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□デッドマンズハンド
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22.世界で1番












ホテル内で食事を摂り、シングルとツインの部屋を交換してナミは1人シャワーを浴びていた。
足の傷を庇いながら水気を拭き取り、タオルを巻いてバスタブを出る。

髪を乾かそうとした時、部屋にエースが入って来た。
予告なく。


「あ。」

「あ、じゃない!!ノックしてよ!!!」

ナミは体に巻いたタオルをきつく固定して叫んだ。エースは何が悪いのかわからないと言った様子できょとんとしている。

「ごめん、やり直す。」

「やり直さんでいい!!」


頭を掻くエースもシャワーを浴びて来たのだろうか、頭がまだ濡れている。
その石鹸の匂いにドギマギして、ナミは俯いた。

「何の用?わたし、まだこんな格好なんだけど。」

「さっき、腕、つかまれてたよな。その⋯⋯大丈夫か?」

「え、うん⋯⋯」

エースがナミの腕を取った。
跡や傷がないか確認するエースに、ナミは戸惑う。

エースの様子は、神妙だ。
いつもの快活な彼とは違う、どこか、怒っているような顔。

私に怒っている?
確かに、男達をのした酒場を出た後のエースは言葉少なだった。
自分も落ち込んでいたから、それがいけなかったのかもしれない。


「⋯⋯ゴメンな。」

エースがナミの腕を見ながら呟いた。

「怖い思いさせた⋯⋯。さっき、ポーカーの部屋を出るべきじゃなかった。お前を1人にするなんて。」

カードをした部屋に、ナミを1人にしたことだ。
俯いていたナミは顔を上げた。

「それは、私がそう言ったからで⋯⋯あんたのせいじゃないわ。私が上手くやれなかっただけ。」

「何があった?」

ナミは肩をすくめた。

「私の知らない手で、負けだって言いがかりをつけられたの。それで私、自分を元手にしたから奴隷として売るって⋯⋯」

「元手?」

「自分を賭けたの。」






そう言った時、気を失うかと思った。

背筋に悪寒が走り、肌が泡立った。


「⋯⋯は?」

エースが低く言った。
それが怖くて、ナミは目を見開く。


「えっ⋯⋯エース⋯⋯?」

エースはナミの肩を両手で強く掴んだ。


「おまえ、今、何つった?」

「わ、私、自分を賭けるって⋯⋯」

「⋯⋯っ!なんでそんなことを言ったんだよ!!」

エースはナミの肩を揺さぶった。
ナミは驚いてエースの瞳を見つめ返す。

この人はすごく、怒っている。

どうして?

「おいナミ!聞いてんのか!?」

「⋯⋯何、怒ってるの?」

「危ねぇじゃねぇか!!おまえにそんな事させる為に、おれはここに来たんじゃねぇぞ!」

そう言われて、ナミは自分の胸が痛むのを感じた。
エースにとっては、それは忌むべきことなのだ。

それは今まで、私がずっとやって来たことだ。

目的の為ならいくらでも自分を差し出して来た。
それを、エースは許せない。

悲しかった。

それは自分の、精一杯の、生きる方法で、こうしなければここまで来られなかった。
生きて来られなかった。

もしそれを、エースが拒絶するのなら、私はもうきっと、彼に受け入れてはもらえない。

それが、悲しかった。

「お前は!女なのに!!自分の身を危険に晒すようなことを───」





「何がいけないの!?」





ナミは思わず声を上げた。

「私はこのやり方しか知らない!悪いとも思わない!今までずっとそうして生きてきたの!私は1人で戦って来た8年間、空き巣も強盗もしなかった!確かに危ない目にも何度もあった!
⋯⋯けど、私が生き抜いて来た方法を、馬鹿にしないで!!」


ナミは息を切らして、肩を上下させた。

手が震えている。

エースの拒絶が怖いのか、自分のなけなしの誇りがそうさせるのか、わからない。

どうしたらよかったのだろう?
10歳の女の子が、お金を稼ぐ為には。
15や16になった頃には、女を使った方が効率がよかった。
男と寝て稼いだ訳ではないが、懐に入り込むには都合がよかった。
そうした方が安全でもあった。

恐々と、エースの足元を見ていたナミは目線を上げた。

エースは今、私を見て何を思うだろう。


わからないけれど、エースの顔を見て、自分の恐れは杞憂であったことがわかる。



───私が乗り越えて来たことを、自分のことのように、怒って、悲しんで、受け止めてくれる男の顔がそこにあった。




「そうやって、来たのか⋯⋯」

エースは酷く傷ついた顔でそう言った。

俯くナミの目にはじわりと水分が浮かんだ。
それは、嫌なことを思い出したからではない。
怒ってくれたエースの気持ちが、嬉しかったからだ。
そして、受け入れてもらえないかもしれないことが、怖かったから。


「もし俺がその時、おまえの側にいられたら⋯⋯」

エースがナミの両手を取った。
子供と目線を合わせるように、跪いてナミの顔を覗き込む。

「⋯⋯悪かった。何があったか知らねぇし、無理に聞くこともできねぇけど。」

ナミの震える睫毛を見ながら、エースは続けた。

「ごめん。よく知りもしないで、今日お前を守れなかったことが辛かったんだ。自分が許せなかったんだ。」

「エース⋯⋯私」

「でもやっぱり、俺はお前に自分の身を危険に晒すようなことはして欲しくない。ずっと笑っていて欲しい。悲しむ顔を見たくない。」

エースは続けた。


「ナミを幸せにしたい。世界で1番幸せになって欲しい。そう思っちゃ、いけないのか⋯⋯?」




俯く黒髪が、寂しげに揺れた。
ナミは涙を零した。


「ううん。」


ナミは泣きながらふるふると首を振った。

「嬉しい。エース⋯⋯ありがとう。」


「心配かけて、ごめ⋯⋯」

「謝らなくていい。」

エースは優しく笑った。

「目的は達成したんだし、俺も怒鳴ってごめんな。」


両手を握られたナミは涙を拭うことも出来ず、その笑顔に射抜かれる。


「なーんか腹減って来たなぁー!」

明るく言うエースにナミはきまりが悪そうにつぶやいた。

「⋯⋯少しなら、食べてもいいわよ。」

「ナイス!おれサボ呼んでくる!」



朗らかに気分を変えてくれる声音。
ドタバタと駆けていく足。

それが今の自分にはひどく優しかった。



涙を拭ったナミは、去りゆく背中を見て笑った。












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