
優しい朝だった。












「ーーコラさんは底抜けに優しかったのね。ドフラミンゴを憐れんでいたんだわ。きっといつか、愛に気づいてくれるって。」

ナミはドフラミンゴの部屋にいた数日、その部屋の本棚に白い街、という本を見つけていた。
フレバンスについて書かれた本。
最後のページにしおりが挟んであり、開いた跡があり、読んだ形跡が伺える本を。


「ドフラミンゴを刺したのか。」

「ええ。自由になる為に、そうするしかないと思ったの。」

でも、殺せなかったと。

「危ねぇことを....」

ローはナミの足の包帯を替えながら言った。
ナミは穏やかに笑いながら男を見下ろす。



「...あんたが来てくれると思ってたから、少しも怖くなかったわ。」



手際よく包帯を巻いていたローの手が止まる。

ーーそれは、どう言う

ナミは気づいていなかった。

あの夜ローが自分の特別になったこと。


「...お前が好きだから」

「私もよ。」

「...こう言う意味でだ。」

ナミの膝に口づける。

ローに口づけされるのは初めてではないけれど、それに男女の甘さはないと思っていた。
ローにとっては取るに足りないことだと思っていた。

ナミは少しぴくりとした。

「うそ、だめよ」

「愛してる」

お前みたいな女はいない。

愛が深く、勇気があり、心優しい。


傷ついた足を痛めないように唇で触れる。

愛しくて、愛しくて、仕方がなかった。


ーーあなたに死んで欲しくないの

ーー私は大丈夫だから


もう危険な目に合って欲しくない。
辛い思いをして欲しくない。

いつでも、幸せに笑っていて欲しい。


ナミはキスを落とす男の頭を見て、泣きそうな顔をした。

そんな、どうしよう。

だって私は

綺麗じゃない。

ドフラミンゴに何度も



嫌に決まってる。



相手だって、悪い。

ローにとっては、どれだけ嫌なことか。



「だめ、だめ。ロー。」

「嫌なのか」

滑らかな内腿にキスすると、ナミが首を振った。

私は、嫌じゃなかった。

でも、ローは嫌だと思う。


涙が出そうになった。


ローのことが、好きなんだ。

自分のことよりも、ローの気持ちが気になるほど。

涙は耐え切れずに溢れた。



「ごめん、本当に、無理なの。」






ナミは泣きながらローの前を立ち去った。











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