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□デッドマンズハンド
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8.仕方ない











「ナミ。おはよ。...ナミ。ナミ。」

「ぅう〜ん、」

サボが身じろぐナミの上から声をかけた。

昨日、頭痛で気を失うように眠ってからずっと、隣にいてくれたらしい。

共に過ごして6日目、珍しく夜明けと共に起きないナミの姿を、サボは首を傾げてじっと見る。



美人だとか、スタイルがいいとか、他の男なら思うのだろう。
しかし不思議と、ナミにそんな感想を抱かない自分がいるのだった。

恋人がいようがいまいが関係ないと言うのがサボの信条だが、ナミに対しては。

甘やかし、砂を吐くような言葉で口説くよりもーーー

虐めたい。




「ナミ、起きねえと襲うぞ。」

「おはようっ!」


まだ明け方だ。
たっぷりと睡眠を取れた様子のサボに起こされ、ナミは目を擦った。
しばらくサボを看ていたのだから、ナミの睡眠は十分ではない。
朝の空気に身震いして、体を摩って温めながら言った。


「....あんたっていつでもそうなわけ?」

「なにが」

「なんでもない....」




呆れた様子で部屋を出るナミの後ろ姿を、サボは見ていた。


ーーーだってこの女の心には、他の男が住んでいるのだから。

自分ができることなんて、何一つない。

だからそう、困らせたいのだろうと思う。

(ガキか俺は)


残りたい。
誰かの中に自分を残したい。


(痛てぇな、イライラする)


自分の中には何も残っていないのに。
この隙間を埋めてくれる誰かを、ナミは与えてくれるかもしれないのに。


「ねぇ、インペルダウンって、カームベルト上にあるのよね?」

「ん...ああ、そうだ。」



ナミが広げた地図の経線にサボが指を滑らせる。


「今俺たちがいる場所が、ここ。インペルダウンはここで、政府は3つの施設を海流で結んでる。エニエスロビー、インペルダウン、マリンフォード。門を開けなけりゃ中には入れない仕組みだ。」

「どうやって門を開けよう。」

「それはまあ。」

サボがどかりと座って椅子の背にもたれかかったので、木の前脚が浮いた。

「上司に伺いを立ててるから待ってくれ。革命軍の叡智を私的に使ってもいいかどうかを。」

ナミは頷く。


「エースがいるのは...」

と、言いかけてナミが慌てて言い直した。

「彼がいるのは、どこなんだろう。」

「階下に行くほど危険度の高い囚人が集められる。白ひげの隊長ともなれば、多分最下層だろう。」

サボがインペルダウンと書かれた文字を指で叩いた。
それをナミはじっと見つめる。


「....辿り着けると思う?」

「何だよ、弱音か?」

座るサボの傍でナミが俯く。


「そうじゃない...でも、怖いの。私がもし失敗したら、彼はどうなるの?」

「....お前が失敗したら、お前は捕まって囚人になるし、奴はその内死ぬことになるだろうな。」


サボの言葉にナミはぞっとした。

エースの身に起こることが怖いからだった。
もちろん、自分の身だって危ういのだろうけれど、元はと言えば自分のせいで黒ひげに捕まったようなものだ。



そしてきっと、エースはそれを責めもしない。

鷹揚に笑って、目の前に敵などいないかの様に進んで行くのだろう。

インペルダウンに潜入しても、自分はエースに会いさえすればいい。

だから、大丈夫。





「お前.....」

サボがぽつりと言ったので、ナミは顔を上げた。

「?」

「お前さ、その。...そいつのことはどう思ってんだよ。」


「どう、って....」


「だから、好きなのか愛してんのかそいつの為なら死ねるのかって聞いてんだよ。」


サボがまくし立てるのでナミはおろおろと狼狽えた。


「好きとかそんなんじゃ....あんたは何か勘違いしてるみたいだけど恋人じゃないし、一緒にいたのなんてほんのちょっとの間なのよ。ましてやルフィのお兄さんだもん。そんな風に考えたこともな....」


「.....っ!」


また、頭痛が。


「サボ、大丈夫?」

ナミがサボの額に触れようとする。

と。

「....っ、触るな...っ!」


バシッ


サボが冷たくナミの手を払った。


傷ついたようなナミの眼差しが目に入る。

不思議なことに、その眼差しに高揚するのだ。

ーーー自分のしたことで、ナミが傷つくのが嬉しいのだ。




「...外に出てるわ。」


ドアが締められるのをサボは黙って見ていた。




だって。





命懸けで男を助けようとすることが、愛以外の何だって言うんだ?















ジリリリ


電話の呼び出し音に、サボはのろのろと受話器を上げる。
相手は革命軍のボスだ。

インペルダウンには革命軍のイワンコフがいたはずである。
そこにナミを繋げればエース奪還はぐっと近くなる。

『まだ時期じゃない。』

「でもドラゴンさん、白ひげの出方によってはデカイ戦いになるだろう。白ひげ対黒ひげーーー引いては白ひげ対政府の構図だ。」

『.....』

ガタガタッ!!
外の物音に遮られ、サボがドアを開けた。

「どうした。」

「今、ニュースクーが....!!」

青ざめるナミの手から新聞を取る。
サボは紙面に目を走らせた。


「....ドラゴンさん、時節だ。」


一面に大きく取り上げられたのは、エースの出自だった。
そして、処刑の日時。










受話器を置いたサボはナミに向き直った。


「処刑は6日後。俺たちはインペルダウンまであと3日あれば到着するところまで来てる。」


ナミは青ざめて微かに震えていた。
手を握りしめて、頷く。

「状況が変わった。革命軍はお前に協力する。ロジャーの息子は、政府が最も殺したがっている男だ。」

政府が当時血眼で探していた人物がエースだったとは。
政府が消したい相手こそ、革命軍が得なければならない人物だった。


「私、何でもするわ。エースを救い出す為なら、何でも。」

「問題は、人数が少なすぎる。俺の仲間はもう処刑の日までに間に合わない。俺が門を開けて、お前が潜入するしかない。」

ナミはごくりと唾を飲んだ。

「わかった。」










日が落ち、海が真っ暗で何も見えなくなっても部屋に入って来ようとしないナミにサボが近づく。
じっと暗闇を見ていたようだ。
たださざ波の音だけが響いていた。

「こんなとこで、寒くないのか。」

ナミはふるふると横に首を振った。

欄干にかけた手が震えていたので、サボは自分の上着を脱いでナミの肩にかけた。

風がナミの髪をそよがせるとキラリと何かが光って見えた。
慌ててナミが目元を擦る。


「泣いてるのか。」


サボは目を細めた。

切なく思った。
自分以外の男を想う涙が。



「違うの。色々...いっぱいになっちゃって。自分のせいでエースが捕まったことも、ルフィが今新聞を読んでどんな気持ちでいるのかも......考えると辛くて。
私、もっと強ければよかった。誰かを守れるくらいーーー誰にも守られなくていいくらい、強くなくちゃいけなかった。」


擦った皮膚が赤くなっていた。
腫れても痛んでも、エースやルフィはもっと痛い。


「どうしたらもっと強くなれるんだろう。今まで守られてばかりだった。どうして私、いつも....」

あの時も、あの時も。
思い出すのは守られ、助けられた誰かの背中ばかり。




涙が溢れたのを、サボの指が掬った。


怒ったような顔で、それでも優しい指で。







「...俺はお前を守った奴らの気持ちがわかる。」



憮然として言うサボにナミは瞬いた。





「え...?」





「別に。
早く寝ろよ。明日も航海しながら計画練らなきゃならねーんだから。」




ナミは肩にかけられた上着を握って、部屋に戻ろうとするサボを見た。



「サボ。」


サボの手には優しさがある。
惜しみない協力と、気遣いがある。



「何だよ。」

サボはぶっきらぼうに振り返る。



「...ありがとう。」









一呼吸置いて、サボは息を吐いた。


こんなところで、落ちたくなかった。


女なんか星の数ほどいる。
簡単に好意を持たせられる女だって山ほどいるのに。

何でよりによってと、思う。


他の男を想って涙を流すような女を好きになるなんて、我ながら趣味が悪いと思わざるを得ない。






ーーーけれど、仕方がなかった。











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