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□WAVE!
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WAVE!3
「おい宝石屋、客を放ったらかしにするつもりか?」
部屋の中から誰かに低い声をかけられて、仕方なくナイアはコビーに向き直った。
心地よいように思える風がほんの少し、牙を剥きはじめていた。
「大佐さん、外が落ち着いたらそいつをこの部屋に連れて来てくれ。悪いな。」
ナミを指し、そう言ってまた部屋に戻って行く濃いオレンジの髪。
旧知の男に会ったナミはそれを懐かしむ余裕もなく、空を睨んでいた。
あっと言う間に空は暗く澱んで行き、肌をいたぶるように風が吹き付ける。
途方に暮れたような声が、かけるともなく後ろで呟かれた。
「.....君は一体...」
呆然とコビーが言ったのは、目の前に信じ難い程大きなサイクロンが現れたからだった。
「なっ!?なんだあのサイクロンは...!?」
周りの兵達が騒つく。
細い、叩けば折れそうな、帽子を深く被り過ぎて顔の見えない海兵の言う通り、それは多大な被害が避けられない規模である。
唖然とする他なくなる程の風の柱の、横をすり抜けるようにして避けた形だが船では飛来物に当たって動けなくなる者もいた。
もし直撃していたら、どうなっていたか。
それでも本船の周りを進んでいた一隻は転覆し、救助の為停滞を余儀なくされた。
風は船の傍らを通り過ぎたが、今度は嵐の只中である。
「船首は減らして大丈夫!船尾側に人が足りてません!こっちのロープを引いてください!右舷は固定してください!違う、そうじゃない!このヘタクソ!!!」
波に揉まれ転覆しないようにナミは指示を飛ばした。
叩きつける雨が体を濡らす。
帽子を深く被っていると雨が目に入らないことはナミの新しい発見だった。
(少し波が収まって来た)
うねるような波は徐々に小さなものに変わった。
もう遠くに細い風の柱を見るだけになった頃には雨も収まり、乗組員は息をつきナミもほどなく緊張を解いた。
すると後ろで足音が聞こえ、コビーがナミの側に来て言った。
「ーーこの船は普段、ルーティンワークばかりだと船長が言っていましたから。」
「ああ、だから嵐に慣れてないのね。」
「えっ?」
「...い、いえ。」
ナミはゴホンと咳払いをし、努めて低い声を出した。
「航路が決まっていれば海の機嫌とも付き合い易いでしょうが、今回は特別な任務だと聞いていますから...」
「そうみたいですね。ぼくも昔は航海士の仕事をかじったこともあったんですが、グランドラインは本当に空を読むのが難しい。さっきのサイクロンが来ることが、よくわかりましたね。」
素直に、敬意を持った瞳で男が言う。
真っ直ぐな視線はこのコビーと言う大佐の誠実な人柄を感じさせた。
口調がくだけそうになったナミはますます帽子の陰に隠れる。
「いえ、偶然です。」
「あなたのおかげで助かりました。ありがとう。」
「いえ.....」
敵ながら、やはりルフィの友達だ、いい人なのだろうな、と思う。
ナミはちらりとコビーを見る。
なのに、悪いクセが出るのだ。
「あの、コビー大佐。」
では、その優しい心につけ込んで宝石と脱出、二兎を得られないものだろうかと。
帽子の下でナミは薄く笑った。
「嵐の影響で海底の地形が変わっている可能性があります。念のために、探査機を出して航路の確認をしたいのですが。」
「そうですね。じゃあ先にオーナーのところへ行きましょう。」
「外が騒がしいな。」
ドフラミンゴは長椅子にもたれかかり、貼り付けたような笑みで言った。
嵐が来ると騒いでいる海兵がいる。
その姿を見て動揺している様子の、ナイアと言う男が目の前で席を立つのをドフラミンゴは頬杖をして見ていた。
「ちょっと見て来ます。」
ナイアはかつて東の海で宝石の略奪をする賊の頭目だったらしい。
それが商才を発揮し、会社を拡大させ海賊からは足を洗って、政府の要職に請われるまで登って来た人物だ。
ドフラミンゴは時によって取引相手の生い立ちまで調べさせる。
御しやすいか、能力はあるのか、こちらの役に立つのか。
その点ではこの男は十分に利用価値がある相手だとドフラミンゴは値踏みしていた。
「おい宝石屋、客を放ったらかしにするつもりか?」
椅子に身を預けながら部屋の戸口に立った男に声をかける。
細身のスーツは体に合うよう作らせたものだろう。
商才なくとも見かけを生かすだけで十分にいい暮らしができそうな容姿の男は、赤と橙の間の髪色をしている。
「...失礼しました。ドンキホーテ様。」
「ナイア・ルセリトロ。俺がここへ来たことに驚いていないようだが、それが何故だか聞かせてくれ。」
三人掛けの椅子が一人掛けに見えるほど大きな男は、指輪を外して弄びながらわざとらしく笑って言った。
「...仰ることの意味がわかりませんが」
「そうだな、確か半年前からうちの下部組織で働いている男に珍しく育ちの良さそうな奴がいたよ。仕事が出来ると評判だそうだが、お前と何か関係があるんじゃないか?」
「何のことやらさっぱり。」
確かに、ドフラミンゴが接触して来るだろうと言うことをナイアは知っていた。
間者を送っているのは事実だ。世界中至る所に潜り込ませている。
しかしここで認めれば、相手が悪過ぎる。すぐにも殺されるだろう。
「フッフッ、俺はお前を買ってるんだよ。何故か知らないが、どうしても天竜人に献上したいらしいな。“イルヤンカシュの涙”を。」
「どうしてそれを...」
「知ってるさ。協力してやるぞ。此度の遠征、ここまで大規模な輸送をしてるに関わらず、会わないと言ってるらしいな?先方のジャルマック聖は。」
「.....それは」
言いかけた時、誰かがドアを開けたのでナイアは振り返った。
コビー大佐とナミだ。
男装していてもわかる、自分と似た色のオレンジの髪が、帽子から少し覗いていた。
どんな格好をしていようと、昔魚人に支配されて尚強く清らかだった、自分が心惹かれた少女を見誤ることはない。
...あの胸はどうやって潰したのかわからないが。
「ナイアさん、連れて来ましたよ。今から探査に出る予定ですが」
ナイアに促されてコビーが部屋に進み入ると、ナミは思わず声を上げた。
「ああっ、それは...!!」
磨かれた透明なケースの中に、目玉ほどの豪華な宝石をひとつ付けた、細工の凝った大ぶりの首飾りが見える。
正に、これだ。
今日までこれ程の輝きを放ちながら、やんごとない人々の手を渡って来た物が今ここに。
お金は好きだが、値段が付けられないものにはもっと目がない。
うっとりとナミが眺めていると、椅子に座った大きな男がイライラと言った。
「おい、こっちは話の途中だ。...コビーとか言ったか。2年前の戦争で見かけた覚えがあるなァ?大佐如きに俺のビジネスの邪魔をされる謂れはないと思うんだが」
ドフラミンゴは吐き捨てながら、言い知れない違和感を覚える。
大佐と共に入室した細身の海兵に、目が止まった。
「おい、テメエ」
ナミに向かって容赦のない声が投げられる。
「何を隠してる。」
不味い!バレたか!?
ナイアが視線を送るとナミが慌てて声を上げた。
「すみません!つい、手が!!」
ナミの懐に首飾りが仕舞われようとしているところだった。
どうやって盗んだのか目も止まらぬ早業で、厳重だと思っていた警備もなす術もなく。
「!?何やってんだお前!?」
「つい...?バカなのかテメェ。どこのもんだ。」
「わ、私はナ...」
「こ、こいつの名はダイヤモンド!俺の部下です!!政府の任務でこの船に」
「すみません!つい出来心で!!」
ドフラミンゴはしばし考えて興味が移ろったと言った様子で笑う。
「........フッフッ。手グセの悪い部下だな。」
そう言ってしげしげとナミを眺める。
その時、ドアが性急に開かれ大佐を呼ぶ部下とカインが現れた。
「ナイア社長、すぐ来てください!」
「コビー大佐、指示を!」
(行っちゃった...)
バタバタと二人が去り、思いがけずドフラミンゴと二人きりになってしまった。
振り返ることもできず消えてなくなることもできなかったナミは、かけられた男の声にびくりと肩を震わす。
「それで、ダイヤモンド。」
ナミはロボットのようにぎぎぎと男を振り返った。
「お前、いくらで俺につく?」
ドフラミンゴは首飾りを鎮座させたケースに手を置く。
話が見えず、ナミはじっと黙っていた。
「そんなに女の匂いをプンプンさせてちゃ、潜入は失敗すると思うがなぁ。」
「な.....」
「美しい名だ、ダイヤモンド。俺につけば悪いようにはしない。」
堂々とした男は突然立ち上がり、身動きができないナミの顎をつかんだ。
「ルセリトロの情報をこちらに流してもらうぞ。ヤツの持ち物に興味があるんでな。」
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