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□デッドマンズハンド
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7.運が良い











それから黒ひげの船を探して何日か同じ海域を彷徨っていた。

5日目、それはニュースクーに運ばれて来た。
新聞にエースの所在が書かれていたのだ。



「ナミ?どうした」

「.......エースの居場所がわかった。」


ナミが顔面蒼白になった。
エースがどんなに恐ろしい場所にいるか知ってしまったからだ。


「インペルダウンか....あれ程名の知れた海賊なら厳重に投獄されるだろう。」

サボがナミの手から新聞を奪う。
取り上げたのは、少しでも心痛を取り除いてやりたかったからだ。たとえ効果は無くとも。

「黒ひげが七武海になってるな....取引をしたのか。」

エースと引き換えにして公権力を持つ地位を手に入れた。
しかしそれが目的なら、わざわざ白ひげの船で隊長を殺す必要があったのか?
もっと何か目的があるのではないか。

新聞の文字を追っているとナミが忙しなく動き始めた。
帆を広げ、ロープを素早い手つきで固定している。


「サボ....行くわよ」

「え、おい」

ナミが背を向ける。
こう、と決めた時のナミの出航準備の速さは目にも止まらぬほどである。

「早く行かなくちゃ」

「おい!」


サボがナミの腕を掴んだ。



「.....震えてるじゃねぇか。」

「......っ.....」


ナミが俯いた。
だって、自分でも知っている。
エースが連れて行かれた場所を聞かされて、平静を保っていられない。


「インペルダウンがどんな所か、私でも知ってるわ。史上最悪の監獄で、入獄する者は肉を熱湯で洗われる。海底に何層もの地獄があり、生きるのも辛い拷問を受けることになる。」


初めて会った時、エースは笑っていた。
礼儀正しくて、弟思いで、快活で....

笑顔が太陽のようで。


『必ずお前を見つけてやるから』

『おれはお前が好きだと思う。』



ナミは自責の念に挫けてうな垂れた。

こうしている間にもエースは辛い思いをしているかもしれない。
そうではない事を祈るように、知らず知らず指を組んでいた。
エースの顔を思い浮かべる。


あんな風に笑う人に、地獄は似合わない。



「エースを助けに行く。帆を張って。あんたは近くまで私を送るだけでいいから。あ、私の人質として船に乗ってたってことにすれば」

「助けに行くって、何か策があるのか?」

頭を押さえながらサボが聞くと、ナミは首を横に振った。

「おいおい、それじゃ捕まりに行くようなもんじゃねぇか。」

「うるさいわね。爆弾、爆弾持ってないあんた。」

「爆破したら他の囚人も出てきちゃうだろ...」

そもそも海底だし、とサボが頭を抱える。


「まずインペルダウンの構造を理解するべきだ。エースがどこにいるのか、目算をつけなきゃ助けるに助けられねぇだろ。」

「そんなのどうやったら調べられるの?」

ナミが眉根を寄せた。
すると、サボがナミを見下ろして得意げに笑った。


「お前は運がいい。この船に乗っておれと再会し、おれの記憶のカギを握ってる。だからおれはお前に協力せざるを得ないし、目的の場所はインペルダウンと来てる。」

「.....なんでそれが、運がいいってことになるの?」

上から見下ろされるので思わずナミが首を竦ませた。

サボはナミに披露するようにドアを開ける。

部屋の中には鍵のついた重厚な扉があり、これは何だろうとナミも思っていた。

サボは懐から鍵を取り出してそれを開いた。

「何これ...!」

中には電子回路がずらりと並んでいた。

「この船にはこれが乗っているからな。ハッキング、盗聴、電波ジャック何でもござれだぜ。」

サボが得意に鼻息を吐く横で、ナミが目を見開く。
これだけの大掛かりな機械は見た事がない。
おそらく海軍の軍艦に搭載しても遜色ないほどのスペックがある。
と言うか、見た事もないほど大きい電電虫が奥のスペースで何匹か動いているのが見えた。




「あんた、何者...?」


「だから運がいいって言ったろ。」



サボはにこりと笑った。




「おれは革命軍の幹部、参謀をやってる。 ここにあるのは軍で一番性能のいいコンピュータだ。...役に立つと思うぜ。」




ナミは絶句した。












夜、船を停めて2人は床で横になる。

「...まさか貴族のはずのあんたが革命軍になってるとはね。」

「ナミは?まだみかん作ってんのか?」

「あのねぇ。ここグランドラインでしょ。イーストブルーじゃないでしょ。
海賊専門の泥棒を経て、海賊やってます。」

「泥棒猫ナミだもんな。」

「知ってるなら聞かないでよ。」

ナミがちょっと赤くなって息を吐く。

「あのなぁ。泥棒猫ナミを知らない男がこの海にいると思うか?」


サボが肘をついて呆れたように言った。

眠い目を擦りながらナミが天井を見る。


「...さぁ...いるんじゃないの...」


エースは、賞金がついて手配書が出る前にアラバスタで初めて出会ったから....泥棒猫なんて二つ名は知らないかもしれないなと、朧げに思う。



「男のこと考えてるだろ。」

「...考えてないわよ。」

「嘘つけ。その間は何だ。」

「考えてない。」

ナミが薄い布を被って背を向けた。




「....寂しいなら抱いてやろうか?」

「は....!?」



身の危険を感じたナミが慌てて起き上がる。



「なっ、なっ、何言って.....!!」

「人が恋しいかと。...."恋人"もいねぇし。」


ナミは真っ赤になり、取り乱して言った。



「え、エースとはっ!そんなんじゃないから!!」




ズキッ!!



サボが呻いて蹲った。

冗談と言う雰囲気ではない。
さっきまでと違う様子にナミが声をかける。


「ちょっとサボ、大丈夫...?」

「ーーーっ!」

その様子は尋常ではなかった。
額に汗が滲み、呼吸が乱れている。
ナミは布で汗を拭いた。





サボの呼吸が収まって来た頃、恐る恐るナミは聞く。
ずっと気になっていたことを。



「ねぇ、頭を押さえるのは、癖?...それとも...頭が痛い時?」


後者だとしたら、サボは1日の半分は痛みに耐えている。
その仕草を見ない日はなかった。





サボは何も答えずにずるずるとナミの膝の上に這って行った。
寝転んだままその膝に頭を預ける。




(特に、その名前を聞いた時だ...)


サボは拳を握った。
ナミは何も言わずに、当たり前のように自分の膝に乗る金髪を見下ろしている。


(エースって...誰なんだ....)



目を瞑ると、森の中で樅の下生えに落ちる影を見た。
音はない。ただ影がちらちらと揺れて動いていた。


『ーーーサボ!』

何か聞こえた気がして、胸がフワリと軽くなった。

足下を見る。

草木を踏みしめる。
乾燥した枯れ木を折る感触。




「....サボ」


随分時間が経ってから、ナミが声をかけた。
痛みに疲れて寝ているかもしれない。
それでも言いたいと思った。


「ねぇ、思い出した....あんたあの時」


ナミはサボの硬い金髪を撫で梳いた。

苦しんでいるのを見てはいられない。
少しでも、その痛みを取り除いてあげたいと思う。
あの時のことを全部、鮮明に思い出すことがその助けになるのなら。



「私達のために...」



アウトルック3世が滞在していた船で、弟に頭を下げるサボの姿を見た。

気を変えないでくれと。
次の試験を肩代わりするからと。

『お兄様は役に立たねぇ割に頭は悪くねぇからなぁ。俺の名前で満点取ればお父様には何も言わないでおいてやるよ。』

『絶対だぞ。約束しろ。』

『お兄様がおれの言うことをちゃんと聞くならな。』





『サボ!何あの嫌なやつ!』

『あれは養子の弟だよ。父親達にとっては"出来のいい理想の息子"だ。』

『そんなのおかしいよ!』

『おかしくないさ。それにおれには、本当の兄弟たちがいるから。
ーーーだから、大丈夫だ。』






ナミはぼんやりと、記憶の奥深くにしまい込んでいた会話を思い出していた。
眠りに入るか入らないかの微睡みの時間は、記憶の底を覗くには最適のようだ。

膝の上にサボの寝息が聞こえて、目を閉じる。





ーーーサボ、あなたには本当の兄弟がいる。

それも、一人ではなかったようだ。














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