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□6.ミホーク
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未遭遇6
鷹の目のミホーク。
長年王下七武海の一角を担う世界一の大剣豪。
見た目からして、どんなに気難しい男なのかと思っていたのに。
「彼、どういう人なの?」
ナミが芋の皮を剥きながらペローナに質問した。
一緒に旅するくらいだから、色々とあの男のことを知っているんじゃないかと思ったからだった。
「知らねえよ。適当で新世界の海を渡る奴だぞ。」
適当...
一人でイーストブルーに出没してみたり、海軍の収集に応じてみたり、有名な鷹の目の男の、そのくらいの足跡ならナミも把握している。
その昔ゾロが彼と戦ったことを知っていた。
その傷を抉ったことがある。
この海を、この小さな船で、適当に航海できるのなら教えを請いたいくらいだった。
だから、興味が尽きなかった。
私の航海術は、この男の目にどう映るのだろうか。
どこか島に着けば仲間の元へ帰る為にすぐさまおさらばするつもりだったが、かの大剣豪からだって、航海に関することで得られるものがあるならば何でも盗んで帰りたい。
損はしたくないのだ。絶対に。
根菜を切って煮込み、スープとメインディシュを仕上げる。
サラダをペローナに任せようと思ったが、包丁を持って最初の一太刀で指を切ったのでテーブルを片付けていてもらった。
「うっ、美味そうだ...っ。シャボンディ諸島を出発して一か月...本当に苦労した...」
ペローナが豪華な食事を見てぽろぽろと涙をこぼすので、ナミは驚いて言った。
「シャボンディ諸島?一か月前ならちょうど私もその島にいたわ?」
「そりゃそうだろ。お前の仲間を送ってやったんだからな。」
ペローナはずっ、と鼻をすすった。
「仲間?」
「ロロノアだよ!ロロノア!同じようにくまに飛ばされてミホークの城にいたんだよ。私もモリア様と離れ離れになっちまったからな、成り行きでこの船に乗ってるんだ。」
モリアと聞いて思いつく。
スリラバークで女の子が一人、くまに飛ばされた。
その女の子はペローナだ。
今は髪を一つにまとめてやつれているが、その時はおしゃれなゴスロリの女の子だった。
「あ、ああ!」
手をぽんと叩く。
「テメーまさか忘れてやがったな!?私はちゃんとお前を覚えてたのに!」
「ごめんごめん」
ナミが笑う。
食事が終わると、ペローナは寝てしまった。
食糧がないことが、すさまじい心労になっていたのだろう。
そんな事態にもかかわらず、何を考えているのか読めない男と旅するのは自分もごめんだと思う。
狭い船室は早々に退室して、船の縁に手をつく。
風を受けてログポースを翳していると、後ろに男の気配がした。
「荒れそうか?」
鷹の目をこちらに向けられて緊張が走る。
こんな目をしている人は見たことがない。
「いいえ...なぜ?」
「いや...ただ麦わらの船の航海士は、嵐を予知できると聞いていたのでな。」
そんな評判が。
誇らしいことではあるけれど、どこから回り回ってこの男の耳に入ったのだろうか。
「海賊が命を落とす理由に最も多いのは、戦闘でも戦争でもない。海を制すことができなかった時だ。」
ナミは少し間を置いて、鷹の目に言った。
「あら、じゃああなたも腕の良い航海士なのね。この船でこの海を渡るなんて...ガンターじゃないの?この船。」
「キャットボートに毛の生えたような、な。そう言えば、お前の二つ名も猫だったな。」
「だじゃれ?」
くすくすとナミが笑う。
「私には不思議なのよ。どうやってこの小さな船でここまで来られたのか。」
船の縁にもたれかかるナミを見て、今度はミホークが間を置いて言った。
「...海を越えることも、強き者と対峙するのに似ている。」
目を合わさずに言う男に、ナミは目を見開く。
「あぁ、なんとなくわかるわ。その感じ。私は別に戦わないしか弱いけど。」
話をすると、鷹の目も怖くはなくなった。
緊張が解けたナミは、航海士の顔をして言う。
「海には意志があるような気がする。そりゃ科学的に見れば単なる気象現象かもしれないけど、ここはグランドラインだもの。普通じゃ考えられないことばかり起こるものね。」
清々しいほど自信をたたえた航海士の笑みに、ミホークも気づけば笑っていた。
面白い。
美しい。
そう思う。
自分は弱いものを美しいとは思わない。
本物はいつもダイヤのように強く、比類なく純粋だからこそ、目を奪われるほどに美しいのだ。
「お前はなぜあのバカバカしい船にいた?」
ナミは一瞬何のことかわからず考えると、バルトロメオの船のことだと思い当たった。
「ああ、メロンくんのルフィの形した船頭をあんたが斬ったのよね。私、ハクバって人に攫われたのよ、自分の船から。それで、色々あって送ってもらうとこだったの。そして今度はあんた達に攫われたの。」
「......」
ミホークはまた、感情の読めない顔で憮然としていた。
何かの呪いじゃないかと自分でも思う。
次々と身柄が転々として。
「でも、あなた仲間を助けてくれたのよね。
ゾロを送ってくれたんでしょ?剣術も教えたのね。ありがとう。」
にっこりと笑う顔が眩しくて、ミホークは目を細めた。
「...ミホークだ」
「え?」
その時、船がぐらりと揺れ、ナミはよろけてミホークの胸に飛び込むことになった。
大きな手が肩を抱きとめ衝撃をやわらげた。
慌てて海を見ると船の2倍ほどもある大き過ぎるイルカが、ざばっと海面に出て来た揺れだったらしい。
ナミは目をまん丸くして去っていくイルカを見た。
そして、抱きとめられている状況に顔を真っ赤にする。
どどどどうしよう、何でこんなことに!?
突然のことに思考がパニックになる。
誘うのは得意なくせに、ナミはイレギュラーに弱いのだ。
「ご、ごめんなさっ...びっくりして...」
ぎゅっと、強く抱きしめられるのにそしりの色を感じて、ナミはドキドキと怯えた。
「礼はいらん。礼を感じているなら、」
耳元近くで声が聞こえるのにぞくぞくとした。
「ミホークと呼べ。」
「呼びます!ミホーク!もう離して!」
「よかろう。」
ぱっと手を離されるとナミは勢い余って床に飛び込んで肩をゼイゼイと上下させた。
小娘のようにドキドキしてしまった。
誰かにそうさせるのはいつも私の役目なのに。
「それと、」
口を開いた男にまた何かを要求される!と身構えると、ミホークはふ、と笑った。
「お前の作る料理は美味い。また頼む。」
ナミはまた真っ赤になってしまった。
柄にもなくどきりとした。
そんなことを言われるのは誰だって嬉しいものだ。
ミホークも自分の行動に驚いていた。
ナミが他の男の話をするのが、気に食わなかった。
どうでもいい、時間の無駄なことのように思えた。
鷹の目の男は少し頬を赤くした女を見ながら帽子を被り直す。
ーーらしくない。
自分もすっかり呪いをかけられているのかもしれないと、手配書よりも魅力的な女を間近に見ながら思うのだった。
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