novels2

□WAVE!
12ページ/21ページ

12.あやとり









「ドンキホーテ・ドフラミンゴ」
「何か?ダイヤモンド」
ナミが部屋の入り口で仁王立ちする。

「ここにあんたの欲しい物がある。これと、天竜人の弱みを交換しましょ。これでウィンウィンでしょ?」
ナイアにもらった資料を見せびらかした。

「オイオイ忘れたのか?その情報は俺と寝たらやると言ったはずだ」

「お前とは寝ない」
男を見下ろしたナミは不敵に笑った。
「イルヤンカシュの涙を発動させる条件を、そう易々と手放したりはしない」

ナミは自分の純潔も交渉の材料にしようとしていた。
いざとなれば血を使えるのだ。
損得勘定が得意な者ならその権利は放棄させないだろう。貞操は守られるというわけだ。

「は⋯⋯?」

ドフラミンゴはずり落ちそうになったサングラスを直した。
「それはつまり、男と寝たことがないと⋯⋯?」
「そうよ」

鼻息も荒く居丈高に言うナミを、ドフラミンゴは天然記念物でも見るような顔で見つめた。
男と寝たことがない女を初めて見たかもしれない。
自分の側におく女は誰も彼もが手練ればかりなので。

「お前⋯⋯いくつだ⋯⋯?」
「二十歳よ。悪い?」
「???????」

ドフラミンゴは物心ついた時から『ウルフオブウォールストリート』のような酒・ドラッグ・女の生活をしてきたので、本当に訳がわからなかった。
だからこそ願いを叶える宝石の効力は稀少なのだと思っていたし、処女を調達するの、大変だなぁと思っていたのだ。
確かに、ダイヤモンドが処女だと言うならそれはカードの一つになり得る。
イルヤンカシュの涙をいつでも発動できる状態にあるなら、今はその権利を有しておくべきだ。

と、同時に、こんなに抱くつもりだったのに、今、抱けない⋯⋯!?と愕然とした。

目の前にいるのはただのひょろひょろの海兵なのだが、がっかりしている自分にドフラミンゴは驚く。
手に入らなかったことがなかったので、だけど損得勘定も得意なので、自縄自縛で言葉が出ない。

「⋯⋯⋯⋯」
「じゃ、いいわね」

ナミは帽子を取ってその顔を見せた。
今、見せなくてもいいものを。

「はい、吐いて。天竜人の弱み持ってんでしょ?」
ナミはドフラミンゴの前に手のひらを突き出し、見下ろした。

「⋯⋯弱みか」


「ジャルマック聖とは旧知の間柄でね。なぜやつがナイアの事業に裁可を下さないかは、やつが東の海を憎んでいるからだ。ただそれだけの理由さ」

「なんでなの?」

「さあ、自分の船の前を子供が横切ったとか、妻に召し上げようとした女が身を投げたとか、そんなところだ」

「な⋯⋯!たったそれだけのことで⋯⋯!?」

「そうだ。やつらはくだらないのさ」

ドフラミンゴはゆったりと座っている。

「お前らがやつを強請ろうと考えているなら無駄だな。これはただの俺の人脈だからだ。天竜人には、多少顔が利くんでね」

「そんなぁ⋯⋯」

がっかりする顔が美しかった。さぞいい声で啼くだろうになぁと思う。
処女を守らねばならんとは、残念だ。

「なんで天竜人に顔が利くのよ」
「フッフッフッ」
笑うだけでドフラミンゴは答えない。
「じゃあどうしたらいいの?」
「皆殺しにしてみたらどうだ?」
楽しそうに提案する。
「皆殺しって⋯⋯そんなことできると思ってんの?」
「フッフッ!お前がやるなら手を貸すが」

ドフラミンゴは前のめりに聞いた。
この娘からは美味そうな匂いがプンプンする。

「逆に聞かせてくれ。何故お前は天竜人の弱みが欲しいんだ?」

答えてもいいのか?とナミは思った。
でもドフラミンゴは弱みを握っていた訳ではなかった。
取引は成らない。

ナミは正直な気持ちを言うことにした。
腹をわって話す。
それも交渉の一つだと思うから。

「⋯⋯絶望って何だと思う?」

そう問いかけたナミの目に、ドフラミンゴから笑みが消えた。
この目を知っている。

それは壁に吊り下げられた時だろうか?
人に憎しみを向けられた時?
家族を手にかけた時か?
愛する者を───母を失った時だろうか。

それを見てきた者の目が、どうしようもなくドフラミンゴを射抜く。

「肉親を亡くした子供たちは絶望を見ている。私は、もう私のような子供を作らせたくない。与えられたものを世界に返したい。安全に成長できる場所を、安全に医療を受けられる場所をあげられるならそうしたい」

ナミは真摯な瞳で言った。
絶望とは何だろう。
食べ物をもらえないこと?
血塗れのペンを走らせること?
村のみんなに嫌われること?
違う。
愛する者を───母を失ったこと、
愛する者を失うかもしれないこと。
それがナミにとっての絶望だ。

「そんな思いは、二度と⋯⋯」
ナミは俯いた。
ナイアに協力して、仲間の元へ帰ることをもちろん忘れていない。
けれど、自分が通って来た暗く惨たらしい道を、どうして子供に背負わせられるだろう。

ドフラミンゴは、ナミの言葉に包まれるような心地がした。
例えようのない愛情を、目の前の女から感じた。

きっとあの幼少の頃出会っていれば、傷ついたドフラミンゴをこの女は抱きしめるだろうし、その持ち前の正義感で民衆を諭しただろうと想像がついた。
自分がその腕に縋ることも。


「わかった」

初めて見せる真面目な態度でドフラミンゴが言った。
「お前の思いはよくわかった。会わせてやろう。孤児院でも何でも、作るがいい」

ドフラミンゴは初めて、この女が欲しいと思った。
心の柔らかい部分に、触れられても嫌ではないという気がした。
製薬工場もどうでもいいと思えた。
この女なら、自分の苦しみを分かってくれるかもしれない。

絶望などそこらに転がっている。
なのにこの女はそれを律儀に拾い集めている。

ドフラミンゴは、自分の絶望に触れることを誰にも許してこなかった。
だって、同じ苦しみも知らない人間に触れられるなど、虫酸が走る。
けれど、この女には触れてもらいたかった。
何故だろう。
男も知らぬ女に、母を見ているのか。

「イルヤンカシュの涙を献上すれば、恐らく裁可は下るだろう」
「いいの?あんたはナイアをハメようとしてたのに」
「あんな男、もうどうでもいい」

ドフラミンゴがナミに詰め寄った。

「ダイヤモンド。お前を国に連れて帰りたい」 
「ん?」
「ナイアと交渉してお前をもらう。だから協力してやろうと言っている」
「んん?」
「もう敵ではない。実は国を一つ経営している。そこの王妃になってもらいたい」
「なんでやねん」
ナミが思わずツッコミを入れた。

「お、お互いのこと何も知らないのに、そっ、突然なに!?」

「そうかな。俺とお前は気が合うと思うんだが」

「あんた、ど、どうしちゃったの!?」

ナミは混乱して目を回した。

「お互いのことを知らないと言うが、お前の心があたたかいということはわかった」

ドフラミンゴは子供のように無邪気に言った。
それがどんな口説き文句よりも威力があるとも気づかずに。


「ナイアを裏切る気などない。お前は最初からあちら側の人間だったというわけだ」
情報を引っ張れないとわかれば、ナミはすぐにボロを出した。

「まぁ、成り行きもあるんだけど」
「あの男とはどういう関係だ?」
「昔ちょっとね」
そう言われてドフラミンゴは傷ついたような顔をした。
嫉妬したのだ。
「⋯⋯見目麗しい男だが」
いやしかし、処女。
ならば男女の関係ではない。

ドフラミンゴは急に怖くなって来た。
処女なんかどう惚れさせればいいのだろうか?
昔の男がいないのは喜ばしいことだが、全くやり方がわからなかった。
口説き方がわからない。







一方、ローは船の中でナミの姿を探していた。
もしドフラミンゴの所へ行っていたら。
嫌な予感を胸に、ドフラミンゴの部屋へ向かう。

『キャァァ!』

ローが向かった先で悲鳴が聞こえた。
ナミの声だ。
ローはドアを蹴破る勢いで開けた。

そこには、ドフラミンゴとナミがいた。
───あやとりに興じている。

「キャァ懐かしい!小さい頃ノジコとよくやったわ!」
ドフラミンゴがマリージョアタワーだと言ってあやとりの大作を見せつけていた。

「は⋯⋯?」
ローは意味不明なまま二人のあやとりを見届け、その日は無事にお開きとなった。












Next
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ