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□人魚姫27
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人魚姫27
若end
「ハァ、ハァ......何のつもりなの」
「それはこっちのセリフだ。無茶するな。お前の命はお前だけのものじゃない。」
ドフラミンゴは、ナミを追って迷うこともなく海に飛び込んだのだ。
国王が能力者だと知らない者はいない。
デリンジャーがその後すぐ海に飛び込んだけれども、高波はすでに二人を隠してしまった。
正に、波に奪われた花嫁を助けようと迷うことなく海に飛び込んだ花婿の、涙なしには語れない感動のストーリーだった。
海に嫌われる悪魔の実の男が、女を愛するあまり命をかけてその海に飛び込んだのだ。
「あんた死ぬとこだったのよ!?何考えてんの!?」
「お前のことだ。小舟くらい隠していると思った。」
プリンセスラインのドレスの中に浮きになる物は隠していた。
しかし、まさかこんな大男まで助けなければならない状況になるとは思わない。
「....あんたを運ぶの、大変だったんだけど。」
「....それはすまなかったな。」
何も考えられなかった。
側にいたいという思いしか。
「ここ、ドレスローザ?」
「だと思う。国を囲む小さな島々のひとつだろう。」
細やかな砂の白浜には、人の踏み入った跡がない。
ナミは暖かい砂の上にうつ伏せに寝転び、目を閉じた。
「.....あー疲れた!」
ドフラミンゴは笑ってその様子を見ていた。
不敵な笑みではない。
優しげな男のそれで、その女が愛しくてたまらないという様子で。
「夢が現実になった。」
ナミは目を開けて顔に砂をつけたまま、隣で海を眺める男の横顔を見た。
「お前とまた、こうしたかった。どこか南の島で、二人きりになりたかった。」
「...私が助けなかったら、どうするつもりだったの。」
「それならそれで構わないと思ったし、そんなことにはならないと思った。」
自分の命を賭けて、試した。
ナミが自分をどうするかを。
ーー死んでもいいだなんて。
どれほど愛されているのか。
怖くなった。
だって、私は。
「ありがとう。ナミ。」
ナミは目を見開いた。
死んで欲しくない。
愛したい。
そう思うことは、いけないことだと思っていた。
「お前を仲間の元へ帰す。例え次会う時は敵対していようと。」
雲に糸をかけようとするドフラミンゴがナミを立たせようと手を出した。
ナミはその手をじっと見て、自分の手を差し出す。
思い切り強く引くと、そんな力では本当はびくともしないはずの男は、ナミの手が痛まないように砂に膝をついた。
「好き。」
純白のドレスで浜辺に打ち上げられた人魚は言った。
「あなたを好きになんかなりたくなかった。なのに、あんたが好きになってた。酷いことだってされたのに、それでもあんたが心から出て行ってくれないの。きっと敵になるのに、あんたを愛してるの。あんたの気持ちに応えたいと思ったの。」
ドフラミンゴは素顔の目を見開いた。
「ナミ」
「好きなの。」
私を、帰そうとしてくれた。
変わろうとしてくれた。
そんな愛を感じて、私だって変わった。
「私が麦わらの一味であることは絶対に変わらない。でも、私はあなたを...」
「....っ」
男の手が華奢な体を引き寄せた。
愛している。
愛している。
目頭が熱くなるのは、自分でもどうしようもなかった。
幸福に背筋が震えた。
腕の中にある温もりが嘘ではないかときつく抱きしめることで確かめて。
「泣いてるの、ドフィ」
優しい目をした人。
あの日、あの浜辺に二人打ち上げられなければ、きっと愛すことなどなかった人。
大きな腕の中で、息をするのも忘れた。
だって、こんな男が、涙を流すなんて。
ナミはドフラミンゴを慰めるようにキスをした。
ーー自分から口づけたのは、多分初めてだ。
初めて男の唇を堪能した。
柔らかく、温かい唇だった。
頬に砂がついているのを指で払ってやる。
キスはやがて貪り合うようなそれに変わった。
何度となく角度を変え、舌を絡ませ合った。
最初は、経験が豊富だから、上手いキスだと思ったのに、今思うのは。
どこまでも愛されているから、こんなキスをするのだと。
ーー殺したいと思うほど。
命をかけようと思うほど。
離れることだって我慢出来るほど、この男に愛されているのだ。
そう思うと、どうしようもなく体が熱くなった。
今までにないくらいこの男が欲しくなった。
ナミは長い睫毛を瞬かせた。
なのに。
何十分とキスをするのに、男の手は華奢な背中をかき抱くばかりで、ナミは遂に訝しげな顔をする。
「....ねぇ。」
「なんだ。」
幸せそうな顔で見て来るので、ナミは顔を赤くして横を向いた。
「.....しないの?」
「何を。」
ナミは言わんとすることが伝わっていないのに驚き過ぎて、慌ててぶんぶんと首を横に振った。
「えっ、いやっ...何でもないけど....」
でも、こんなキスをされて濡れない女なんていないとナミは思う。
もう火はつけられてしまったのに、何をと来たもんだ。
抱かれる時はいつも性急で十分にされて受け入れるだけだったのに、こんな時に限って自分の気持ちをわかってもらえないなんて。
どうしたらいいのかわからない。
真っ赤になって目を潤ませるくらいしか。
その目にキスを落とされる。
真っ白な砂浜の上、純白のドレスを着て。
ドフラミンゴは海に飛び込む時に白いタキシードを脱いだのか、白シャツしか着ていないけれど。
どうしよう。
触ってって言えばいいのかな。
私が脱がせたらいいのかしら。
でも、考えれば考えるほど、手が固まって動かない。
一度勇気を出して、しないのかと聞いてかわされたのだ。
それでもうパニックになった。
「ん...ど、ドフィ」
「ん。」
「触って...?」
「こんなところでか?」
ナミが外の、それも明るいところでは嫌だと思って聞いたのだが、それがいけなかったらしい。
ナミは突然うわーんと泣いてドフラミンゴの胸をどーんと押した。
「なっ、なによ!人が勇気を出して言ってるのに!!」
「!?まっ、待て。おれはお前が嫌だと思って」
「ひどい!嫌がる時は無理矢理するくせに、して欲しい時はお断りなんて、もう言わないわよ!バカ!」
「落ち着け、ナミ!ここにはベッドも何もない。帰ってゆっくり...」
「ベッドって!!あんたはどっかの王様か!!」
王様だった。
ベッドがなければならないと言う固定観念がある程度には、育ちも良かった。
「早く糸出して飛びなさいよ!!私もう帰るから!!」
「う、待て、ナミ」
「待たない!私忙しいの!」
ナミがドレスを太ももまで捲りあげて、ドフラミンゴの肩によじ登った。
肩車の格好になって、水平線を遠く見る。
ーーでも、好き。
荒れ狂う海の中で、まるで磁石が引き合うように出会った時から、こうなることは決まっていたのかもしれない。
好きになってはいけないと思っていたけれど、この男が私を尊重する限り、心は海のように自由なのだ。
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