novels2

□デッドマンズハンド
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12.獄卒獣












「獄卒長!定刻報告、異常ありません!」

「ん〜〜っ♡ご苦労さま♡ここはいいから、上に兵を増員して。」

看守を遠ざけるように指示するナミに、サボの声が耳の通信機から届く。

『ノリノリだな。』

(うるさい!)







冷たいコンクリートの合間を縫って、ブーツの音を響かせながらナミは下層に進んで行く。
サボとの通信は良好で、敵地の真っ只中で唯一の頼りの綱だ。

『(私の位置、わかってるの?)』

『ああ、捕捉してるぞ。右上の電電虫。』

ナミが右上を見上げた。

『写ってる。その先は誰もいないから左手の階段を降りろ。扉は持っている鍵で開くはずだ。』

ナミは映像電電虫に向かって微かに頷き、足早に先へ進んだ。

順調だ。

今までの潜入の経験を生かし、今のところバレる気配はない。

(熱い⋯⋯)

Level4は灼熱地獄だ。
地獄の釜とはまさにこのこと。
汗で革が肌に張り付く。

(エースがいるのはLevel6、革命軍のイワンコフがいるのは⋯⋯どこだろう)

インペルダウンに収容されていると言う革命軍の幹部は、サボがハッキングした囚人のリストに名前がなかった。
極秘事項としてセキュリティが堅かったLevel6の名簿にさえなかったのだ。






「鬼の袖引き?」

ナミ⋯⋯もとい、サディちゃんが背後に付き従っていた部下に尋ねる。

「ええ。獄卒長の管轄では出ていないので、耳馴染みがないかもしれませんが。昔はたまにあったそうですよ。死人として処理された囚人が生きてるとか。獄中死した囚人が化けて出るとか。」


隣の看守がそう言って、ナミは考え込んだ。

「あの悪名高い、エンポリオ・イワンコフも?」

「Level5のですか?政治犯なので詳しくわかりませんが⋯⋯そう言えば最近名を聞かないな。」




可能性はある。
世界一の監獄と言えど、その堅牢な守りとカームベルト上であると言う環境から、内部の管理は案外ぞんざいなのかもしれない。

革命軍の幹部がそう簡単に死ぬ訳がないと、サボは言う。

この計画には、何よりも退路が大切だ。
それを確保する味方がいなければ、いずれ見つかって捕まるだろう。

『ナミ』

サボから通信が入った。

『この先、右に獄卒獣がいる。気をつけろ。』

(ちょ、言うの遅⋯⋯!!)


もう角に差し掛かっていた。
2人の看守が背後について来ているので、引き返す事も出来ない。

大きな影が揺らめき、地響きのような音に体が竦んだ。
しかしナミは後ろの部下に怪しまれない速度を保って進まざるを得ない。
そして。


「グォ?」

地鳴りのように低い声がナミを誰何する。

(なにこいつ!!!でっっっっっっかい!!こ、コアラ!?!?)

3メートルを優に超える巨大な動物がそこにはいた。

おぞましいほどに大きく、その前肢には血に濡れた武器を持ち、容貌は間が抜けているのに、低い声は飢えた獣のそれだった。

「グルルル⋯⋯」

(すごい牙むきだし⋯⋯!)

「あれ?今日は機嫌が悪いのかな。いつもなら獄卒長を見れば喉を鳴らしてすり寄って来るのに⋯⋯」

(なに〜〜〜!?)

ナミは内心悲鳴を上げながらこの場を切り抜けようと必死に考えを巡らせる。


「グルル⋯⋯」

ナミを怪しんだコアラは巨大な体を屈ませ、ナミの体の匂いをクンクンと嗅いだ。

「⋯⋯っ!」

くまなく体じゅうの匂いを嗅ぐ大コアラは明らかに怪しんでいる。
何と言っても相手は動物だ。
姿形は真似られても体臭までは変えられない。

「グアオ!!ガオ!!」

コアラは激しく牙を剥いた。

「何だ!?暴れ出したぞ!!」

(ばれた───!?)

ナミが目を見張ったその時、どこか別の場所で、何かが爆発したような音がした。

ズド───ン!!!!

「なっ、なんだ!?」

音が鳴ったのは上階だ。
パラパラと天井から塵が落ちる。
と同時に、けたたましく警報が鳴った。
部下の通信機には騒がしい音とともに混乱した上官の指示が入っている。

曰く、Level2、道化のバギー脱獄。
騒ぎの収束に当たれとのこと。
他の看守たちは慌ただしく駆けている。

「まずい、俺たちも応援へ⋯⋯って、何してるんですか獄卒長!?」


ナミは大コアラに人形のように体を掴まれ、宙に浮いていた。
看守たちが唖然とそれを見上げ、ナミは声を張り上げる。

「これは!!!ん〜〜♡スキンシップ!!!!あなたたちは上階の援護に向かいなさい!!」

「しかし、獄卒長⋯⋯!」

「おだまり!!サディちゃんとお呼び!!」

「ハッ!応援に向かいます!」



鞭使いまでの完璧な演技に、看守たちは蜘蛛の子を散らすようにいなくなった。

遠く騒ぎの音が聞こえ、周りにはもう誰もいない。
サディちゃんを別人だと見抜いた大コアラはついにナミのウィッグをもぎ取り、その正体を現して更に獰猛に吠えた。

「ちょっと!!離しなさいよ!!!」

「ガウガウ!!」

大コアラはナミを逆さにして上下に振った。
獄卒長をどこへ隠したのかと、塩胡椒のように振れば中からサディちゃんが出てくるのではないかと期待して。

「ギャ───!!!離して───!!」

ナミが目を回す。

「早くここを離れないとバレる!!いやその前に、死んじゃうわよーーー!!!」



そんな絶体絶命のピンチに現れたのは、意外な人物だった。





ナミはどさりと獣の手から落とされた。
振り回されたせいで目眩がして、息も覚束ない。

「⋯⋯ぅう⋯⋯」

呻いていると、大コアラが背後で音を立てて崩れ落ちた。

どしーんとその巨体が床に沈むと、舞い上がった砂煙の中から今、ナミを助けた人物が現れた。

もちろん、ナミは正体を隠す間も無く、その人物と相対すことになったのである。













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