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□デッドマンズハンド
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Deadman's hand 3








「ナミ、ここを離れろ。住民に紛れて避難するんだ。」

エースが逃げ惑う人々の反対側へ鋭い視線を送りながら言う。
まだこの島の地理に疎いナミは、不安げな目でエースを見て言った。

「待って、あんたはどうする気?」

「けじめをつけてもらうさ。やり合うことになるだろうが」

帽子の影に隠れた瞳の鋭さにナミは一瞬で言葉を飲み込んでしまう。
何故か、その横顔に不安を覚えるのだ。
これほどの男が空気を震わせるほどの相手とは、一体どんな。
そして離れることが心細いのも事実。

町は喧騒に包まれている。
海賊の侵略は町の発展を無に帰す行為だ。
悲鳴が聞こえ、恐怖が伝染し、平和な日常が失われている。

民衆に紛れて、戦闘で混乱する中また会えるのだろうか。
ナミが不安げに顔を上げると、強い瞳と目が合った。


「大丈夫だ。必ずおまえを見つけてやるから。」


こんな時にもかかわらず、信頼に足る眼差しに胸が高鳴るのを感じた。

ナミは心臓を抑え込むつもりで息を飲み込む。
男の目を見て強く言った。
寒くないのに、肌が何かを察知して粟立っている。

「...わかった。あのね、今から大雨が降る。あなたに不利だと思う...気をつけて。」


思わず、エースの手を取った。
そして祈るように握りしめた。

そうしたいと、思ったから。












「行儀の悪い野郎がいるな。」

「ゼハハ...俺は...闇だ!」



どこかで地面にヒビすら入る音がする。

爆発したような音が聞こえる度に地面が揺れ、激しい戦闘が繰り広げられていることが想像された。
人々は戦場とは離れた集落にひしめき合いながら、政府や海軍に連絡を取ろうと必死だ。
ナミはその中で住民に溶け込みながら情報を集めていた。

黒ひげはどの港に入ったのか。
政府が来るまでの時間は。
エースは無事だろうか。
雨はもう降る。


ナミは極力目立たないように布を被りながら、人混みを掻き分けていた。

少しでも情報を。
エースの役に立たなくちゃ。
仲間の元に帰る為にも、そうだ。
この島に飛ばされて、出会ってしまったからには。

すると目の前に突然、馬が現れた。
ーー馬に乗った病弱そうな男も。


「りんごは....いらねぇか?どうだ、ひとつ
ーーー運試しに」


ナミの顔が青ざめる。
不吉な予感が背筋を駆け抜けた。

まさか、エースの追っている一味とは、この男達なのではないだろうか?

男は馬に項垂れかかってりんごの入った籠を自分に向かって差し出す。

だって、この男は。












流れ落ちる水は、能力者の全てを奪わない。

しかし、炎は水に剋さない。

淀んだ空から水滴が落ち、砂が湿る臭いが鼻腔を満たした。
むき出しの肌に雨が流れ、エースは内心舌打ちをする。
ナミが言うならそうなんだろう。
降る前に決着をと思っていたが、予告通り雨は降り出した。
炎の力を完全に発揮できないことは、否めない。


「雨まで降って来やがった。エース、諦めておれの船に乗れ。弟もろともインペルダウン送りにしてやるからよォ!」

「...何を勝ったつもりでいてやがる。おしゃべりも大概にするんだな。」

暗闇の魔手がエースの傍に伸びた。

うまくねぇな。

エースが素早く飛びすさりながら考える。
状況は悪い。
ティーチを相手にするばかりか、奴の仲間まで手を出して来やがる。
そして奴が同じ船にいた頃と、存在感の違いは歴然。
極力目立たずに、それでも野望の火を内に灯し続けていたのだろう。

それにこの雨。
横から吹く風に煽られる。
流れ落ちる水が咄嗟の判断力を鈍らせる。

戦闘において肌が感じる情報は、エースにとって重要だった。
彼がそれを頭で実感している訳ではなかったけれども。


能力者の実態を引き寄せる能力。
これは強えと言い切れるのかねぇ。
痛みを全て引き受けているなら、体力の消耗は必至。
ロギアのぶつかり合いで分が悪くとも。

ーーー肉弾戦なら、勝てる。

弾丸のように速い拳が黒ひげのこめかみにめり込むと、大男の体が地面を削りながら吹き飛ばされた。


「船長っ!!」

「船長がやられるだと...!?」

目の前で膝を折る大男をエースが見下ろす。

「サッチにしたことを死ぬまで悔いろ。ティーチ。おまえのしたことは許されることじゃねぇ。
...きっちり、罪を償ってもらうぜ。」

「ガハッ....グハッ....ぜ、ゼハハハ!さすが、エース隊長....」

黒ひげがそのまま地面に腰を下ろした。
何かを待つような、その様子で。

ーーーおれがエースを引きつけたら、おまえらが一斉に攻撃を仕掛けろ。

後はドクQが揃えば、計画通りだ。
黒ひげはエースを不敵に睨みつけた。

今なら、油断してるぞ。




馬の脚が湿った砂を駆ける音に、狙撃手オーガーはニヤリと笑った。
役者が揃った。
好機。

黒ひげの一味が一斉にエースに襲いかかる。

「!?いない!!エースはどこへ消えた!?」

刺し貫いたはずの体は、見当たらない。

「そんなことだろうと...!!」

咄嗟に空中に飛び上がったエースが黒ひげ達を見下ろす。
見上げたオーガーは舌打ちをした。

やはり、白ひげの二番隊隊長は我らの手に余ったかーーー


「ナミ!?」

地面を見下ろすエースは馬の背に引っかかるようにうな垂れたナミの姿を発見した。

「おいおいその女は何だ、ドク。」

「ああ、麦わらの船の泥棒猫ナミだ。なぜかわからないがこの島にいた。良い手土産だろう。」

「まったく、緊張感のない。」

「ハハハ、手こずってるようだな、船長。」

男の1人ラフィットが、宙に浮かぶエースに視線を向ける。

「おやおや、隊長殿の火が付いてしまったようですよ。」


ボッ!!と燃え上がった炎が雨を蒸発させながら黒ひげ達を散り散りにさせた。
飛び退く男がにやけて言う。

「隊長殿は随分人間味のあるお人のようで。」

馬の上で垂れるオレンジ色の髪から瞼を閉じたナミの顔が覗いていた。

エースは奥歯を噛み締める。
ーーーナミ、無事なのか。


「この娘の命が惜しいようにお見受けするが?エース隊長」

「....っ!」

「ほほほ...それなら話は早い。あの娘を傷つけられたくなければーーー」





駄目!

意識が戻ったナミは目の前の月毛を思わず握った。
周囲に目をやるとエースがいつか会ったチェリーパイの男と戦っていた。
やっぱり、エースが追っているのはジャヤで会ったあの男達だったのだ。
あの時、ルフィとゾロの様子が刃物のように鋭かったのを覚えている。

あの病弱男に意識を奪われたのだ。そしてここに連れて来られた。

エースの足手まといになっちゃいけない。



「エース!!」


ナミが馬を駆けた。
素早くエースの元へ近づき、背後の黒ひげ達に何かを投げつけた。

ーーー毒リンゴ。




ドォン!
轟音を立て、爆発と共に光と砂が舞い上がった。
倒れそうになった馬の背からエースに体を捕まれる。

爆風から抱きしめられたのは一瞬で、エースはすぐにナミを連れて戦線を離脱した。










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