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□デッドマンズハンド
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20.星が綺麗ですね








しっかりと私の肩を掻き抱く手がある。

エースの爪が肌に食い込んでいた。

爆風を避けて、このままでは海に落ちる、と言う時、サボが2人の体を攫った。
ロープを命綱にして、船体の側面に弧を描く。


「⋯⋯っっ!!船を⋯⋯ッ!!!」

爆風に耳がやられ、サボが叫ぶ声が聞き取れない。


もう一発、船体への着弾に、ナミは目を見張った。

ロープが切れ、サボの後頭部に爆発した船の破片が直撃したのを見た。

3人は船体に叩きつけられ、船体の外に固定されていた救命ボート上に落ちた。

「サボ!!」

ナミの声は自分ですら聞こえない。
耳鳴りがやまない中、ドクドクとサボから流れる血が両手を濡らす。

「エース!サボが⋯⋯!!こんなに血が⋯⋯!!」

砲弾はやまない。
ここを離れなければならなかった。

ルフィやジンベエ達の姿が頭を過ぎりながらも、エースは炎でボートの支えを溶かす。

ボートは落下着水し、攻撃を続ける海軍から離れる。
早く手当てを、それも安心できるところで。


「サボ!しっかりしろ!!」

エースがボートのエンジンをかけながら、目を閉じるサボに叫ぶ。

「うるせーな⋯⋯わかってるよ⋯⋯」

サボは呻くように声を出したが意識は朦朧としている。

ナミは備え付けられた救急セットを見つけ血を拭き取り、大きな血管を損傷していないことを確認して包帯で頭をがんじがらめにした。

「エース!カームベルトを抜けないと!」

「方角はこっちでいいんだな!?」


爆煙の中、考える暇もなく3人は戦線を離脱した。









破れた服、焦げた船、床には破片が散らばり、3人とも傷だらけだった。

夜になり、屋根もない簡易な救命ボートはやっと進むのを止めた。
エンジンはエースが操作していた。いざとなったら燃料がなくなっても炎の力で動かせると言う。

サボはまだ目を覚まさない。

ナミは無造作に体を投げ出したサボの傍らに座っていた。

「⋯⋯サボ、大丈夫かな。」

心配そうにナミが呟く。

「大丈夫だ。サボは頑丈だし、あの時も生きてたんだ。」

小さなあの時、天竜人から砲弾を受けたあの時だ。
エースはサボを信じていた。
心配ではあるけれど、サボはヤワじゃない。



ナミがサボの顔を覗き込んだ。

髪がさらりと落ち、サボの上に影がのびる。

サボの肩に触れ、気遣わしげに様子を伺う背中。



その光景に、エースは胸に何かが刺さったように感じた。

走った痛みは突然のことで、エースは戸惑う。

病気か、何かかと。



「⋯⋯水⋯⋯。」

サボが口を開いた。
ナミは慌てて備えられていた水を取り、サボに手渡す。

「無理、起きられない。口移しで。」

苦しそうに顔をしかめながらサボが言った。

「わかった。」

ナミが頷く。

「エースお願い。」

「おう。」

「やっぱ起きるわ。」

サボは起き上がり水をごくごくと飲んだ。


口元を拭いながらサボが聞く。

「状況は。」

「わからない。私達はカームベルトを抜けてグランドラインに戻って来た。」

イワンコフやルフィ達がどうなったのか、確かめる術はなかった。
サボが頷く。

「じゃあ次は、どこかに拠点を移してあいつらを探して合流するのが任務か。」

前回は、インペルダウンのエース奪還。
今回はルフィやイワンコフ達。
前よりずっと楽な仕事だとサボはもう一度寝転がった。

「先にオヤジ達と合流するか?探しやすくなる。」

エースが提案する。
黒ひげはインペルダウンで捕まったままのはずだ。
後は、オヤジに自分の勝手をこっぴどく怒られるだけ。

「どうやって行くの?場所わかるの?」

「これがある。」

エースはポケットからビブルカードを出した。
ああ、とナミが頷く。

「ルフィにも作っとくべきだったわね⋯⋯。あの時九蛇の船にいたから、匿ってもらってるかもしれないけど。」

九蛇の船は攻撃を避ける為すごい速さで動いていたから、ルフィも海軍に喧嘩の売りようがなかっただろう。
大人しく船に乗っていればの話だが。










「天気が良くて、良かったな。」

しばらく睡眠を取ろうかという時、サボがナミに話しかけた。

ナミは3人の真ん中に寝転がり星を見て頷く。

「タライ海流から離れて、気候が安定してる。大きな風も、雨も来ない。」

「じゃあもうすぐ島があるってことか?」

エースが顔にかけた帽子の隙間から聞いた。

「そうかもしれないわね。」

「腹減ったなァ。非常食じゃ力が出ねぇ。」

「ふふ、さすがルフィの兄。」

ナミはくすりと笑って、自分の体を抱いた。
雲のない夜は肌寒く、筋肉の薄い体を潮風が冷やす。

「水も残り少ない。早くどこかに上陸しねぇとな。⋯⋯ナミ、寒いのか?」

同じような夜を過ごしたのを思い出して、サボが聞いた。

「確かに、ちょっと⋯⋯」

ナミが腕をさする。
ボートに毛布を探したが、元からの不備か失くしたか、布一枚見当たらない。


「っくしゅん!」

「ったく」

サボは腰を上げ、ナミの隣に座った。

それで、肌が布越しに触れ、体温を分けようとする意図がわかった。
わかっているけれども、ナミの顔は自然と赤らむ。

「風除けにはなるかな。」

エースが横に座り、腕と腕が触れた。
───あたたかい。

「あ、ありがと⋯⋯」

「派手に焚き火ができたらなぁ。あったまるのに。」

エースが手から炎を出す。
綺麗な光だ。
非常時にあって、暗闇を照らす炎はどこか安心する灯だった。

「ダメよ。火の扱いには気をつけないと。」

わかってるよと、エースがからからと笑った。
非常食が入っていた空き缶の中に、小さな火が揺らめいている。

「ルフィ達、大丈夫かな。」

心配で萎れるナミを2人が見る。

「ルフィは大丈夫だ。ジンベエもいる。」

「イワンコフもイナズマも付いてる。きっと切り抜けたさ。」

「そうよね⋯⋯」

同意の言葉を口にするが、ナミの顔は思いつめている。
緊急事態とは言え、ルフィを置いてきてしまった。
バラバラになってしまった一味はまだ所在がわからないまま、集結の手段を探っているだろう。
せっかく幸運にもルフィに会えたと言うのに、また離れてしまったのだ。

項垂れるナミの頭に、2つの手が乗った。
2人がぽんぽんと頭を撫でたのだ。

ナミはその優しさに、涙が出そうになった。
誤魔化すように話題を探す。




「⋯⋯あの星が南東に見えるから、秋の終わりの天気なのかもしれないわね。」

ナミの細い指が、星空を指した。
自分に触れて寄り添う2人が温かい。

何日か前には命を落とすかもしれなかった、人生を取り戻せないままかもしれなかった、自分の大切な人になった2人だ。

話題を探してナミが呟いた。

「綺麗ね⋯⋯。早く島が見つかるといいんだけど。」

誰に言うでもなく、呟いた言葉は夜空に消えていく。

「星が綺麗ですね」は、どんな意味を持つ言葉なのか、ここにいる誰も知らない。








インペルダウンや海軍本部に物資や食糧を供給する島が近くにあるはずだと言うサボの予想は的中していた。

陽が傾きかけた頃、3人は情報と兵站を掴むため上陸する。

「エースそれは⋯⋯」

「目立ち過ぎる」

エースは上半身に何も身につけていない。
背中には白ひげの海賊旗だ。

こんな政府の息のかかった島で、捕まえてくれと言っているようなもの。

「サボだってボロボロじゃねーか。」

破片が刺さり破れた部分と爆発による焦げ。
頭に包帯も巻いているし、サボも普通に通報されてしまいそうな格好をしている。

「どうする?お金もないし。」

3人はおし黙った。

「仕方ない。あんまりやりたくないんだけど」

ナミが頭を押さえてため息を吐く。

「何か手があるのか?」

「まず、お金持ちそうな男をひっかけて⋯⋯」

「「却下」」

好きな子に、そんなことはさせたくない。
そんな純粋な気持ちで、2人は声を揃えた。


「じゃあ、賭博場しかないわね。」


結局、サボが着ていたベスト(ボロボロ)をエースに着せて町へ入った。



「ナミ、足は。」

痛まないのかと、エースが聞いた。
シリュウに受けた傷だ。アキレス腱は切られても歩けるが、ジャンプや背伸びをすることはできなかった。

「大丈夫よ。ちょっと痛いけど、歩けないほどじゃないわ。」

ナミが笑うのを、サボが聞いている。

「カジノなんか、こんな島にあるのか?軍の特需で暮らしてる島だろ⋯⋯」

「ふふふ、カジノが無くても、賭けられるところはたくさんあるのよ?お兄さん。」

訝しむサボに、ナミがからかうように笑った。



本能的に食べ物屋を探すエースに従って歩きつつ、サボがナミに耳打ちする。

「足、痛いんだろ?」

「⋯⋯大丈夫。さっき言ったじゃない。そんなに痛くないって。」

それでも、ナミの足運びに遅れを感じてサボは黙った。
虚勢をはっていると思う。

「⋯⋯エースに心配させない為か?」

ナミは顔を上げた。

「あんたに!心配させない為よ。」

なんなのもう⋯⋯と言いながら、ナミが頭を抱える。

「だってあんた、もしかしてこの傷が自分のせいだと思ってない?」

目線を前にするサボは答えない。

「ねぇ、あの時悪かったのは私よ。敵に隙を見せたし。そんな風に思わなくていいから。」

「そう言うわけじゃ、ねぇけど⋯⋯」

「あんたこそ、その頭の傷、大丈夫なの?せっかく記憶が戻ったのに、また忘れたとか言わないでね。」

ナミの軽口にサボは困ったように笑った。

エースに大丈夫だと笑うナミを、見ていられなかった。
心配させまいと、無理して笑っているのだとしたら。

何をしていても、ナミの目に写るのはエースの姿だと、サボは思ってしまう。
命をかけて兄弟を助けた事実は、サボに感謝と、嫉妬と、遠慮を抱かせる。
どうしようもない自分の内面と折り合いをつけられず、暗闇に立っているようだった。
どこに進むべきかわからない。
どう声をかけていいかわからない。

好きだなぁと、

思う気持ちを胸に抱いて、立ち尽くしている心地だった。

それは決して嫌な気分ではなく、ただ、ナミを守りたくて、自分にも出る幕があるのか、心配しているようにも思う。

いつか、この旅にも終わりが来ると、予感しているのだ。
ルフィ達に会うのはきっと、エースの時ほど難しくはない。

それまで、ただ、ナミの笑顔を守ることができればいいのだが。











(星が綺麗ですね→あなたは私の想いを知らないでしょうね)
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