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□WAVE!
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10.「教えて」





何も知らなかった。
恥ずかしい。
ナミはそう言った。
ローはそんなナミを見て、心から寄り添って言った。


「恥ずかしいことなんかじゃない。育ちが良く、純粋無垢だっただけのこと。そんな風に思わなくていい」

「育ちがいい!」
ナミが自虐的に笑った。

「そうでしょうね。姉と2人、愛されて育てられた。海賊に母を目の前で殺されるまでは」

目元を隠してナミは泣いた。
次から次へと涙が止まらない。

気づいてしまったからだ。
死ぬほど憎い相手に───守られていたことに。

「母を殺した魚人は、私を手元に置いて海図を書かせた。私を騙して泥棒をさせた。ご飯を食べさせなかったし、虐待もされた。
なのに私を───守ってたって言うの?
襲われるのがどんなことかも知らないままでいられるくらいに」

それはどれほどの屈辱だろう。
1番大切な人を奪っておきながら、なぜナミの貞操なんか守ったのか。
ローは静かに聞いていた。
言葉を選んで口を開く。

「⋯⋯そいつは、お前のことを」
「言わないで」

そんなの、おぞましい。
考えたくもない。
殺してやりたいほどの憎しみが、肌の毛穴から噴き出すようだ。

「⋯⋯うっ、ぅうっ⋯⋯」

涙が止まらないナミは、自分で自分を支えられなかった。
ローがそれを受け止めた。
頭を撫でた。

悲しくて悔しくてどうにもできない。
───私を愛したなら、なぜ母を奪ったのよ。
自分の何を引き換えにしてでも、そばに居て欲しかった人だった。

ナミはローの消毒液の匂いを吸い込んだ。
前に進むためにどうしたらいいかを考えた。

この憎しみをぶつける先がいるとしたらそれは一人だ。

かわいそうな子供を増やすなんて、許さない。
絶対に弱みを握ってやる。
そうナミは怒りに震えた。


「教えて」

耳元で言うので、ローはびく!と震えた。
驚いたのは、泣いているのに、その声は決意が滲んでいたからだ。

絶対にドフラミンゴから情報を盗ってみせる。
知っておかなければとナミは思った。

閨教育や、スリーピングディクショナリーとも言われるように、男女が寝て学ぶ風習はどこの国にもある。

「絶対にドフラミンゴから情報を奪う。その為に必要だから、男と寝るってどういうことなのか、私に教えて」
「いや、落ち着」

ナミがローにキスをした。

「お願い」
「⋯⋯」
次のキスは、拒否できなかった。

ローは舌を絡めて応えた。
顔を両手で包まれ、唇を舐められて、びっくりしてナミが仰け反る。

「今のなに⋯⋯!?」
「何、じゃない」

ごろん、とナミを寝転がせて、上から見下ろした。
若く、極上の清らかな乙女が目を見開いていた。

「いいんだな」
「うん」

ナミは仕事に取り組む時のような顔で頷いた。
手練手管を学ぶんだ。
そんな声が聞こえて来そうなほどだった。

舌を舐めると息が上がって来た。
ナミの息遣いがローを高揚させた。

ローの真似をして一生懸命に舌を絡ませて来るナミが愛おしかったし、良いのだろうかという気がした。
ナミの手は真面目にローの体を抱きしめている。

「私、変じゃない?」
「⋯⋯変じゃない」

胸を揉んで、うんと気持ち良くしてやろうと先に触れる。
刺青の手が意外なほど繊細に動いて、ナミは声を出してしまった。

「⋯⋯あっ⋯⋯!」
自分の下半身がじん、としたのがわかった。
なんとなく、わかって来た。
気持ち良くなると、あそこが濡れてくる。
そうすると、そこに何かを挿れるというのも現実味を帯びて来る。

それを挿れたら、処女ではなくなるのだと、何となく理解した。

「⋯⋯っ、あ、んっ、ロー⋯⋯っ!」

ローが首筋を吸い上げ、背筋がぞくぞくとした。

下半身に手が伸びて、内腿を撫で上げられた。
媚びるような猫撫で声が出て、自分でもびっくりする。
ローの反応を見るに、興奮してくれているようだ。良かった。

「やっ、気持ちいい、怖い⋯⋯っ!」

股の中心に優しく触れたので、ナミはまた震え上がった。

「大丈夫か?」
「うん⋯⋯っ!」
そしてまたキスした。
さっきよりも上手くなったキスにローは驚愕する。
ローがしたように今度はナミがローの体を弄っていた。
内腿を撫でて硬い陰茎に触れた時はびっくりしたようだが、やわやわと触れて同じように、気持ち良さを返そうとしていた。

とても感動したし嬉しかったのに、なぜか背筋がひやりとした。
甘い行為に夢中で忘れていた、嫌なことを思い出したからだ。

だってナミの目的は。



「これで、ドフラミンゴから情報を取って来れるかな⋯⋯?」

ナミが、恋人のようにローの胸に頭を預けて言った。

こめかみを殴られたようだった。
とんでもなくショックだったし、ナミの変な生真面目さに愕然とする。
ローが好きだからキスしたわけじゃない。
好きだから触れ合っているわけじゃない。
教えてほしいだけ。
わかっていたはずなのに。

ドフラミンゴから情報を聞き出す為に、ローにやり方を教えてもらおうとしている。
あくまで本番はドフラミンゴ。あの男を落とすため。
目的の為なら先ほどまで清らかだった体まで差し出す。
惨い現実に胃がねじれた。

ローの顔が暗く翳る。
だってとんでもなく嫌な気分だった。
好きでもない男に抱かれようとするナミを、支配したい、どこにも行かせたくないという気分になった。

ああ、好きなのだ。
ナミのことがこんなにも。
それなのに、ナミは自分を犠牲にしてでもやり遂げようとする。
会ったことのない誰かのために。
目の前の自分の気持ちにも気づかずに。

「⋯⋯んっ⋯⋯!?」

気づけばナミの細い首に手をかけていた。
ぎゅっと絞めると、ナミがくぐもった声を出した。

「うっ⋯⋯ぐ⋯⋯っ」

ローはハッと正気に戻って首から手を離した。
ナミは俯いてげほげほとむせた。
ローが触れようとすると、ナミが顔を上げた。

「こ⋯⋯んな、苦しいこともみんな、やってるのね、大変、ね⋯⋯」

赤い顔で、へらへらと笑っていた。
ローは自分のしたことを後悔して後ずさった。
自分に驚いていた。
さっきまで純粋無垢だった女を汚して、こんな酷いことまでするなんて。

「⋯⋯すまない」
「ロー、ごほ、どうしたの?」
ナミの髪は乱れ、肩が無防備に出ている。

ローは自分を恥じてその場を去った。
なんてことをしてしまったのか。
どうかしていた。
教えてとせがまれても、そうするべきじゃなかった。
自分を愛していない女を抱くなど倫理に悖る。
しかも、嫉妬に駆られて首を絞めるなんて、自分が怖かった。
この娘は何も知らないのに。
恋も、愛も、あるのは誠実さと自己犠牲だけ。
それを利用など、してはいけなかった。
お願いと何度キスをせがまれたって、拒否しなければならなかったのだ。
───できなかった。


ローを見送って、ナミはきょとんとベッドに座っていた。

まだ無垢なまま。
ローが何を思っているかも、知らないままに。










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