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□デッドマンズハンド
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18.脱出








手際よく軍艦を確保したナミ達は、インペルダウン周辺を走っていた。

「近づき過ぎれば壁に押し付けて包囲されるぞ。足を止めるな。」

クロコダイルが淡々と指示を出す。
脱出の利害が一致するナミは神妙に頷いた。

「うん、時間が経てば経つほどマリンフォードからも応援が送られてくる⋯⋯!」

早く来て、ルフィ。

一旦海軍からの攻撃は止んだが、ジンベエが沈めた船は3隻だ。
奪った軍艦を除き、あと6隻が周囲で目を光らせている。


「この後どうする。」

クロコダイルがナミに聞いた。

「エースを確保したら追っ手から逃げるわ。」

「聞いたおれが馬鹿だった⋯⋯」

つまり、ノープランだ。
目的はエースの奪還なので、その後のことは考えていなかった。
とにかく海軍を撒いてから、それからの話だ。

その時、ルフィの声が届いた。

もう出口の、すぐそこまで来ているのだとわかる。
通信機からも中の喧騒は聞こえてくるのに、姿は見えない。

もどかしい。
ルフィに会いたい。
姿を見て安心したかった。

すると、大勢の囚人が外へ出て来るのと同時に、サボとエースの姿が見えた。

「⋯⋯っ⋯⋯!!」

ナミは声にならない声を漏らす。
よかった。無事だった。

ほっと胸を撫で下ろすと、途端に足の傷が疼いた。

うずくまって足を見る。
完治まで何ヶ月かかるだろうか。
ルフィと合流できても、これではまた、足手まといだ。






エースとサボが外へ出ると、数十メートル遠く軍艦にオレンジ色を見つける。
視力のいい2人は丁度、ナミがクロコダイルの横でうずくまるのを目にした。

「「ナミ!!!!」」



何かされたのではないか。
そう思い込んで2人は激高した。

「海へ飛び込め!!」

そうジンベエに声をかけられ、ジンベエザメの群れがエース達を運ぶ。

ほんのふた蹴り、軍艦まで道のように続くジンベエザメの背を借りて、2人は船にたどり着いた。

「「クロコダイル!!ナミに何しやが⋯⋯」」

軍艦に降り立った2人は、ナミを背に庇ってクロコダイルに飛びかかろうとした。

しかし思いがけず、背後から首を掴まれ引き戻される。

2人はナミに抱きしめられていた。
後ろから、首を羽交い締めるように、しっかりと。

顔は見えない。
ぐすぐすと、鼻をすする音だけが聞こえる。

安堵と、感謝と、この手で確かに触れてみなければ、まだ再会を信じることができない手が、2人の身体をかき抱く。

複雑な感情をないまぜにしながら、ナミは絞り出すように口を開いた。


「よかった!!よかった!!2人とも無事で、本当に⋯⋯!!」

エースとサボは毒気が抜かれたように、されるがままになった。

ほんのりと蜜柑の匂いがした。
懐かしく、甘い香りだった。



サボは頬を掻く。
どんな顔をして会うことになるのかと、そればかり考えていたのに、そんなのは取るに足らないことだった。
ナミは自分を傷つけない。
そんな彼女だから、こんなにも好きなのに、それを見抜けない自分の未熟さを自嘲した。



エースは息を吐き、目を閉じる。
この温もりが、今ここにいて良いのだと許してくれているようで、心地良かった。
いつか自分に平穏が訪れたら、この借りを返せるだろうか。
生きている間に、返し切れるのだろうか。



ジンベエザメに乗せられて、次々と囚人が軍艦に乗り込んで来ていた。
ナミは2人から離れると、向き合って聞いた。


「ルフィは!?」


ナミは涙で顔をくちゃくちゃにしている。


「ルフィは中でマゼランと戦ってる。⋯⋯おれたちの為に残ったんだ。」

情け無い兄だと笑うだろうか。
なぜ残らなかったと責めるだろうか。


ナミを見ると、そこには真摯な瞳があった。

そんなことだろうと思ったと、力強く頷く。
そこに迷いはない。
ただ全幅の信頼が、真っ直ぐに海を見据える目に宿っているだけだ。
インペルダウンで今まさに、戦っている誰かへと。


「大丈夫。信じて待ちましょう。」




太陽の光が眩しかった。
その光はナミの髪の色のようで、その輝きの強さに目を細めることしか、できなかった。



















時間にして、どれくらいだったろう。
毒を全身に受けたルフィが、満身創痍のイワンコフとMr.3に運ばれて来たのは。










「ルフィ⋯⋯!」

痛ましい姿のルフィを見て、エースとサボは愕然とする。

毒に侵された体はルフィの見る影もない。

絶望が冷えた血液と共に身体中を駆け巡る。

手の施しようのない状態に見える。

バタバタと忙しない周囲の中で、イワンコフが力を尽くすと言い残してルフィを連れて行く。

一部の囚人たちは熱心にルフィの無事を祈っていた。
ジンベエやクロコダイルは追っ手と戦い、サボとエースもそこへ加わった。

この艦に船長はいない。
舵を握るのはナミだった。

海軍の軍艦が襲いかかって来る中、ナミだけが行き先を決められた。


三日船を走らせ続けたところで、ようやくルフィは回復し目を覚ました。


その報告を聞いたナミは、ぷっつりと糸が切れたように倒れた。














「クォラ!!!なぁんで俺がメシ係に定着しとんだァ!!ハデにぶっ飛ばすぞ!!!」

バギーが器を持って並ぶ囚人たちにスープを振る舞いながら声を上げている。
食事の時間だ。
軍艦に積まれた食糧は十分で、荒くれ者達の集団でありながら目立った揉め事が起きていないのはそれが大きな要因の一つだった。

「いーじゃねーか。船では食を制する者が1番尊敬されるんだぜ。」

「そーだそーだ。割烹着、似合ってるぜ。」

こうして給仕長としてバギーが一日3回毒づくのを、サボとエースが揶揄するのがお決まりだ。

ルフィは目を覚ましたが3時間おきに食事を摂り、それ以外は寝ている。
ルフィの笑顔に安堵して、兄弟は胸をなでおろした。

当てのない船旅、しかもそのほとんどは囚人で、それでも内部で崩壊を起こさなかったのは、約束された食事と、バギーの統率があったからだった。驚くことに。



「ナミの様子はどうじゃ?」

「俺が知ってると思うか?」

ジンベエがクロコダイルに聞いた。
逃亡中休みを取らなかったナミは、ルフィの回復に安心してやっとぐっすり眠れたようだった。

「若いのにいい操舵じゃった。」

船が思うように動かなければ、追っ手から逃げ切ることはできなかった。
上手く戦力を敵にぶつけるように足場を作ったのは彼女の影の功績だ。

「⋯⋯まぁ、なかなか使えるようだな。」

葉巻をくゆらせながら、クロコダイルとジンベエは水面を見つめる。











「なぁエース、これからどうするんだよ。」

サボの問いにエースは空を仰ぐ。

「オヤジの船に戻って、こっぴどく叱られる。」

「ハハ。」

幼かった兄弟がまさか、白ひげの船に乗っているとは。
ひとつひとつの事実と成長を噛み締めながら、サボは笑った。

「やる事は変わらねぇよ。おれは白ひげに王になってもらいたい。それだけだ。」

「って言ったって、お前。出自が全世界にバレちゃってるんだぞ⋯⋯」

早漏気味の新聞社はエースの出自を処刑前にすっぱ抜いた。
兄弟ですら初めて聞いた重大な情報だ。
世界がひっくり返るほどの。

それに比べたら、俺の悩みのなんて小さいことか。
サボは小さくため息を吐く。

エースは取るに足らない様子で帽子を被り直した。

「そんな事はどうでもいい。お前は?革命軍にいるんだろ?」

「ああ。」

頷くサボにエースは笑う。

「本当に、良かった。死んだと思ってたのに、死んでなかった。」

これは奇跡だ。
誰かが起こした、運命の。

サボを失った時、生まれて初めての絶望を感じた。
自分の一部がなくなったように感じた。
取り乱す幼いルフィが側にいて、感情を露わにすることもできなかった。
そのまま、エースの心にはぽっかりと穴が開いていた。
忘れることも埋める事もできない空洞だった。

そう言ったエースから視線を外して、サボは水平線を見やる。

「おれは思い出せて良かった。お前の処刑に間に合って良かった。ルフィにも会えた。感謝してもし足りない。」


エースとサボは欄干に手をかけて黙り込んだ。
監獄での戦いが嘘のように思える穏やかな時に、どちらともなく重い口を開く。


「もう起きるかな。」

「⋯⋯さぁ。」



起きても、どうしたらいいんだろう。

だって、見てしまったではないか。

ルフィとナミの絆の強さを。



それでも、恋い慕う気持ちは変わらないのに、その先に何があるのか、琥珀の瞳は誰を映すのか、誰にもわからないのだ。













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