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□デッドマンズハンド
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13.シリュウ






「あんた⋯⋯誰!?」

「⋯⋯テメェこそなんだその格好は。」



変装の為のウィッグは獄卒獣にもぎ取られている。
今のナミはサディちゃんから奪ったボンテージを着た、侵入者だ。

(腕章、制服⋯⋯こいつ、ただの看守じゃない⋯⋯!?)

男の身なりは看守にしては格式が高い。
かっちりとした軍服に長い刀を持っていて、たった今この獄卒獣を倒した。

看守長・雨のシリュウ。
いや⋯⋯元、だったかもしれない。何せサボの説明では危険な人物だが幽閉されていると言っていたはずだ。
何か有事でもなければ関係のない人物だと、自分の中で情報の重要度を大きく下げてしまった。

「お前、まさかとは思うが、麦わらの一味とか言うんじゃねぇだろうな?」

「⋯⋯」

「何故ここにいる。」

ナミは咄嗟に逃げ出した。

と、思ったのに。
あるのだ。
剣の切っ先が、喉元に。

「手を煩わせるな。そうか、混乱に乗じて紛れ込んだネズミか⋯⋯
それとも役に立つ猫になるか。」

どっと、ナミの身体が弛緩した。

意識を失ったナミは引きずられるようにして連れ去られた。












「⋯⋯っあンのバカ⋯⋯ッ!」

サボはモニターが載る机を拳でドン!と叩いてヘッドホンを放り投げた。

捕まってやがる。

獄卒獣に見破られた。
相手は所詮動物だ、誤魔化せると思っていた。
甘かった。

無理もないのか、そもそも、無謀だった。
あんな小娘がインペルダウンの、それも最重要人物を解放しようだなんて正気の沙汰じゃない。

腕力もない、胆力もない。
使えるのは色気くらいだ。
こんな場所を現場に選ぶより、輸送中を狙うべきだった。
だってこれでは、自分の爪が届かない。

今更になって、この作戦自体が間違いだったのだと思いながらサボは走った。

看守服は着ているが、身分証はない。
IDも複製していないので中に入るには扉をぶっ壊すしかない。
騒ぎが起こるのは避けられないだろう。

(届くか⋯⋯?)

ナミの元へ間に合うかわからない。
獄卒獣がナミを捕まえていた。
床に叩きつけられない保証もない。

自分の爪が彼女を守れる範囲に届くまで、猶予があるのかわからない。

(クソッ、無事でいてくれよ!)

サボが監獄の門を駆け上がった。
門の上にあるセキュリティである赤外線の間を背面跳びのように通り抜け、内側に出る。

門の次には建物への入り口がある。
ここは壊すしか入獄の方法はない。

サボの爪が迷わず鉄の扉を抉った。
しかし、警報は鳴らなかった。
看守も来ない。

中に入ると階下で騒ぎが起こっているのがわかる。

サボはそれについて深く考えず、最短ルートを走った。
さっきナミが通った道だ。
モニターを通して見ていたので完璧に頭に入っている。

レベル2だか3の騒ぎをすり抜け、その応援に向かう看守に逆流しながら灼熱地獄に入ると、サボの肌がぞわりと泡立った。

いない。

ナミを捕まえていた獄卒獣が倒れていた。
周りには人影もない。
ただどこか遠く、喧騒が聞こえてくるだけだった。

心臓が速く脈打つ。

なぜ。
どこへ。

切り抜けたのなら、何故応答しない。

サボは目を見開き、先へ進んだ。










気を失っていたのは数分のことだったらしい。
腕を掴まれズルズルと引きずられていたナミは、石の床を見て目を覚ました。

捕まったにしては、辺りに他の看守たちの気配がない。


「う⋯⋯なんで、私を生かしてる⋯⋯?」

朦朧としたままのナミの問いに、シリュウは素っ気なく答えた。


「お前は黒ひげに渡す。」

引きずるナミには一瞥もくれず、シリュウが言い連ねる。

「数ヶ月前、看守を買収して監獄にいる俺に連絡を取って来た人間がいた。俺の境遇を理解しているようだったさ、奴は⋯⋯
この俺が海賊に?⋯⋯この監獄に先はない。
今まさに上でも騒ぎが起きてる。
世の情勢も不安定だ。
ひとつ賭けに出ようと思ったのさ。
⋯⋯起きたのなら歩け。」


意外にもよく喋る男だった。
けれどこの男を出し抜くのは難しいだろうとナミは思う。
常に剣に手を掛け、胡乱な目は何もかも見透かしているかのようだ。
前を向いていても、神経は全方位に張り巡らされているのだろう。

強いパワーを剥き出しにする訳ではない。
サボのような若い獰猛さがある訳でも。
しかし静かに岩を穿つような、そんな力と冷静さを持っている。そんな気がした。


「それに何で私が要るのよ」

「⋯⋯黒ひげは何かでかい問題を抱えてるらしい。例えば、お前の船長に関わる問題とかな。
人質がいれば事がスムーズに運ぶ。」


「あんたは曲がりなりにもここの看守長なのに、黒ひげの海賊団になるつもりなの?」

「俺の目に叶えばな。」

ふてぶてしく言う男にナミは武器になりそうなものを探して目を配った。
男は聡く牽制する。

「変なことを考えるなよ。手足がなくなっても知らんぞ。煩わしいことは好かん。」


だからと言って、手枷をはめられた訳ではなかった。
よほどの自信があるのだろう。
私など、いつでも御せると。

「もうすぐ闇が来る。」

「闇⋯⋯?」


その時、背後に感じたのは風圧だった。

ナミが振り返るより先に、シリュウは切り結んでいた。

何と?

サボの爪だ。


「その女に!!手を出すな!!!!」

同時にシリュウが後ろ手にナミをつき飛ばした。

倒れたナミに切っ先が飛ぶ。

ひたりと頬に刀を押し付けられるナミに、サボの動きが止まる。
シリュウは静かに言った。

「動くな。」


一発目で留めを刺せなかった。
サボはギリ、と歯を食いしばった。

こいつは強い。
背後を取っていたのにいなされた。

攻撃をやめたことでナミの人質としての価値も勘付かれてしまった。
劣勢だ。


「変な動きをしたら手元が狂うぞ。⋯⋯看守じゃねえな。帽子を取れ。」


サボは帽子を掴み、俯いた。

大局では劣勢でも、勝てると思う。
ナミがこの場にいなければ、自分が膝をつくことはないと思う。
革命軍はあらゆる組織から追われる身だ、こんな修羅場も一度や二度ではない。

でも。

次の一手で失敗すれば、ナミに傷がつくかもしれない。

致命傷には到らなくとも、傷が⋯⋯



サボは、帽子をシリュウに向かって投げた。

その帽子の死角から飛び出し、刀を弾く。

「ぐ、」

爪が男の巨体を吹っ飛ばした。

ナミを保護下に入れて安堵し、二手目へ。

相手に向かって飛び出すと、反撃を食らった。

太刀筋に武装色を噛ませて今度はサボが吹っ飛ばされる。

「サボ!!!」

「サボ⋯⋯?そいつは革命軍の幹部じゃないのか⋯⋯?テメェら何つながりだ?」

ナミがサボに駆け寄る。

───バカ、駆け寄ったら

「やめて!」

「どいてろお嬢ちゃん。」

覇気がぶつかり合い、互角の戦いが続いた。
サボは身軽に動き、シリュウを翻弄する。

余りの激しさに天井からパラパラと瓦礫のかけらが降ってくる。
それは同時に上階の騒ぎの激しさも意味していたが、この場の人間には関係がなかった。

「埒があかない。」

シリュウが一太刀振るい、剣を鞘に収めた。

「ふん、追って来るなよ。足手まといがいて無理だと思うが。」


「何⋯⋯!?」

「ッつぅ⋯⋯」

サボがナミを振り返る。

踵から血を流していた。
腱を切られている。





「アキレス腱を切った。なに、半年もすれば元通りになる。」

そう言って、シリュウは去った。














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