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□デッドマンズハンド
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17.守り方
「軍艦がない⋯⋯!!」
「退路を断つのはこの監獄では最善手かもしれんな⋯⋯」
エースは解放した。
これで無事にインペルダウンから逃げられれば、白ひげと海軍の全面抗争もなくなり、ひとまず世界はこれまで通りだ。
軍隊が集結しているマリンフォードに行く必要もない。
ナミの短い髪が風にそよいだ。
世界の中枢で、インペルダウン脱獄という大事件が起きているのに、海は穏やかでどこ吹く風だ。
しかし、船がなくては逃げられないのは確かだった。
ここはカームベルト、猛獣たちの巣なのだ。
「皆が来るまでに、儂らで何とかせねばならん。」
呑気に思えたその言葉に、ナミはジンベエの上で喚いた。
「冗談きつい!たった2人でどうしようっての!?」
その上ナミは足を怪我している。
「クハハ、揉めてるな。」
「⋯⋯」
背後の声にナミは振り返った。
「クロコダイル、お前さんどうして」
ダズを引き連れて、インペルダウンに収監されていたクロコダイルがここまで到達していた。
中ではまだ爆発音が響いている。
「麦わらがレベル6で暴れたんだよ。テメェらが出て行った後にな。モタモタしてるから先に出てきた。⋯⋯思った通りの状況だ。」
奪うべき軍艦はなく、海の彼方に薄っすら影が見えるだけ。
ジンベエがいなければ詰んでいた。
「ルフィが来てるの!?」
ナミの顔がぱあっと輝いた。
「お嬢ちゃん、安心するのはまだ早い。後ろからマゼランが来てるんだ。早く軍艦を奪わねぇとな。」
クロコダイルがジンベエに並ぶのを見てナミが声を上げた。
「なんでアンタなんかと!あんたビビに何したか忘れたの!?」
大きな瞳が鰐を睨む。
「フン、威勢はいいがその足じゃなァ。ダズ、あれを切れ。」
そう言うと元Mr.1のダズ・ボーネスはスパスパの実の能力で看守出入り用の扉を切り取った。
分厚い木で出来たそれは簡易的ないかだになる。
クロコダイルはちらりとナミを見て言った。
「お前のその賢い頭で計算してみろ。嫌いな奴と手を組んで目的を果たすか⋯⋯ここで全員死ぬ方がいいか。」
主導権を握って譲らない男の笑みに、ナミは押し黙った。
「ええか。進むぞ。」
ジンベエが大きな木片に3人を乗せて、波間を泳ぐ。
クロコダイルはジンベエの代わりに負傷しているナミを小脇に抱えていた。
「あの軍艦が見えるか。38式の船は機動力が高く、乗り手を選ぶ。今はマリンフォードに主要な軍人は駆り出されてるが⋯⋯1番扱いやすく、弱い船を狙うぞ。」
「⋯⋯わかった。」
一隻、僅かにインペルダウン包囲の隊列を乱していた軍艦は、弱いと判断され直ぐさま4人の脱獄者たちに狙われた。
砂の王が船に降り立つ。
斬り込み隊長は自分だと言わんばかりにダズが先陣を切る。
ジンベエは他艦隊からの攻撃に海の中から応戦していた。
「粗方片付いたらお前が舵を取れ。」
ナミは自分を物のように小脇に抱えたクロコダイルを睨みつけた。
自分を抱えての戦乱にもクロコダイルは余裕の表情で、砂の攻撃に目の前の海兵たちは為すすべがない。
「言われなくても、」
ナミの手元のクリマタクトから、バリッ!と電気が弾ける音がする。
「そのつもりよ!!」
足を負傷していても、雷は落とせる。
ナミによる海兵たちへの攻撃に、クロコダイルは面白そうに笑った。
「クッソォォ!!!なんだあの毒毒人間は!!!」
「落ち着けエース!!お前が攻撃したら毒が燃えて有害物質が出ちまう!!!」
「なんだあの毒!!吸ってもヤベェし触ってもヤベェ!!」
エース、サボ、ルフィの3人は、ガヤガヤと騒ぎながら走っていた。
早々に、マゼランとの戦いは避けるのが懸命とサボに説得され、しんがりをやめて先頭に立ち、向かって来る敵を一掃している。
後ろではその勢いに気圧されながらも、続々と囚人達が付いてきている。
「あの3人がいると敵に同情してしまうガネ⋯⋯」
「息ピッタリの兄弟よねいっ!!」
「あら?クロコボーイがいない」
「イワさん、奴らは脱出用の船を。」
「ハデにやれー!!」
レベル1でMr.3とバギーの群勢を吸収し、ルフィ達はひた走っていた。
最後尾は続々と毒に飲み込まれているが、ルフィ、エース、サボはまるで無人の野を行くが如く、兵を蹴散らして進んで行く。
3人の背中を追う人々は感じずにはいられない。
なにかを、世界を、変えることができるパワーがあるとすれば、それはこの3人に宿っているのではないかと。
バギーに心酔する囚人達はさておき、イワンコフは少なくともそう思っていた。
マゼランを足留めする黒ひげの勢力がいたのも大きい。
ルフィは運が良かった。
レベル5でボンボーイと共に迷い込んで来たルフィを、何としてもドラゴンの元へ送り届けなくてはならない。
イワンコフはそう決意していた。
しかし。
「来る⋯⋯!!」
ぞわりと鳥肌が立ち、辺りが毒に包まれた。
最強の敵、マゼランが迫っている。
このままではあっという間に全員飲み込まれてしまうほどの、黒が這う、絶望の波。
もうレベル1まで逃げて来た。
後もう少しの所なのに。
「はっ!おれ良いこと思いついた!!!」
ルフィが頭に電球を光らせて声を上げる。
「おい!3!!あれ作ってくれ!!!あのカッコイイやつ!!!」
「〜〜!!それで何かわかってしまう自分が嫌だガネ⋯⋯」
Mr.3は嫌がりながらもロウでルフィの手足を作る。
ロボットのような装備を手に入れたルフィは、感動して泣いた。
───ルフィは自分だけが残って、マゼランと戦うつもりだ。
エースはそんな不穏な気配を察して声を上げた。
「バカ、ルフィ!やめろ!!何する気だ!?」
「おれはエースを助けに来たんだ!!」
ルフィは頑なに叫ぶ。
その言葉に、エースは苦しそうに目を瞑った。
自分のせいでルフィが、サボが危険に晒されている。
出会えた喜びが大きい分、喪失を想像したくなかった。
「馬鹿野郎、だってここには」
何とかしてルフィを止めようと、エースが叫ぶ。
「ナミも来てるんだぞ!!」
ルフィの背中はピクリと揺れたが、振り返らない。
「だからお前は早く外へ⋯⋯!!」
「だったら余計、おれはあいつから目を離さない!!」
腹を括った声で言うルフィに、エースは言葉を飲み込む。
ルフィは、今度は外に向かって大声を出した。
「おいナミ!!聞こえるか!!!!」
もう外は目の前だ。
遠く、ルフィの声にナミが反応する。
ナミはクロコダイルの腕を抜けて軍艦の手すりに乗り出した。
「ルフィ!?」
「エースとサボを!!!任せたぞ!!!!」
「わかった!!急いで───!!」
どろどろと毒が床を覆っていた。
ルフィは静かに言う。
「エース、サボ」
背後に大切な人を感じた時、自分の中に溢れてくる物がある。
それが溢れた時、自分は誰よりも強くなれるのだ。
「おれにはこれ以外に守り方がわからねぇ。こんな風にしか、あいつを守れねぇ。」
そう昔ではない、くまに飛ばされた時のナミの顔がルフィの頭をよぎった。
きっと、兄達はもっとやり方を知っているはずだ。
きっとナミを守ってくれる。
「すぐに行く。」
そう言うルフィに、イワンコフとMr.3もその場に立ち止まる。
「キャンディブラザーズ、ここはヴァターシが立ち会うーーゥンナ!!早く行くっチャブル!」
「私は嫌だガネーーー!!!」
サボは瞬時に思考を巡らせた。
ここにいても、エースはマゼランと戦えない。
最初の激突時、エースが燃やした毒を吸って全員死にかけたのだ。
サボはエースの腕を引いた。
前の囚人たちは覚醒した獄卒獣と応戦している。
「後で会おうぜ、ルフィ。」
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