novels2

□WAVE!
14ページ/21ページ

14.無垢








夜の帳の中に、ローは突然現れた。
能力を使って忍び込んだのだ。
マリージョア海兵隊基地の官舎の中、ナミの部屋に。



(あの時、あの男は宝石をかざしていた)

ナミにかざした時、宝石は色とりどりに光ったのだ。宝石が血を欲しているのだとわかるほどに、不思議な光が放たれていた。

あの宝石は処女に反応する。
それを見て、カミーユはナミを妻に迎えると言い出した。

ならば、処女でなくなりさえすれば───。


ナミはすやすやと眠っていた。
その寝顔は誰かに似ている。
ラミの寝顔を見た時のように、暖かい気持ちがローの胸の中に湧き上がった。

情の深い女。
いつも自分を犠牲にする覚悟のある女。

さらりと髪に触れた。
ナミはぱちりと目を覚ました。

「⋯⋯私の処女を奪いに来たの?」
「⋯⋯そうだ」
ナミもそれがローの優しさだとわかっていた。
ローは見知らぬ誰かより、ナミを救いたかったのだ。

「危険だと思う。私たち全員捕まるわよ」
「カミーユ聖について調べた。あの男は15人、妻がいるんだぞ。宝石には他の女をあてがえる。お前じゃなくとも。体改めで病気が見つかったとでも言えばいい」
「じゃあ、する?今ここで」
ナミが毛布をめくった。

「それで天竜人が納得して、全て思う通りになればいいわよ。でも裁可を盾に取られたら従うしかないじゃない。
私は行くわ。止められない。その時処女じゃないとわかれば私はどうなるのかしら」

ひどい仕打ちを受けるかもしれない。
天竜人の蛮行は周知の事実だ。

「私の事を思ってくれたのよね。ありがとう」

「お前を危険な目に合わせるくらいなら、盤上を叩き壊す」

ナミはじっとローを見つめた。
ローがどう思っているかは知らないが、ナミはローのことを信頼できる男だと思っていたし、首を絞められてもそれは変わらなかった。(ナミはそれもセックスの一環だと思っていたので)

ローがナミの首を見た。
赤い痕はキスマークではなく、絞めた指の痕のようにローには見える。

「すまなかった。その痕⋯⋯あの時はどうかしていた」
「私も、言わなくていいことを言ったと思う」

ナミがローを見て、言いづらそうに口を開いた。

「聞いてもいい?」
「ん」
「ドフラミンゴと何があったの?」
偶然とはいえ、ローはナミの過去を聞いた。
だからだろうか。自分の過去を話すことが嫌ではなかった。
誰にも言わず秘めていたことを、妹の寝顔に似た人になら。そう思った。

「⋯⋯長くなるぞ」

ぽつぽつと話すローの半生に、ナミは泣いた。

ああ、だから。
私たちは似ていると思っていた。心のどこかで。
カタキが歪んだ愛情を向けてくるところまで、私たちは同じ。
ポロポロと泣くナミに、ローは優しい気持ちになる。
昔よく妹の頭を撫でていた。
泣かなくていい。
しょうがないやつだな。
よしよし、もう大丈夫だ。

「⋯⋯触れていいか」
「⋯⋯いいわよ」

ローがナミの頭を撫でた。
愛しさが指先から溢れ出す。

触れられる距離で、見上げるナミは言葉が見つからなかった。
どんな言葉ならローを癒せるのだろう。そんな言葉はありはしないと思った。無力な自分がやるせなかった。

「そんな顔をするな」
自分の為に、泣いたり自分を責めたりしなくて良い。

二人は自然に抱き合っていた。
心が近くにある人の体温を感じるのは、なんて心地よいのだろうと思う。
ローはナミをぽんぽんと、子供をあやすように撫でる。

「だからドフラミンゴを憎んでいたのね」

ナミがローにできることは、熱を分けることだけだ。体温を移し温め合って、生き合うことしかできない。
せめてその荷物を半分持てたら。
少しずつ自分を生きられるようになるだろうか。



ナミは色々なことに不勉強だったので、目を閉じて体を預けた。
ここにいるのが自分でなければ唇のひとつも奪われているだろう状況に、ローは複雑な気分になった。

ナミは今どんな気持ちなのだろう。
ナミに経験がないことはこれでもかと言うほどわかっているので、余計に慎重になる。
自分には前科があるし、傷つけてはいけないと背筋を正す。

ナイアの作戦には賛同できない。
ナミを危険な目には合わせない。
ローは独自に動いて手を打とうとしていた。
ナミから体を離し、立ち上がって部屋を出ようと背を向けた。


「もう行くの?」
ナミがきょとんと言うので、ローは肩をずるりと落とした。

「⋯⋯お前、そんなことを言うと、男は勘違いするぞ」
「え?そうなの?ごめんね」
勘違いしていいとは言われていないので、ローは居住まいを正した。

「まぁ、危険なことに首を突っ込むなよ」
「うん、ありがとう」

ローが自分の話をしてくれたことが嬉しかったので、ナミは微笑んで手を振った。
明日夫人に召し上げられようという立場なのに、緊張感はなくはにかんでいる。

ナミの無垢を見ていると、ローは頬が緩んでしまう。










「オイ、待て!ジャルマックの息子!」

「ドフラミンゴ聖、そう大きゅう声を出しては⋯はしたのう思われますえ」

ドフラミンゴは肩で息をしていた。
謁見のあとすぐ、カミーユを追いかけたのだ。

確かに美しい男であることは認めよう。
公家のような物腰で、天竜人らしからぬ信念がある男だ。
しかし。

「ダイヤモンドを連れて行くのはやめろ。宝石だけにしておけ」

「ダイヤ⋯⋯?あの海兵のことかえ」

カミーユは思い出すように斜め上を見上げた。

「ああ、敬称は要らぬのだった。元、天竜人のホーミングの息子、ドフラミンゴ。
なぜこなたに指図されねばならぬのかえ。身の程をわきまえてさっさと去ねばよいものを」

カミーユは袖で口元を隠した。

「ホーミング聖はよい方だった。わちきはあの方が好きだった。清廉でお優しく、わちきにも良くしてくださった⋯⋯
それなのに、こなたはなんじゃ。下界でマフィアの真似事かえ」

「うるせぇ。俺の後をついて回っていた泣きべそ野郎が」

「そのようなこと覚えておらぬわ」

カミーユは見かけほど若い男ではなかった。
ドフラミンゴがマリージョアに居た頃、いつも慕ってついて歩いていた。
ロシナンテとカミーユがドフラミンゴの後に続いているのが、マリージョア中枢の名物だった。

「まあいい。どうすればダイヤモンドを諦める?金か。おれの“商品”か」

「わっちを対等な相手だと思うのかえ。低俗よの」

「あれではなく、他の女を用意する」

「これは異な事!あれはおまえの何だと言うのかえ」

「⋯⋯」
ドフラミンゴは押し黙った。

「あはは、こなたのその顔を見たら余計に惜しいわ。下手を打ったな」

カミーユは大口を開けて笑った。

「の。よいことを教えてやろう」

口元を袖で隠す。

「五老聖は年々力を失っておるよ。実権がわちきらの世代に移って来ておるのじゃ。父から当主も譲られた。わちきにいい顔をしておれば、おまえも戻してやれるかもしれんよ。
───天竜人に」










次の日、ナミの身柄は普通にマリージョアのカミーユの私邸に移された。

「はあ、まるで連行ね⋯⋯」

手枷をじゃらりと嵌められてナミは馬車に揺られていた。

天竜人の夫人になった者に人権はないと思っていい。それはいわば所有物。故に拘束は普通のこととして行われるし、許可されるまでは発言もしてはならない。

ナミは最初に手に入れた海兵の服しか持っていなかったので、昨日と同じ男の出立で馬車を降りた。

潜入は慣れているとはいえ、こんなお屋敷は初めてだ。

「カミーユ聖には執務がございますので、こちらでお待ち下さい」

応接間のような場所に通され、ナミはぽつんと立ち尽くした。
調度品が豪華なのは言うまでもないが、一面に大きな掃き出し窓があり、中庭が一望できた。
中庭には噴水と東屋があり、季節の花が咲き乱れている。
絵画をはめ込んだようなその光景はまるで桃源郷だ。
外に出てみて、小川を模した水流のせせらぎにナミは触れた。

「そこに誰かいるのですか?」

男の声がして、ナミは振り返った。

「すみません。ここで待つように言われて」
「新しく来た方ですか」

男は目が見えないようだった。
年の頃は同じか少し上だろうか。
目を閉じたまま話す声は明るく、ナミを歓迎しているようだ。

「俺は摺墨(するすみ)と申します。案内しますよ」
「ありがとうございます」
「お若い方なんですね。みんな喜びますよ」
声でそう判断したのだろう。
摺墨は墨を摺ったような黒い髪で、盲目の男だった。








Next
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ