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□デッドマンズハンド
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DMH4








赤い岩肌が削られたところに、雨露が凌げそうな洞窟がある。
そこに身を潜めた二人は、気まずい沈黙に包まれていた。

だって。
ナミは息を潜めて後ろのエースを見た。

(抱きしめられた時から、ドキドキしてる。)



こんな時に、緊張感のない、と思う。
それどころではないことも、解っている。
けど、頭とはまた別の場所が勝手に騒ぎ出すのを止められない。
心臓が速くなるのをどうすることもできない。
ナミは髪から流れ落ちる雨の水滴を絞り、息をつまらせた。

エースは。

私が足手まといになったと、怒ってはいないだろうか。

この島で初めてエースに会った時、ルフィのようだと思った。
助けてくれて、励ましてくれて、どこか似ているのに、触れる肌は熱かった。


ーーー必ずおまえを見つけてやるから


どうしてその言葉はこれほど信じられるのだろう。
まだ会ったばかりの男なのに。

ナミはドキドキする胸を気づかれないように隠しながらエースの背中を見た。
アラバスタで会った時はこんな風に思わなかった。

筋肉質なのにすらりと滑らかな背中が濡れている。
早く拭かなければ風邪を引く。


「「あの」」

同時に声を発してまた何も言えなくなる。
ナミが口を噤んだ代わりに、今度はエースがあわあわと口を開いた。

「さ、さ....」

ーー寒くないかって、聞くだけだろう!何やってんだおれ!

エースは心の中で自分を叱咤しながら、何も言えない自分に驚いていた。
発言を躊躇することなど今までないに等しい。それなのに。

これはいよいよ、おかしいことになって来た。
決して目的を忘れた訳ではないが、思うことを止められない。
彼女の姿を見る度に心臓が速くなるのを止めることも。

エースが息をつまらせていると、ナミが思いつめた様子で言った。

「ごめんなさい。私のせいで、逃げることになっちゃったわよね...」

自分が捕まってしまったから。
不利になったと思う。


「いや、多勢に無勢だ...奴らを止めるには、ちょっとは頭使わないとな...」


そう言いながら、エースはずぶ濡れのナミに気づいた。

いや、気づいてはいたけれど、その事実をやっと認識した。

絶対寒い。
早く拭いてやらねぇと。


「ナミ」

「なに?」

「脱げ。」

「は!?」

ナミが思わず殴ったのでエースの頬が倍に腫れた。

「ち、違う違う...寒いだろうと思って」

「あ、うん...」

ナミが拳を引っ込めて言う。

「でも私達、何も持ってないわよね。タオルも着替えもないし。」

「この雨じゃなぁ...」

町を見下ろしてエースがつぶやく。

「今出ない方がいいわ。黒ひげのこともあるけど、普段雨が降らないところにこれだけ降ると危険よ。」

ぽたぽたと自分の体から地面に水滴が落ちている。
少し寒気を感じてナミは両腕で自分を抱えた。

風邪を引くのは困るけど、でも脱ぐわけにも...って。

「何してるの!?」

「ここに干しとこう。」

エースが濡れたズボンを脱いで岩にかけている。
下半身は下着のみ、である。

「なっ、なっ....」

「ナミも脱いだ方がいいぞ。」

「それ本気で言ってる!?」

ナミが地面にしゃがみ込んだ。

「女って体を冷やすと良くねぇらしいぞ。マキノが言ってたけど。」

エースも横であぐらをかく。
目を逸らしたナミはぴくりとした。

ーーマキノって誰だろう。

沈黙が降りた。
抱えた膝を引き寄せて外の雨を見る。
エースが横で心配そうにしている気配がする。

ショックを受けた自分がいた。
それと同時に困惑していた。

気になるのだ。エースの口から出た、おそらく女の人の名前が。

恋人、だったらどうしよう。
でもそれでショック受けてるって、エースのことが好きみたいじゃない。
まさか、嫉妬してる?
会ったばかりで、なんの権利もないと言うのに。

でも気になる。気になってしまう。

「ねぇ、その、マキ.............やっぱいいや」

「え?何だよ。」

「ううん。何でもないからっ」

ナミは慌てて口を噤んだ。

だってもし、恋人だと言われたら。

そう思うと胸の奥がずきんと痛くなり、居ても立っても居られなくなったナミはおもむろに濡れた服を脱いだ。


「こっち見ないでよ。」

「え、お、あ、うん。」

エースに背を向けてTシャツを固く絞る。


エースは後ろを振り返らないように気をつけながら、座って少し鼻を掻いた。

こんな時に不謹慎かもしれないと思うが、自分の心の動きはよくわかっていた。

初めて会った時から、そう、アラバスタと言う国で踊子の服を来たナミを見た時から、その姿を思い出すだけで胸があたたかくなるような気持ちを感じていた。

初めは、ルフィの船にあんな頼もしい仲間達がいた事への喜びだと思っていた。
三人で始めたあの海から、一番小さな弟が巣立って行ったような感覚。
なのにいつの間にか、ルフィの傍にいるナミを自分の心に住まわせていた。

綺麗な子だなと思ったし、可愛い声をしてるなと思った。

しっかりとあいつを支えられるような、器があって。

だから忘れる訳がなかった。
この島でナミの顔を見た時、すぐにその名前を呼びそうになったけど、柄にもなく躊躇した。
いつもナミを心に思い描いているのがバレそうで。

思った通りだな、と思ったのは自分に向ける笑顔だった。
賢そうな瞳も、
仲間への一途さも。

ーーああ、そうか。



「ナミ、おれはおまえが好きだと思う。」

「へ?」

エースが振り向いて言った。

「おれ多分隠したりできねぇからな。言っておく。」

笑ってエースはまた外の雨に目をやる。

「ちょ、ちょっとまって」

大変なことをまるで何気ないことのように笑って言うエースに、ナミは 赤くなって後ずさった。

(こ、こっち向くなって言ったのに)

でも、そのエースの顔には下心だとかいやらしさが全くなく、注意するタイミングを逃してしまった。

大器。

エースを見ているとそんな言葉が頭に浮かぶ。

自分には考えの及ばないところにいる人。


雨が止んで、地面が乾き始める。
突然の告白などなかったかのようにぽつぽつと東の海の話をして、ルフィの小さい頃の話を聞いてたくさん笑った。

二人並び外を見て目を合わすことなく話していると、いつの間にかエースは寝てしまったようだった。

話の途中で突然返答を寄越さなくなったエースにナミはくすりと笑う。



ーーそして、決戦の夜が明けた。









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