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□WAVE!
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9.何も知らない









「⋯⋯という訳で⋯⋯」
力及ばず。
トホホ、という表情でナミが報告した。
ナイアの部屋でローとコビーも顔を突き合わせている。

「セクハラに耐え、よく頑張ったな。偉いぞ」
ナイアが拍手する。
「ナミさんにそんなことをさせるなんて」
コビーが真っ青になった。
「やはり何か握ってるのは間違いないんだな」
ローが冷静に分析した。


「ドフラミンゴはあの宝石がどうやって願いを叶えるか知っていた」
知っていることを共有すべきだと思ったローは言った。
「どうするんだ?」
「処女の血を使うのだと」

悪趣味な宝石だなぁとナイアが言う。

「天竜人はやっぱり、目の前で宝石が本物であることを要求するんでしょうか」
「生贄か⋯⋯まあ天竜人には造作もないことなんだろうが」

気分が悪い。みな一様にその顔をする。

「私、処女じゃないわよ」
ナミは慌てて言った。
「いやお前が処女だと誰も思ってないけど」
「だって、み、見られたもの」
「?」
「うん?」
ナイアが笑顔でその先を促す。

「小さい時、本の代金を体で払うって言ったことがあったの。母の真似をして、意味もわからずにね。そしたらすごく怒られたわ。
母に、そんなことを言ってはいけない、好きな人の前でないと裸になっちゃ駄目。処女は大切にしなさいって。
でも私、泥棒時代に襲われて服を⋯⋯魚人がすぐに助けに来たけど、一瞬裸を⋯⋯見られちゃったの⋯⋯!
だから私、処女じゃないから!」

ナミはとても勇気を出して言った。恥ずかしいし、嫌な思い出だが、これを言っておかなければ生贄にされてしまうからだ。

「は?」
「性交をしたのかしてないのかって意味だぞ」
「せいこうって何!?」
ナミが俯き、ナイアとローは顔を見合わせた。
こいつ、何を言ってるんだ。
一足先に全て察したナイアが、子供にするようにナミに優しく目線を合わせ、笑顔で聞いた。

「股に肉棒を入れられたことは?」
「は!?に、にく!?あるわけないでしょ!?」
コワ!という表情でナミが叫ぶ。
「いやまず、子供の作り方をちゃんと知ってるのか、お前は」
ローの頭の中では医学知識が止まらない。
受精時のカルシウムイオンの上昇や、減数分裂を知らないとでも言うのか?

「知ってるに決まってるでしょ」
ナミが赤くなって睨みつける。
「裸になって同じ布団で眠ったら、神様が赤ちゃんを宿らせてくれるのよね?子供だって知ってるわそんなこと」
私は布団で寝てないから大丈夫だと言わんばかりの顔で、ナミが目を逸らす。

もうやめてあげて、と言わんばかりにコビーがナミの背中をさすった。

「ナミさん、それはとても素敵なことなんですが、少々心配です」
「なにが!?」
ナミも多少場の空気がおかしいことに気づき始めている。

「それは⋯⋯また僕がゆっくり教えて差し上げますから、今度にしましょうね」

「なんだこの大佐」
「左遷されてしまえ」








「最悪、ドフラミンゴの要求をのみます」
「やめとけ」
「やめとけ」
「やめてください」
お布団に入らなければなんとか、というような顔でナミが手を上げるので、3人は必死にそれを止めた。

「なんとかドフラミンゴを追い払う方法はないの?」
「だめだ、ドフラミンゴがいなければ会わないと言われてるんだから」


ナミはガラスのケースに入った宝石を見た。
思えば、船に乗った時から吸い寄せられるような感覚があった。
触れずにはいられないような、盗らずにいられないような、そんな不思議な感覚が。
それはナミが宝石を求めていたからじゃない。
この宝石自身が、処女であるナミを求めていたのだ。

「ねえ、私の血でいいなら、ナイアの願いを宝石に叶えてもらえば?」
「宝石は17年に一度しか願いを叶えないらしい。宝石の持ち主が17で死んだからだと」
一度叶えるのでは駄目なのだ。

ナイアは俯いた。

「俺だって、本当は天竜人になんか渡したくないさ。でもどうしても許可がいると言われ、工事が始められない。無理を通すなら司法取引をなかったことにして、インペルダウンにブチ込むと脅迫が来る。俺だけでなく、社員にも矛先がゆく。⋯⋯それは避けないと」

もう家族がある者もいるのだ。ナイアはたくさんの幼なじみの孤児、友人を抱えている。同じ戦争で親を失った者ばかり、守るものが多かった。
ナイアは苦渋の決断をした。海軍もついて来てくれた。
宝石を渡して、事業を進める。
世界をより良くするために。










「どこへ行く気だ」

ナミがそーっと自分の部屋のドアを開けると、外側から刺青の手が押さえつけた。
「あ、開けてよ」
「だめだ」
ローがナミの部屋の前にいて、出してもらえない。
ナミはドアの隙間からこそこそと言った。

「ドフラミンゴのとこに行って、天竜人の弱みを聞き出そうかなと。天竜人を強請(ゆす)るのが1番手っ取り早いじゃない。ドフラミンゴに私の素性まだバレてないし」

「どうしてそこまでする?」
「別にいいじゃないそんなこと」
ナミがドアノブをがちゃがちゃと押した。
「気になるだろ。自分の為だという訳でもないのに」
ドア越しにローが問いかける。
ナミは足元を見て考え込む。

「⋯⋯私、拾われたの」

姿は見えないのに、ナミが真剣なのがローにはわかった。

「戦争孤児で、姉が私を抱えてたんだって。
姉だって小さくて、きっとすごく心細かっただろうに、私を母のところまで連れてってくれて⋯⋯想像する度、なんて尊い人達なんだろうって思った。
逆の立場だったら、私にそれができたのかなって。
なんの罪もない子供たちが酷い目に合っている現実があるのに、見て見ぬふりなんてできない。
ヴィラのクーデターは長引いてる。孤児院が必要よ。病院も、工場も...それをナイアがやるなら、私もやらないと。私にできることを。
私が姉や母に助けられたように。それを誰かに返さなければ。
どうせ仲間の元にも協力してもらわないと帰れないし」

ローはじっと黙ってそれを聞いた。
自分がされたように、人を助ける。
コラさんがそうしてくれたように、自分も誰かを救う。

ナミと会った時、どこか自分と似ていると感じた。

心の底に同じ色をした海がある。
とげの取れた、まあるい石が海底に転がって光っている。
どんなに天気が荒れようとも、その石は輝きを失わない。
ささくれ立つように荒れた海はやがてまた凪ぎ、光を反射してキラキラと光る。
その海は同じ色をしていた。

気になるのは当たり前だった。
二人は同じなのだから。
気づけばいつもナミのことを考えている。
それは、その心のありように目を惹かれるからだ。

ローは迷った。
ドフラミンゴの元に行かせるべきではないと思ったし、行って欲しくなかった。
だって、行って何が起こると思う?
この生娘にドフラミンゴが何をするか。
ナミは何も知らないのだ。

「ドフラミンゴの元へ行くのはやめろ」
「え⋯⋯でも、そうするしか道が」

ローが部屋へ押し入って来た。
わっ、とナミが後ずさるとその腰を手で引き寄せた。
するとバランスを崩してベッドに倒れ込む。
ドアを足で閉めた。
どんとベッドに縫いとめて、髪がシーツに広がる。

「お前は運良く貞操を守って来たようだが教えてやる」

ローがナミの下腹をトン、と指さした。

「女はここに、男を受け入れる。それで初めて子供を作ることができる」

ローは医者だから、良くも悪くも、色んな人間を診る。
女が襲われる時、どういった意味で惨い目に合うのかを知っている。
知識は武器なのだ。
何も知らない子供では、無事ではいられない。

「なに?どういうこと⋯⋯?」 
「裸で布団に寝ただけでは、子供はできない」

それで、ナミはピンと来た。
もしかして、私は間違っていたの?
もっと怖いことがあるのかもしれないと、ローの真剣な顔を見て思った。
服を破かれただけでも十分怖かったから、その先を知らないだけだ。
男が自分をどういう目で見ているか、知っているつもりで、何もわかっていなかったのだ。

「お、犯すって、服を破くってことだと思ってたけど、違うのね」

ぷるぷると勝手に手が震えた。

「私、何も知らなかった。恥ずかしい」

ナミは目を逸らしてぎゅっと目をつぶった。
知らなかったということは、あることを意味する。
恐ろしいことに気づいてしまう気がした。
嫌だ、気づきたくない。
何故自分が何も知らなかったのか、考えたくもなかった。










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