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□デッドマンズハンド
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24.白ひげ









(眠れない⋯⋯)

今日は何故か、寝付きが悪い。
既に2人はいびきをかいて寝ているのに、ナミはもう長い時間何度も寝返りをうっている。


毛布に包まり直して、ナミは船べりにもたれて暗い海を眺めた。

穏やかな波。こんな小さな船では大きな波が来れば、ひとたまりもないのに。

「眠れないのか?」

サボが声をかけた。

「起こしちゃった?」

エースを起こさないよう声を落としてナミが答える。

話しやすいよう、サボが横に座った。

「寝付きが悪いのは珍しいな。」

「そうね。アンタの船、意外に居心地が良かったのかも。」

サボと旅をした。
たまたま居合わせた船に乗ったら、記憶の喪失に苦しむ彼がいた。

彼とは会ったことがあった。
勇敢で、聡明な男の子。
助けられたり、助けたり。
わかり合って、傷つけ合って、それでもまだ、そばにいる。

「昨日、何で泣いてたんだ?」

「⋯⋯わかるの?」

エースが訪ねて来た時のことを言っているのだろう。
自分を差し出したことを責められた気がして、心が揺らいだあの時。

「まあ、何となく。様子がおかしかったし。」

「エースが。昨日の⋯⋯賭けのことで」

失敗を恥じたナミの顔に朱が走る。

「自分の身を粗末にするなって。今までそうして来たから、守れなかったことが辛いって。」

「へェ⋯⋯」

過去は変えられない。
あの頃の自分の元へ、誰も駆けつけてはあげられない。

私の歩いて来た道はいばらだったかもしれない。
でもそれがなければ、今の自分はいなかった。



「サボとココヤシ村で会った後、あの村は魚人の襲撃を受けたの。私は10歳だった。
海図を描ける人間は私だけで、私は魚人の一味の幹部にさせられたの。
村を買い戻す為の1億ベリーを貯めながら、母を殺した奴らと一緒にいたわ。
それを⋯⋯ルフィが助けてくれた。」


サボは長く黙っていた。
ナミの横顔をなびいた髪が隠すのを見ながら、口を開く。

「一人で戦ってたんだな。」

俺は、エースと出会ってから1人になったことはない。
ルフィと出会い、ドラゴンと出会い、仲間と呼ぶべきたくさんの人間と共に生きてきた。

ナミは。

どんなことがあったのか、想像するしかない。
けれど。

力になりたかった。

エースの気持ちが、痛いほどよくわかる。

出来ることなら守りたかった。
そばで守ってあげたかった。

ルフィの行動を誇りに思う。

でも。

あの穢れを知らないままの少女が、みかんを抱いて優しい世界に生きていた少女が、身を差し出して生きてきた事実が胸をえぐった。

自分には何ができる?
ナミの為にできること。
ナミが望むこと。

サボは、はっとして口元に指をやった。

立ち尽くすような心地のサボに光明が差す。

過去を変えられないからこそ、
そんな世の中を変えたいと強く思うのだ。


サボがナミを見て言った。

「お前は、強いな。」

「強くないわよ。ごめん、ほんと⋯⋯弱くて。もっと強ければ、もっとみんなを、助けられたかもしれないのに。」

ナミは毛布を手繰り寄せて小さくなった。
こんなことを、麦わらの仲間たちには言ったことがない。
けれど、10歳の時から思っていたこと。
飛ばされた空の上や、助けられた背中を思い出しては、思っていたこと。

サボは小さくなるナミを見下ろした。

どれほど。

この女の性根はまっすぐだ。

「俺はナミを弱いなんて思わない。強さとか⋯⋯そんなんじゃない。戦い方は色々ある。人の救い方も、一つじゃない。そう思うんだ、最近。」


サボの語尾は照れて小さくなる。
こういうのは苦手だとごろりと寝転んで背を向けた。

「サボ⋯⋯」

ナミは目を丸くしてサボの背中を見た。
サボの考えていることがわかった気がして、それは自分の心にとても優しくて、嬉しくて、鼻の奥がツンと痛い。

「ありがとう。」

ナミが笑う気配がする。
サボはもぞもぞと自分の腕を枕にした。

いつか、この気持ちが薄れる時が来るのだろうか。

愛しいと思う気持ち。守りたいと思う気持ち。

突然頭に触れられて、サボは驚いて目を見開いた。

「なんだよ」

「ごめん、包帯が⋯⋯」

ナミの指がちょいちょいと、頭の包帯を引っ張って直す。
金の髪はフワフワと指先に絡んで心地よい。

その手を掴んで、引き寄せて、キスをする。

そんなことが出来ればいいのにと思いながら、サボは目を閉じた。














次の日、あっけなく3人の旅は幕を下ろした。





「「「「じゃじゃーん!!!」」」」

目の前に現れたのはモビーディック号。
比べれば豆粒のようなボートは、海面に浮上した大艦艇の波に流されて何十メートルと後退した。

「驚いたかァ!?エースのビブルカードをずっと追いかけてたんだぜ!?」

七番隊隊長ラクヨウがひょうきんに叫ぶ。

「よくそんな船で何日も漂流したなぁ。」

「男2人はともかく⋯⋯お嬢ちゃんが心配だよい。」

ジョズとマルコが甲板から見下ろしている。

「お⋯⋯オヤジ!!」

エースが白ひげの船を見上げながら、少し緊張した面持ちで叫んだ。

船の奥から、巨大な人影が前へ出る。




「バカ息子、帰ったか。」




その言葉に船員達がウオオオオ!!!!と雄叫びを上げた。

中には涙を流す者、目頭を抑える者もおり、エースの生還を喜んだ。
長らく1人、船を離れていたのだ。
残された家族には看過できない重大な情報だけが流れて来た。
「バナロ島の決闘」「ゴールドロジャーとの関係」そして「インペルダウンからの脱獄」。


「みんな⋯⋯」

「おかえり、エース」

口々にかけられる“おかえり”の言葉に迎えられ、エース達はモビーディック号に乗り移った。



「おーいエース!サボ!ナミ!!」

奥でテーブルを囲んでいるのは見慣れた麦わら帽子。

「ってあんたらもここにいるんかいっ!!」

ルフィが肉を頬張りながら挨拶するのに、ナミが全力で突っ込む。
見ると革命軍や囚人達、バギーやジンベエが白ひげの船で思い思いにくつろいでいた。


「グラララ威勢のいいお嬢ちゃんだ。」

「お前らと入れ違いに俺たちが着いて、海軍と一戦交えたんだよい。エースがいると思ったのに、こいつらしかいないでやがる。まァ海軍は追い払えたから良かったが。」

「お前さんたち無事じゃったか。良かった。」


ジンベエがナミの肩をぽんと叩く。

「すぐにオヤジさんが助太刀に来てくれてな。海軍大将と戦ったんじゃ。隊長達も。革命軍や囚人達も強かった。それでエースさんを探してると聞いて、船に乗せてもらうことに。」

「そうだったの⋯⋯良かった。私たちは最初の爆撃で海に落ちて───」

言いかけた所で、エースとサボ、ルフィが酒を乾杯したのでナミは言葉を切った。

「ってもう飲んでる!!」

「おっ、始まったか。」

「いいぞエース!」

魔法のように、鳳凰の形をした炎を空へ巻き上げるエースと、それを見て喜ぶ仲間たち。
見上げるサボとルフィは笑顔で、周りは楽しそうに手を叩いている。

生きて再び会えなければ、見られなかったもの。

「自分の守ったものの大きさが、やっとわかったって顔だな。」

ナミが振り返ると、そこには有名人がいた。

「俺はマルコ。よくエースを取り戻してくれた。事情は全部、ジンベエに聞いたよい。」

白ひげの右腕、不死鳥マルコを知らない者はこの海にはいない。

「初めまして、ナミよ。」

「知ってるよい。オヤジがぜひ話したいってさ。こっちへ。」


何本もの点滴が繋がっているのに、その男は老人には見えなかった。
気力に溢れ、鷹揚に構える様は四皇の一席を担うに相応しい王だ。
何より、仲間たちを見る目が優しかった。
肉親のような絆と、信頼がある。
だから皆に“オヤジ”と呼ばれている。


「可愛いお嬢ちゃんだな。」

大きな躯体を腰掛けに預け、白ひげはゆっくり口を開いた。
ナミは慌てて礼を言う。

「船に乗せてくれてありがとう。それと、ルフィを助けてくれて。私は麦わらの航海士で───」

「礼を言うのはこっちだ。うちのハナッタレをよく取り戻してくれた。
インペルダウンに行ったんだろう。いい度胸だ。俺たちでもしなかったことを、おまえはやった。」

ナミは下を向いた。

「エースがインペルダウンに行ったのは私のせいなの。私が⋯⋯足手まといがいなければエースは捕まらなかった。だから」

「守ったんだな。」

エースはナミを守った。
だから黒ひげに捕まってしまった。

白ひげは綺麗に整った歯並びを見せて笑った。

「惚れた女を守るなんて、あいつもやるじゃねぇか。エースの野郎、やっと男になりやがったか。」

「オヤジ、その辺にしといてやれよい。」

マルコがエースの沽券を守って会話に割り込んだ。

「グラララ⋯⋯俺ァこれでも喜んでるんだ。エースの成長と、良い玉ァ持った若いのがいると知るのは嬉しい。
ナミ、エースを救ってくれて感謝してる。船に帰るまでここを家だと思ってくつろいでくれ。
それと⋯⋯エースを頼めると嬉しいんだがなァ。」

「オヤジ。」

「グララララ!」

ナミは体に響く白ひげの笑い声に、込み上げるものを感じた。
この海で1番大きな男に認められる嬉しさ。
家族と同じようにかけられる優しさに、体が勝手に動く。

ナミは白ひげに抱きついた。

マルコや、周りのクルーたちがぎょっと驚きざわめく。
意に介さず、ナミは満面の笑みで声を上げた。


「ありがとうっ!おじいちゃん!!」


一瞬目を見開いた白ひげも、闊達に笑った。


シャボンディ諸島まであと僅か。

この旅も終わりを迎えようとしている。











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