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□デッドマンズハンド
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10.サディちゃん
『本当にごめん』
「もういいから!しつこい!!」
ナミは今、看守服を着て色の濃いサングラスを掛け、監獄の入り口を歩いていた。
髪もセットした。
ターゲットに似るよう化粧もした。
耳のイヤホンはサボと繋がっている。
「⋯⋯わかったわよ。これからのあんたの働き次第では許してあげないこともない。しっかりサポートしてよね!」
『了解。』
イヤホンの向こうでサボが答えた。
監獄・インペルダウン
早朝、インペルダウンとエニエスロビーをつなぐカームベルトに差し掛かる海流で、小さな監視船をサボが落とした。
その鮮やかな手腕はさすが革命軍の幹部だ。
監視船が不審な船を見つけた時には、本部への報告をする暇もなく、背後から現れたサボに首を折られた。
「⋯⋯殺してないわよね?」
「峰打ち峰打ち。」
適当な事を言うサボに溜息を吐くナミ。
「二刻だぞ。それまでに戻ってこい。」
「了解。」
サングラスをかけながらナミが言う。
計画はこうだ。
副看守長であるドミノと入れ替わり、一切の戦闘を行わず目的地の最下層まで行く。
副看守長の権限があれば、ある程度可能なはずである。
エースを連行後、イワンコフと合流。
イワンコフは退路を確保している手はずだ。
インペルダウンの門に差し掛かったナミは一人、ごくりと唾を飲み込んだ後、小さく言った。
「門に来たわ。開けて。」
サボは機材の前に座り、ハッキングして門を開けた。
『本当に大丈夫か?』
海賊とは言え、ナミはひ弱な女である。
敵地のど真ん中で何かあった時、対処するのは至難の技だ。
「やるしかない。行くわ。」
出勤前のドミノを確保するのはサボの役割だった。
入れ替わった本物が登場しては意味がない。
その為に監視船の舟留めで待機する。
看守のブーツを鳴らし、ナミが足を踏み入れる。
潜入はいつも、拍子抜けするほど"普通"だ。
堂々と、自然にしていた方が上手くいく。
「あ、おはようございます。ドミノ副看守長。」
「おはよう」
看守に声をかけられたナミは少し咳込みながら挨拶を返す。
港を臨んだ通路の先にはインペルダウンの従業員が集まっていた。
その中の一人がまた、すれ違い様に挨拶をする。
「あれ?ドミノ副看守長⋯⋯
先ほどIDルームにいませんでしたか?
ほら、九蛇の船が来る件で⋯⋯」
おかしいな、見間違えかなと顔を赤くして言う男に、ナミは冷や汗をかいた。
男の言葉には一瞥をくれただけで無視したので、彼には機嫌が悪そうな上司に写っただろうが。
イヤホンのスピーカーから状況を把握したサボは、慌ててIDルームのシステムにアクセスした。
『やばい。ナミ、ドミノはもう出勤してるみたいだ。』
ナミは素早く建物の影へ隠れる。
(ちょっと、どう言う事よ!)
『⋯⋯彼女は随分真面目な看守長らしいな。』
事前に調べた所ではあと一時間は姿を見せない予定のはずだったが。
(感心してる場合じゃないって!)
ナミが小声を保ちながら耳に手を当てる。
その時、サボの乗った監視船が揺れた。
この船の伸びている看守達は物置に放りこんだし、サボは念のためその看守から服を剥いで制服を着用している。
「あら?あなた⋯⋯新入り?」
ボンテージの女性はサボを上から下まで舐めるように見た。
「監視船からは速やかに下りるのがルールよ。所属を、ん〜〜♡言いなさいっ」
そう言われて、サボは躊躇なく、現れた女性を攻撃した。
誤魔化すことが無理だと判断したためである。
拳は鞭で絡め取られ弾かれたが、サボは身軽に後退し間合いを取る。
「やっぱりね⋯⋯変な気配があると思った⋯⋯♡このサディちゃんが直々に攻め、いえ、捕らえてあげるわっ♡」
鞭を張り鳴らすサディちゃんに、サボが悪びれずに言う。
「サディちゃん。ここはひとつ、見逃してくれねェか?」
「ん〜〜♡おだまり!!ここをどこだと思ってるの!!」
サディちゃんの鞭がサボへ伸びる。
サボはそれを避けず左腕を差し出し、巻き付いた鞭にミシミシと締め上げられる。
「どこかで見たと思ったら⋯⋯
あなた、革命軍の参謀総長ね。政府が血眼で探してるアナーキスト。こんな大きな獲物がそちらから飛び込んで来るなんて、僥倖だわ⋯⋯♡」
エースの投獄によって、世界情勢はにわかに不安定になっている。
マリンフォードの"準備"に伴ってインペルダウンの警備も強化されたが、まさかこれほどの大物が自分からのこのことやって来るとは。
と、一閃。
サボが目にも留まらぬ速さでサディちゃんに向かって突進した。
腕に巻き付いた鞭を握り締め、そのままサディちゃんの背後に回る。
自分の鞭を体に巻きつけられる形になったサディちゃんは青ざめた。
(速い!!)
ゾクリと背筋が凍ったのは一瞬だった。
首筋に手刀を落とされ、敵は意識を失くす。
「峰打ちだ。」
『いや、峰ないでしょ!!』
ドン!と効果音が聞こえてきそうな物言いに、事の全容を聞いていたナミが突っ込む。
「ナミ、こうなったらサディちゃんになるしかない」
『え!?』
サボはサディちゃんの服をごそごそと探った。
「セキュリティカード、鍵も持ってる。なんと肩書きは獄卒長だ。スタイルも似てる。髪の色もオレンジだし!」
『え!?』
「あとはあの喋り方ができれば完璧だ。」
『ん〜〜〜〜???』
ナミは船に戻ってサボと合流した。
看守服を脱ぎ、サディちゃんの服を拝借してボンテージに体をねじ込む。
長い髪で顔を隠してしまえば、一見では変装だと見抜くのは難しい出来ばえだ。
「⋯⋯すごい。」
「ニヤニヤして小学生みたいな感想やめてくれない?」
口元を隠しながらサボが笑うので殺意が湧く。
すると、軍靴の足音が駆け、点呼の声が聞こえて来た。
「集まってるな⋯⋯急げ。」
替えの服を着せたサディちゃんを縛り上げながらサボが言った。
「エースはLevel6の無限地獄にいる。きっと助け出して、2人で上がって来いよ。」
エースの名を口にしたサボにこくりと頷いて、ナミは出発した。
もう、痛くないのだろうか。
サボは自分に守られていると言っていたが、それは間違いだと思った。
自分に誰かを守る力があるなら、なぜ今ここにいるのだろうと思う。
今だって、助けられてるのに。
船を落としたのも門を開けたのもサボだ。
耳にはサボと繋がる通信の為のイヤホンをつけているし、ベルメールさんのみかん畑を守ったのもサボだ。
───早く記憶が、戻るといい。
あんな事があったけれど、サボを嫌いになれない自分がいるのだった。
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