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□デッドマンズハンド
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21.デッドマンズハンド
ごくごく一般的な酒場の一室に、円卓が置かれている。
狭い部屋に充満する煙草の煙に、足を投げ出して座る男たち。
散乱するカードと紙幣。
「勝負したいの。」
居酒屋の店主が止めるのも聞かず、ナミはその部屋にずかずかと入って行った。
「なんだテメェは。」
「お嬢ちゃん、ここは子供の来るところじゃねぇよ。」
「まぁいいじゃねえか。金はあるのか?」
男たちの言葉に、ナミは薄く笑った。
(ナミ、駄目だ。)
エースが耳打ちする。
円卓に座る男たちはおおよそカタギという気配はなく、妙齢の男達はみな喧嘩っ早く、話が通じなさそうな雰囲気を持っていた。
しかしナミは慣れた様子で囁く。
(大丈夫だから。私に任せて。)
ここで問題を起こしたら海軍に捕まる。
当然だ。ここはインペルダウンに物資を送る中継となる島。
エニエスロビーにも近く、何より今は時期が悪い。
脱獄したエースを血眼で探しているだろうから。
自分には自信があった。
こういう場に一人で足を踏み入れたことは一度や二度ではない。
慣れているから、いつも通りに振る舞える。
「お金はないの。何故なら海賊に襲われて、着の身着のままだからよ。お金を貸してくれたら、倍にして返すわ。」
(襲われたのは海軍にだろ。)
(皮肉だな。)
エースとサボが後ろで小さく会話する。
テーブルを囲む男たちは訝しんで口々に言った。
「軍に助けを求めずまっすぐここに来たのか?」
「信用ならねぇ」
「担保がねぇと貸せねぇな。」
「担保ならあるわ。」
ナミは男達に向かって、意味ありげに微笑む。
これは手慣れたことだ。
男の琴線にふれるやり方を、知っているだけのこと。
その目から意図を察した男はナミから目を離さずに言った。
「⋯⋯男は出て行け。」
「ハァ?」
その言葉にサボが凄む。
「いいの。外してくれない?」
「おいナミ」
エースが一歩出たが、ナミはそれを手で制した。
「いいから。外して。」
昔から、負けたことがない。
ルーレットもポーカーも散々やったが、負けないやり方を知っているのだ。
神様がくれたこの才能を、無駄にしたら罪よね。
1人になって、やっとエースやサボの力になれるとナミは息巻いた。
「無一文で何を賭ける気だ?」
そう言う男たちの視線がまとわりつくのを感じる。
ナミは1人の男が飲もうとしたグラスを奪って口をつけた。
「私を賭けるわ。いい?」
「チッ、ゴミだな」
配られたカードに舌打ちをする男を見て、隣の男が下品に笑った。
ポーカーは、手の強さで勝敗が決まるのではない、とナミは思っている。
騙し、欺き、演じ、誇張して、脚色する。
そうしていい手を持ってると思わせる、はったりの掛け合い。
それが自分はとても得意で、自信があった。
何度かカードを変えるとダイヤが並んだ。
繰ったカードはよく見て記憶していた。
思った通りだ。
よかった。
そしてナミは、コツコツと勝ちを重ねた。
賭け金を釣り上げさせ、弱い手札の男はゲームから降りる。
何回かのゲームの末、この辺が潮時かとトランプを弄る。
そして、場の全員が手札を開き、ナミは息を吐いた。
「⋯⋯どうやら私の勝ちみたいね。」
そう言うナミの横で、男は肩を震わせている。
不審に思ったナミは立ち上がりかけて浅く椅子に座った。
「クククク⋯⋯」
「こいつはモグリの奴隷商でね、お前ほどの女なら高く売れるとさ。」
「決まりだな。」
「待てよ。その前にぜひ楽しませてもらいたい。」
男達の不穏な言葉に、ナミは眉根を寄せる。
ナミは自分の開いたカードを見た。
どの相手のカードと見比べても、自分の勝ちだ。
「何なの?どう考えても負けはそっちよ。よく見て。」
くつくつ笑ってナミの言葉を相手にしない男が言う。
「いや、お嬢ちゃんの負けだ。」
最後に手札を開いた男が言った。
男の手元を見る。
黒のエースと8のペア、ダイヤのクイーンは凡庸な手のはずだ。
「この島では昔から、この手が1番強いのを知ってたか?」
隣の男が言った。
「どんなならず者でも知っている。ロイヤルやストレートよりもな。
ルール無用の野郎どもでもこれだけは常識だ。
“デッドマンズハンド”。
黒のエース、8のペア、それにダイヤのクイーンが、1番強いって決まってる。」
酔いの回った様子の男が、ナミに話しかける。
「残念だったナァ。お嬢ちゃん。先に言ってやれば良かったなぁ?」
「そんなの⋯⋯通るわけないでしょ!?そんな手、初めて知った!!」
「そう言われてもな⋯⋯言うだろ?郷に従えば郷にって⋯⋯」
「でも⋯⋯!!」
言い募ろうとしたナミを制するように、男の1人ががテーブルを叩いた。それはもう強く。
大きな音に心臓が跳ね上がる。
「ああ!?勝負したいっつったのはお前だろうが!!ガタガタ言ってるとぶっ飛ばすぞこのアマ!!」
「⋯⋯っ!」
突然激昂した男に気圧され、ナミは言葉を失った。
1番年上であろう男が、ナミに言う。
「こんな逸話があってな。
この島には昔、開拓時代にならず者から市民を守った保安官がいた。
そいつは英雄だった。その英雄が、ポーカーをやってる最中に撃ち殺されたんだ。
その手札が“デッドマンズハンド”だったのさ。」
黒のエースと8のペア、そしてダイヤのクイーンがそれだ。
「“死んだ人間の手札”だからデッドマンズハンド。そう言われてる。」
「⋯⋯だからって、知らなかったルールで負けるのは納得できない。やり直して。」
これで負けては、マイナスになる。
差し出すものは自分の身体だ。
ナミは冷静に言ったが、1番恰幅のいい男がナミの腕を掴み上げた。
体が浮き上がるほど強く腕を捻り上げられる。
「痛⋯⋯!」
「ごちゃごちゃうるせぇ女だな!!お前が勝手に自分を賭けて負けたんだろうが!!!」
その声に反応するように、ドアが蹴破られエースとサボが入って来た。
瞬く間に男達は倒されて行く。
あっと言う間だった。
ごちゃごちゃと賭けだポーカーだなどと言わず、最初からこうしておけば良かったのだ。
───役に立とうなどと思わないで。
ナミはその中にぽつんと立ち尽くす。
「大丈夫か!?」
「う、うん⋯⋯」
差し出される手に、ナミの頬にさっと朱が走る。
この手を取ってはいけない気がした。
ナミは項垂れる。
私は失敗した上に、心配までかけて。
「ごめん⋯⋯行きましょ。」
エースとサボがいなければどうなっていたか。
もしこれが1人で、助けが期待できなかったとしたら。
任せろと豪語したくせに、尻拭いをさせたと思ったし、いつも助けられてばかりの自分に、また無力を痛感して胸が苦しい。
「このままだと追っ手がかかる。早くここから離れないと。」
床に伸びている男たちを見てサボが言った。
怪しまれないよう、服を替えて宿を探した。
2人の懸賞金は聞くところによると5億を超えている。
破格の金額に目眩がしそうになるのを抑え、軍需を守るこの島の特性上捜索は必至だと考える。
現に服や食料を求めた店にはずらりと懸賞金のかかった海賊の張り紙が。
エースとサボはその筆頭だ。
刺青を隠し、ナミとサボは髪の色を草の根で黒く染めた。
休息と航海に耐えられる準備がなければルフィや白ひげの船を探すこともできない。
夜半になって寂れたホテルを見つけた時、サボが言った。
「軍が探すのは男2人と女1人の3人連れだ。人数を変えた方がいい。」
「賢いわね。」
ナミが頷いた。
「男2人で泊まるのは、はたから見て不自然だ。」
「夫婦のふりね。どっちやる?」
「「⋯⋯」」
エースとサボは顔を見合わせた。
「⋯⋯お前行けよ。」
「いや、お前行け。」
「何?嫌なの?」
エースとサボはじゃんけんをした。
負けたサボがナミの隣に立つ。
「負けた方って⋯⋯普通に傷つくわ。」
全く傷ついていない様子でナミが言う。
フリ、は嫌なのだ。2人とも。
ナミが好きなことをお互い知っているから。
「行くぞ。」
サボとナミが腕を組んでホテルに入った。
サボがナミの腰に手を回す。
「俺と“奥さん”に部屋を1つ」
ナミに前髪をボサボサにされ、顔の傷を隠されたサボが宿主に言った。
ナミが腰の手を抓りながら小声で怒る。
(話したりして目立たないでって言ったのに!)
(ごめん、なんかテンション上がっちまって)
「ダブルの部屋でいいですかい?」
「もちろ⋯⋯ウッ!」
「ヤダあなたったら!アナタの寝相が悪いからツインが良いって言ってたでしょ?」
(バカね、あんたエースとダブルで寝たいわけ?)
(それはヤダ⋯⋯)
時間差でエースも部屋を取り、秘密裏に男女で分かれるということになった。
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