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□7.サボ
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未遭遇7







ーー隣に座った男に声をかけられるのはいつものことなのに、その男は何か違う気がした。








ミホーク達をログポースの示す手近な島へ送り届けたナミは、シッケアール王国まで同行させる気満々だったペローナ達を撒いて街に逃げ込んでいた。

そこまで付き合ってたら、いつ仲間の元へ帰れるかわかったものではない。

第一。



「さすがだな。」

鷹の目の男は船の縁に手を着くナミの横に来て、海原を眺めながら言う。
遠くに港町のある島が見えた。

「船足が速い。手足のように船を扱えるのだな。」

何を言われるのかと思ったナミはにこりと笑った。

「ふふ。そう言われるのは素直に嬉しいわ。」

「女の喜ぶことはよくわからんが...お前の好むものは知りたいと思う。」

ミホークが隣りで言うのにナミが横目で伺う。

「...それ、口説き文句?」

「ああ、そうだ。」

ぼっ。
頬に火がついたようになる。

ペースを乱されるのよ。

真っ赤になった顔では相手をからかうこともできやしない。
どうしたと言われても、別に、と素っ気ない返事を返すことしか。

そんなこともあって、年上の余裕のある男に落とされてしまう前に、ナミは鷹の目の船を辞したのだった。

ーーちょっと悪かったかな?

まあ、子供じゃないんだし、この島でログポースなりを手に入れて帰ることは可能だろう。


今はまず、自分がサニー号に帰ることを優先させなければ。
情報を集める為に酒場に入った。
お尋ね者だとはバレないように、船と連絡を取る手段を探さなければ。


カウンターで飲んでいると、ひとつ席を空けた隣りに、男が一人座った。

いつものと言って、ショットグラスのような小さな器を受け取り、店主が酒を支度している。

「お待ちどうさん。熱いから気をつけーー」

「あっちい!!!!」

男は見慣れない形のデカンタを倒した。
ツンとフルーティな香りがして、ナミの方にまで飛沫が飛ぶ。

「お客さん大丈夫かい?悪いね、熱燗に慣れなくて...あっためすぎちまったみたいだ。」

店主が心配そうに頭を掻く。

「いや、おれが悪いよ。あちいからびっくりして...ああっ!」

男はデカンタを直すつもりで転がしてしまい、カウンターから落ちる所をキャッチした。
その時肘が小さなグラスに当たってこちらも落ちそうになり、それも空いた方の手でキャッチした。
ドタバタと手がクロスする形になる。

ナミはその光景を見てつい、くすりと笑ってしまった。
それに反応して男がこちらを見た。

「あっ...ごめん、そっちまで飛んだかな」

「あ、いいえ、大丈夫です。」

目が合って動揺して、ナミは視線を泳がせた。

店主が新しい酒を入れなおし、男の前に置く。
何の酒だろう。
異国の、ナミの知らない酒だった。


「隣、いいかな」


男がひとつ空けていた横の席に移動した。
にこりと笑いかけて来る若い男を見て、ナミはぼんやりと思う。

きれいな金髪...サンジくんみたい。

帽子を取った男はその髪を晒した。
顔には大きな傷がある。
だけど、人懐こい目をしていて物腰に品があった。


「...どうぞ」

「って言われる前に座ったけどな。」

ははっと笑う男はおそらく少し年上だろうと思う。
男はナミの顔をじっと見て言った。

「...どこかで会った?」

ナンパな男の口上に、いつもならあーやだやだと思うところなのに、何故か言葉に真実味があって、下心が透けて見えるほどの下品さも男にはなかったので、ナミは首を振って話題を変えた。


「いいえ...そのお酒は何なの?初めて見るわ。」

「ワノクニの酒だよ。飲んでみるか?」

酒好きのナミは好奇心を抑えられなかった。
おちょこを手に取り熱燗の日本酒を舌で転がすと、果物のような甘さと醸造酒の辛さがあった。

「...美味しいわね。」

「だろ?好きなんだ、これ。」

笑った顔が、誰かに似てると思った。
例えば、ルフィに。
初対面なのに、こちらに警戒されると思ってもなさそうな所が特に。

それで、ナミも警戒心が解けてしまった。
ありがとうとおちょこを返すと、男もウイスキーのグラスを覗いてきた。

「強いの飲むんだな。」

言われてナミはグラスを隠すように自分の方に引き寄せた。
なんだか揶揄われたようで。

「ダメ?私、昔から異常にお酒に強いの。」

「駄目じゃないさ。いい女だ。」

ナミの目が丸くなった。
言った本人も、少し顔が赤くなっている。
打ち消すように、男は質問した。

「仕事は?普段は何を。」

ナミは動揺した。
海賊、なんて答えたら大問題よね...
こんな時に限って、頭の回転が鈍い。

「あー...えっと...あなたは?」

「そうだな、サーカスでライオンがくぐる火の輪に火をつける係りをしてる。」

にこにこと言うのにナミもつられて笑った。

「嘘でしょ?」

「どう思う?」

男の屈託なく笑う顔に、それが嘘だとわかる。

「ああ、じゃあ私は動物園の飼育員よ。」

「本当に?」

あながち間違いじゃないと思いながら、くすくすと笑って周りに聞こえないように声を落として顔を近づけた。
楽しそうな上目遣いに、笑う男も顔を寄せてじっとその瞳を見返す。

「いいえ、本当は、海賊なの。」

「おれも、革命軍の幹部だ。」

しばらく見つめ合って、二人で笑った。
酒の席の冗談ほど面白いものはない。
相手が本気にはしないだろうとわかって、危なっかしい真実を口にするのだ。

「私はナミ。」

ナミは心から楽しそうに笑って、握手するつもりで手を差し出した。

「サボだ。よろしく。」

サボはその手を握るとうやうやしく自分に引き寄せ、ほっそりした手の甲にキスをした。

ナミが驚いて目を丸くする。

「貴族みたい」

「...だったこともあったな」

また、どうせ冗談だろうと思ったので、少し首を傾げて笑い、グラスに入った酒を飲み干した。

ナミはカウンターに頬杖を付いてサボに聞いた。

「この街に造船所ってあるのかしら。私には船が必要なの。」

「へえ。これから海賊始めるのか?名前はオレンジ髪の一味?それとも美女海賊団?」

「そうね、考えとく。真面目に答えてよ。」

「造船所はあるぞ。でもーーー」




その時、酒場の扉が荒々しく開けられた。








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