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□アマガエルの雨鳴き
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アマガエルの雨鳴き





「うそ....ほんとに?」

悪い女はにやりと笑った。

ああ、神様って本当にいるのね。
日頃の行いが良いから、こういう情報が舞い込んできちゃう。
これを知ったのだってただの偶然だったけど。


「このことをみんなにバラされたくなかったら、私の言うこと何でも聞いてね。と、ら、お、くん(はあと)」










打倒四皇を目指すハートの海賊団と麦わらの一味は、大海原を並走する。

ナミはいつものごとく、ミカン畑の手入れをしていた。
ミカンに栄養をやろうと、しゃがみこみスコップで土をならす。
すると目の前の葉っぱが揺れたので視線をやると、そこにはかわいらしい来訪者が。

「あら。やあ、こんにちは。どこから紛れ込んだのかしら。」

ココヤシ村でミカン畑を世話しながら育ったナミは、嫌がることもなく来訪者に挨拶した。
別に害はない。
ここは海の上なのでしばらくこの畑に暮らすことになるのだろうが、さっき出航した島で、紛れ込んでここに越して来たのだろうか?
雨も降ったしこの船には芝生もあるから、居心地がいい場所だと思って来たのかもしれない。


「ナミ屋、針路のことでーーー」

その時、ローが姿を見せたのだ。
長い刀を肩にかけ、帽子を目深に被り、ナミに声をかけた。
しかし、しゃがんで考えこんでいたナミは聞こえていなかったようだ。
何度も声をかけたり、大きい声を出したりと言ったようならしくないことはしないのがローと言う男なので、彼はナミが気づくだろう十分な距離まで近づく。

何をしているのか、土を弄るのなんて嫌がりそうな女なのに、集中して俯いている。
しばらく横で立っていても気づかないので、ローはむき出しの肩に遠慮がちに触れた。

「おい。」

それでやっとナミは気づいたようだった。

「あ、トラ男くん。」

その時、葉っぱがぴょんと揺れた。
緑のツヤツヤした小さいものが、ローに向かってぴょーんと飛び上がった。

ローの喉の奥で空気が鳴る。

彼の背中がすっと冷えるのとその場から二人が消えるのは同時だった。



「....!?えっ!?なに!?なに!?どこ!?ここ!苦しい!!」

ナミがローの下でもがいた。
土の臭いがする。
ナミのミカン畑や、ロビンやウソップの花壇に使う農用具を入れたキャビンの中に押し込まれている。
人間二人が入れるような大きさではない。
ぎゅうぎゅうとローの体がのしかかって来て息もできない。

「でやあぁー!!」

ナミは思い切り扉を蹴って脱出し、逃げようとするローの首根っこを掴んだ。

「待て!ちょっとそこに座りなさい!!」

ナミはローにその場で正座させた。





「....まさかカエルが苦手とはね。」



ひとしきり尋問を終えたナミは、ベテランの尋問官のように男の前を往復してローを見下ろした。

「信じられない。あんな小さなアマガエルよ。可愛いじゃない。」

本当に苦手なのか何度も確認したがどうやら真実らしい。

「それでカエルが飛んできたのにびっくりして、私ごとシャンブルズしてここに飛ばして来たってわけ。」

「.....」

肩に触れていたので思わず一緒に飛ばしてしまった。
用具入れは土や埃やで汚れていたので、それが身体中に付いたナミは腕を組み、相当怒っている。

「まあいいわ。あのね。この船には不文律があるの。でもあんたはお客さんだし、言うことも聞かなさそうだったから今まで見逃してあげてたけど。」


ちょっと頬に土の付いたナミは悪い顔で笑った。


「このことをみんなにバラされたくなかったら、私の言うこと何でも聞いてね。と、ら、お、くん♪」









その後はローにとって悲惨だった。



「トラ男くん、これ運んで。」
「トラ男くん、図書室から慣行航海法の5巻から10巻まで持って来て。」
「トラ男くん、ニュースクーから新聞貰っといて。」




「なんであいつパシリにされてるの?」

様子を見ていたウソップが疑問符を頭に浮かばせたのは一度や二度でない。


ナミはていのいいしもべを得て喜んでいた。

サンジくんは喜んで何でもしてくれるだろうけど一番忙しいし、他のクルーも何かと忙しいし、一番暇そうだけど言うことを聞かなそうなローの弱味を握れて丁度良かった。
ルフィやブルック、それにゾロはそれなりに暇だけどルフィは気が向くことじゃなきゃ絶対にやってくれない。ブルックはやってくれてもちゃんとやらない。途中でふざけるか不備がある。
ゾロはぼんやりとしか話を聞いてないので、動かすまでに労力がかかる。

その点、ローはおりこうだ。

要点を抑え、機転を利かし、文句も言わず速やかに命令を遂行してくれる。(定規を要求したら分度器から三角定規から何からひとそろえ持って来たりとか。)


「なんであいつパシリにされてるの?」

「さあ....」

ウソップとゾロは矛先がこちらに来なければ良いので、のんびりとその様子を見ていた。




ーー早くお風呂に入りたいな...

ローに(変な意味ではなくて)汚されたナミはすぐにでも風呂に入りたかったが、航海の仕事があれこれ舞い込みなかなか思うように行かなかった。
なのでアシスタントを最大限に活用した。
今日のしもべはよく働くのでとても助かっている。


「トラ男くんー、ちょっとー!」

「......」

「これ!右端のNo.の順に並べといてくれる?あー!やっとお風呂に入れるわ!潮目が変わったからちょっと手が離せなかったけど」

ざくざくと数値や図を書き込んでは資料が増えて行くのをローは横で見ていたので、その束を受け取ってパラパラとめくる。

世界地図を描きたいとか言っていたな。
これもその一環か。

次から次へと目まぐるしく動くナミの様子に感心したのは事実だった。
それも、自分の決めた夢の為に。


ローは風呂へ向かうナミを見送りながら思った。


夢か。

自分の目的は何だったろう。
ドフラミンゴを討った今となっては、ただ慕った人との優しい思い出が胸に残っているだけだが、あの時海に出た理由は夢だなんて美しい言葉では表せない。

羨ましいのだろうか。

夢に向かって必要なことに、生き生きとして取り組む姿は、頑なに閉ざしていた心をどこか溶かす。

運命よりも強く、光ある方へ進む心に惹かれてしまう。
自分は翻弄されて来たから。運命というやつに。ほんの、つい最近まで。


パシリとして数日、温順しくナミに付き従うローにとうとうベポが呟いた。


「キャプテンまたナミを見てる...」


周りでハートのクルーたちがどきりとした。

「だ、ダメだろ言っちゃ!みんな我慢してたんだぞ!?」

「そうだぞベポ!キャプテンがパシリにされてる時点で異常事態なのにその上恋とか!死の外科医の二つ名が虚しく響き渡るからまじでやめろ!」

「しかもあのクールなキャプテンが好きな女に良いように顎で使われてるなんて...余りに不憫で」

「俺、泣けてきた...」

「バカッ、泣くな」

「おまえら何を話してる。」

最悪のタイミングで本人が登場したので、ペンギンやシャチと言ったクルーたちは罪をなすりつけ合うのに必死だった。


「...なるほど、はたから見るとおれはそんな風に見えるわけか...」

「お、落ち込まないで、キャプテン!」

「そうだよキャプテン!おれたち応援するよ!」

「おまえは黙ってろ。」

ローがシャチの口を片手で挟んでむぎゅっと握った。

「そうだな....問題は、労働に対して正当な報酬が支払われていないことだ。」

「その通りっすね。」

話しを全力で合わせようとするペンギンがコクコク頷くのにローがフフンと笑う。

「交渉してくる。」

「うん。がんばって、キャプテン!」

立ち去るローの後ろ姿にシャチが呟いた。

「ど、どうなるのかな」

「普通にしてればかっこいいのに、交渉とか変な事言わなきゃいいけど。」

ローの思考はちょっと、いやだいぶズレているような気がしているペンギンが心配する。
好きなら好きと、率直に言えるほど船長が経験豊富でないことを知っているのだ。

「大丈夫だよ。ナミああ見えて優しいし。」

ベポはきょとんとして言った。







「労働環境の改善を要求する。」

そう言って見下ろすローを、ナミはかけていた眼鏡の奥から見上げた。
まさかのストライキ。
海図を描くお供にコーヒーをと頼んだのに持って来てくれなかった。

「具体的には?」

「対価を支払え。」

「割に合わないわ。」

「は?この俺が雑用をさせられてるんだぞ。然るべきモノを頂く権利があるだろ。」

「然るべきモノってなぁに?わかんない。」

「...テメェがそう言う態度に出るならこっちにも考えがあるからな。」

「何よ。ストライキ。」

「ナミ屋。」

「ナミ様とお呼び。」

「はっ、なんでそんなこと。テメーなんざ呼び捨てで十分だ。」

「あんたなんてカエルが怖いくせに!バーカバーカ、カエルけしかけるわよ。」

「そしたらおまえもまたあの箱の中に飛ばしてやるからな。」

「やめてよ!お風呂入ったとこなのに!あのトラファルガー・ローがカエル苦手だってあんたのクルーにもバラすからね!?」

「...おまえみたいな悪い女見たことねえ。」

「....あら、それは経験不足ってものなんじゃない?」

「...試してみるか?」

「最初からそのつもりだったわ。」

「!!」



そう言ってローの首に手を回すナミは一枚上手。

そんな口説き方じゃ一生上手に行けないわよ、死の外科医さん。
ーーまあ、そこが可愛いんだけど。





カエルが運んで来たのは雨?それとも恋?

私にかかればどちらもお見通しなんだけどね。













おまけ


「ねえ。」

「駄目だ。」

「ロー、だめ?」

「....駄目だ。」

「ねえ、お願い、ロー。いいでしょ?」

「ダメだ。」

「本当に?ほんとにダメ...なの...?」

「......」

「お願い。」

「....わかった。」


彼女のおねだりには絶対に逆らえないトラファルガー氏である。



End

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