novels2

□革のソファに沈む
1ページ/1ページ















「も、もう行った....!?」

ナミがカタカタと震えながらレンガ造りの壁から顔を出して怯えている。

とある島に滞在している一行は、ログが溜まるまでの時間を思い思いに過ごしていた。
と言うのもこの島、ログが溜まるまで1カ月もかかると言うので、クルーも少々手持ち無沙汰だ。

滞在が長くなればなるほど、海軍に追い詰められるリスクも高くなるため、問題児には騒ぎを起こさないようによくよく言い含めて過ごしているまではよかったが。
そこそこの規模のあるこの島は賞金稼ぎの拠点ともなっている様で、ルフィの首を狙うとは行かないまでも、ナミの首は格好の餌食であった。

賞金以外にも、泥棒猫はあらゆる意味で魅力的過ぎる。

「あんな弱っちぃ相手に、随分手こずったようだな?」

賞金稼ぎと言うよりは、野盗と言った風情の男たちを追っ払うと、ゾロはトントンと肩を鞘で叩きながら言った。
いつも口で負かされるナミへの、意趣返しのつもりでニヤリと笑う。

「うるさいわね!私はか弱いのよ!あんたには分からないかもしれないけど!」

「鍛錬が足りねェ、鍛錬が。」

珍しくナミを言いくるめられそうなので、ゾロはからからと笑った。
顔を赤くして憮然とするナミの表情が面白かったと言うのもある。

「...戦闘バカと一緒にしないでくれる?」

「テメェも海賊だろうが。諦めろ。こんな風に襲われることもあるんだ、ちゃんと戦えよ。」

と言っても、ナミも努力はした。
空気が乾き過ぎていて雷雲を作るのに適さず時間がかかった。
その時間稼ぎに逃げ惑っていたのに、そこをするりと見つけて伸したのはゾロの勝手だ。

ナミはいよいよ腹が立って唇を尖らせた。
ゾロにこのように口答えされたことなど今までにない。

「何、あんた、私に楯突く気。」

「ここは海じゃねェ。船の上では殊勝にするさ。」

「...いい度胸ね」

あまりのことにナミは怒りを通り越して冷静になった。
絶対にこの男にひと泡吹かせてやらなければ気が収まらないと。

「酒が飲みてェ。」

「勝手に飲めば。」

「誰がお前の腕を掴んでた男を追い払ったか覚えてるか?」


野盗はあろう事かナミの玉の肌に触れた。

仲間に触れられることには全く不快感を感じないナミも、その感触に恐怖しぞわりとした。

どうされるのか怖かったし、嫌悪感を抱いた。

ゾロの登場にほっとして、安心したのは事実だ。

初めて会った時もそうだった。
ナミが見たのは自分を助けるゾロの背中だ。

「わかったわよ!奢ればいいんでしょ!お酒!」

「うんといい酒をな。」

からからとまた笑ってゾロは言った。
まだ日は落ちていない。
夕陽が二人の長い影を作っていた。




汚い店は嫌だとナミが言ったので、小綺麗な酒場に入った。(ナミはバーだと口うるさく言っていたが)
木製の汚くて硬い椅子じゃない店は初めてだ。
半個室のような、周りからの視線を感じにくいスペースには座ると沈み込むようなソファが置いてあり、革の匂いがした。
ナミは横に座って慣れた様子でウイスキーを頼んだ。

「味わって飲みなさいよ。高いんだから。」

「高い酒が美味いとは限らねぇ。」

「あいにく、私のオススメよ。まずいとか言わせないから。」

ソファに体を預けるナミは、慣れすぎていて気に入らない。
こんなところに来るのは男とか。

「美味い。」

「そう、よかったわね。」

「...美味い。」

本当にそう思ってまじまじと琥珀の液体を見つめる。
その姿にナミは満足気にグラスを煽った。

「まあ、ありがとう。あんたが通りかかってくれて、良かったわ。」

「...別に」

ゾロはこくりと喉にウイスキーを通しながら目を背けた。



何なら、いつも守ったって、いいのに。



でもそんなことは言えないので、代わりに高い酒を煽る。
そう思うと言うことは、きっとそういうことなのだ。
一緒に酒を飲みたいと思うのも、助けなければと思うのも。


「やっぱり私も護身術くらいは誰かに習うべきかしら。」

ふわふわのソファに沈み込むと酔いがまわるらしい。
ナミは頭を手で抑えて息を吐いた。

「ルフィ...は教えてくれないわよね。て言うか教えるのに向いてないわ。無茶苦茶にされちゃいそう。」

確かに、と相づちを打った。
相手が生身の女であるとかは、奴は考慮してくれないだろう。

「ウソップは格闘向きじゃないし、他は悪魔の実の能力者やらロボじゃね。やっぱりサンジくんしかいないのかしら。でも私蹴りとかできるかな」

ピクリと眉が動いた。
ナミの言葉は真剣そのものだが、ウキウキベタベタと身体中を触ってナミに護身術を教えるぐる眉が想像できて。

「もう一人いるだろ。」

後先考えずに口が動いていた。
ナミが困った顔で男を見る。

「あんたのこと?でも私剣なんか持てな...」


ドサリと押し倒された。

ソファに寝転ぶと天井に吊るされたシャンデリアがきらきらと光るのが見える。

ナミは目をまん丸にして自分の腕を抑えるゾロの顔を見た。

「抜けてみろ。」

「やだ...やめてよ」

「さっきの奴らみたいなのは、こうなっちゃ待ってくれねぇぞ。」

ほとんど個室なのだから、誰にも見咎められることはない。
ナミはぎゅっと口を結んで抵抗したが、力が強くてとても抜けられなかった。

ゾロの目が何を考えているのか全くわからなかったので、泣きそうになるのを懸命に抑える。
そして唇を弓なりに上げた。

恐い時ほどそうするのは、泥棒時代の癖かもしれない。


「...うれしい。ずっと好きだったの。キスして?」

「!?」

ゾロの手が緩んだ。
首に腕を絡めようとすると上体を反らして逃げるので、ナミは髪をかきあげて体を起こし、うなじを晒して四つん這いで男に迫る。

「ねえ、はやく」

「.....っ!」

今度は逆にゾロが顔を真っ赤にして後ずさった。

ナミがソファに寝転ぶ男の横に手をついて覆いかぶさると、ニヤリと笑ってゾロの喉元に剃刀を突きつけていた。
手近に置いていたはずの刀も3本、ナミに盗られてしまっていた。

「なーんてね。私にはこういうやり方もあるの。だから戦闘能力を一概には...」

「お前...」

すごく拍子抜けしたゾロに手を振って、ナミはソファに座りなおした。

色仕掛け。
これがないと私は生きて行けなかったでしょうねと、心の中で思いながら。


「もういい、わかった。」

「?」

何か決心した様子のゾロを、ナミが見下ろす。

「じゃあやっぱり、おれから離れるなよ。」


座りなおしたナミはぽかんとした後、じわじわと顔が赤くなるのを感じた。


じゃあやっぱりって、なに?どういうこと


「な、な、なに、それ...どういう...」

「だから、守るって」

くしゃくしゃと緑の頭を掻いて、起き上がったゾロはグラスを飲み干した。


「おれがお前を守ってやるっつってんだよ。」


ナミは大きな目を見開いて信じられないと言うように瞬かせた。
柄にもなく、胸がキュンとした。


「なっ...!なにそれ、恋人みたいな...っ」

「...? 好きなんだからしょうがねぇだろ。」

「好っ...!?」


うそ。
いよいよ顔が一面真っ赤になって、ナミは口をあわあわさせた。
目の前にいるのは誰?
ゾロがこんなことを言うなんて。


「さっ、さっきのは!あんたが抜けてみろとか言うから...!」

だから男をその気にさせて、逃げる術を見せたのだ。
ーー今までそうして来たように。


「ああ、だからもうすんな。ああ言うことは。」


それをしなければ生きて行けなかったナミの過去を思うのは、辛い。


「好きでもない男に色仕掛けしてんじゃねぇよ。そんなことになるんなら、俺が守ればいいんだろ、面倒くせぇ。」


耐えられないと思った。
危険な目に合って欲しくなかった。
出来れば目の届くところにいて、危害が及ばないようにしてやりたいと思った。

例えナミにとって、自分はただの仲間で、助けを望んでいる訳ではなかったとしても。


「別に強制はしねぇよ。目の届くところに居てくれさえすればいい。おれも迷わず帰れるしな。」

自分でも、自嘲気味に笑うのはらしくないと思った。

酒が欲しいと思ったがグラスは空だ。


「...何か勘違いしてない」

「あ?」

ナミが動くとオレンジの香りがした。



「私もあんたが好き。」



ゾロのシャツを掴んで俯くナミの顔を見て、生まれて初めて何かを可愛いと思った。

心臓は速く、顔も熱い気がした。


「ありがとう。これからも、守ってね。」

ナミが笑っていたので、恐る恐る口付け、抱きついて来た体に手を回した。


恋人になった。
信じられない分だけキスをした。
それはもう長い時間。


「唇が腫れちゃいそう。」

「...まだだ。」

「だめ、おかわりは?」

空のグラスを指す。

「こっちがいい。」

「もう。」












初めての唇は酒よりも美味かった。

それはもう、酔いが回ってくらくらするほど。













End

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ