novels2

□WAVE!
15ページ/21ページ

15.男も女もない








「みなさんに紹介します」
摺墨(するすみ)がそう言って案内した部屋は、とても広い談話室のような部屋だった。
ファブリックには温かみがあり、浮ついたところがない。
洗濯物を畳む人や、編み物をする人、料理を作る人や、本を読んでいる人がいた。
みんなリビングでくつろいでいる、そんな風に見える。

その部屋には、カミーユ聖の夫人が集められていた。
みな豪華でも質素でもなく、普通の服を着た───男である。

「みなさん、第16夫人の方が見えましたよ!」
口々に、男たちが挨拶をした。
こんにちは、よろしく。海兵なのか?と。
次々にナミも挨拶を返して、摺墨にこっそりと聞いた。

「えっ、あの、夫人って⋯⋯?カミーユ聖は男性なんですよね?」

「ええと、男性のはずですよ。多分」

摺墨は首をかしげた。
数えると14人。摺墨と自分を入れると16人。
まさか、カミーユは男色なのか、それとも女性だったのか?確かに女らしい雰囲気もあったが、中性的で確信が持てない。
そうだ、それに自分は今男の格好をしているとナミは気づいた。
ナミは混乱した。

「あの、あなたもその、夫人なんですか?」
「はい。俺は第4夫人で、カミーユ様にお仕えしています」
「夫⋯⋯人⋯⋯?」
摺墨は明らかに男性である。
夫人とは⋯⋯?とナミが考え出した矢先、ナミは黒服の男に呼び出された。



何の説明もなくカミーユの執務室に放り込まれたので、ナミは体勢を崩して膝をついた。

「よい。楽にせよ」

それが膝を折る挨拶だと思ったのか、カミーユが声をかけた。
ナミは立ち上がって言った。

「東の海の、孤児院の裁可は下ったのでしょうか」

書類を読んでいたカミーユがちらりと目線を上げてナミを見た。

「開口一番がそれかえ?」

「私の出身は東の海ですので⋯⋯気になった次第です⋯⋯」

ナミは詰まりながら言った。

「こなた、これが何かわかるかえ」
カミーユは質問には答えず、イルヤンカシュの涙をじゃらりと掲げた。

「これはの、何百年も前にとある国の姫君が婚約者から贈られたものじゃ。婚約者である王子は戦争に敗れ殺された。
王子を殺した他国の王がその姫君を娶ることになり、それを苦に姫君は自決した。
その血と涙がこの宝石に染み込んで、呪われた宝石となったそうな」

「だからかどうか。これは処女の血を吸うと何でも願いを叶えるそうだよ。姫君が身罷られた17年に一度、自分が果たせなかったことを助くため、姫君と同じ処女を求めて彷徨っているとか」

「どうしてお前に掲げた時だけ、色が変わるのだろうね。お前、わかるかえ」

「⋯⋯」
ナミは殺される!と震え上がった。
自分が処女だと知られれば、その血を一滴も残さず搾り取られてしまう気がした。
だって天竜人は、残虐で、無慈悲で⋯⋯
今度は男のふりをするしかない。

「わかりません。私は髪の色が明るいですし、お見間違えでは」

「ふふ」
カミーユが笑うと、花が咲いたようだった。
長い髪と口元を隠すしとやかな動作は美しく、洗練されていた。

「そう怯えずともよい。お前、東の海出身と言ったかえ。どんな場所か聞かせてくりゃれ」


ナミは恐る恐る東の海のことを話した。
のどかな村があること。みかん畑を世話していたこと。村人がいい人たちだったこと。財布を盗んで怒られたこと。

「ふふふ。わちきも行ってみたい」

カミーユはにこにこと話を聞いていた。
悪い人ではないのかもしれない。
ナミは少しずつ警戒を解いた。

「こなた、名をなんといったかえ」
「ナ⋯⋯ダイヤモンドです」
「金剛石。豪胆な名前よの」

カミーユが笑うので、随分と話をしていたナミは気が緩んでいた。
疑問がするりと口をついて出てきた。

「あの、お聞きしてもよろしいですか」
「なんだえ?」
「他のご夫人がその、男の方ばかりだったのですが、どうしてなんでしょう」

ピタリと止まったカミーユを見て、ナミはしまったと思った。
なんてことを聞くのか。手討ちものだ。
でも気になったんだもん!と自分に言い訳しながら、びくびくとカミーユの顔を見る。

「お前は人を大切に思うのに、男も女もあると思うのかえ」

カミーユは女のようなきれいな顔をきょとんとさせて言った。不思議そうに。
ナミは驚いて言う。
「い、いいえ。思いません」

「目についた人間に、たまたま男が多かっただけのこと。男も女もわちきは区別しない。みな同じ人間。天竜人でさえ⋯⋯」

カミーユは言葉を切った。
これ以上言っては差し支えがある。

「もうお下がり。自分の部屋を摺墨からもらうとよい」

ナミは下がるしかないようだった。
俯いて部屋を出る。

「ああそれから」

「東の海への裁可はくだした。安心するとよいよ」








摺墨が部屋を案内すると言うので長い回廊をナミは歩いていた。
許可はもらったらしいし、あとは逃げればいいだけだ。

「摺墨さんはどうしてここに来ることになったんですか?」
ナミは何気なく聞いた。
男が夫人だなんておかしいし、摺墨はごく普通の人間に見えたので、何があってここにいるのか想像もつかなかった。

「俺はこの通り、目が見えません」

摺墨は自分の目を指して微笑んだ。

「天竜人に薬品を浴びせられたからです。それを知ったカミーユ様が怒り、治療してくださろうとした。けれど、天竜人は邪魔をしたんです。医者を拉致したり、俺たちの居所に火をかけたり⋯⋯それで、カミーユ様が一計を講じて俺たちをマリージョアへ連れてきてくれました。
マリージョアへ立ち入れるのは特別な許可を受けた者と、天竜人に召し上げられた者だけ。平民には許可はまずくだりません。その為に俺たち5人をまずは夫人として自宅へ迎えてくれました。
天竜人には男色家もいますから、反対できなかったのでしょう」

そうだったのか。
ナミは眉根を寄せ、神妙に聞いた。

「ドーベルは昔腱を切られて足が動きません。伊吹は火傷のせいで指が動かせません。ガレリオは耳が聞こえませんし、詠月は内臓を盗られています」

カミーユ聖は、捨ておけと言われる奴隷たちの命を保護していたのだ。
そんな風に、天竜人から酷い扱いを受けた者がだんだんと増えていった。
───人を大切に思うのに、男も女もあると思うのかえ

「カミーユ聖の邸なら誰も手は出せませんから。なので夫人とは名ばかりで、俺たちは助け合いながらここで身の回りのお世話などをして暮らしています。野菜も育ててるんですよ」

摺墨がにこりと笑う。
ナミも頷いて笑った。見えていないとしても、摺墨の顔を見た。

「ダイヤは不思議な方ですね。声が女性のように高いですし、柑橘の香りがしますから、近くに来るとすぐわかります」

目が見えないので、自分は鼻が良いのだと摺墨は言った。

「いや、ゲホッ⋯⋯」
ヤバイと思ったナミは低い声を出した。


「ええとそれで、第16夫人御成婚の儀は、イルヤンカシュの涙を伴い盛大に行うと、カミーユ様から下知がありまして」
「はあ」
「珍しいんですけどね。結婚披露パーティーを天竜人がなさるのは」
「結婚披露パーティー!?」

ドカーンとナミが後ろに倒れる。
そんなことをすればマスコミや海軍関係者も来るのではないだろうか。
それでナミが女であることはおろか、海賊であることがバレるのではないだろうか。





「やはりあの光⋯⋯」
カミーユは首飾りを手に取り宝石をじっと見つめていた。
宝石は今や何も語らぬ。
ダイヤモンドに掲げた時だけ、光を放つのだ。

確かめに行こう。
カミーユは長い装束を翻してナミの部屋に向かった。



カミーユがノックもせずに部屋に入って来るので、ナミはばっちり下着姿を見られてしまったし、女であることもバレてしまった。

言葉を失うナミを気にも留めずカミーユが言う。

「バレていないと思っていたのかえ。さあさあ、よく顔を見せておくれ」
「あっ、あんた勝手に部屋に⋯⋯」

「妻の部屋に夫が入ってはいけない道理はあるまい?」
にやりと笑ってカミーユが言う。

「⋯⋯夫人は名ばかりのものと聞きましたよ」
ナミが下着の上にシャツを被りながら言った。

「そうだけれどね。お前がこんな可愛いおなごだと思わないであろ」

オレンジの髪は長く豊かに波打っていて、近くにいると爽やかな柑橘の匂いがする。

「嗚呼。だから、心苦しい」

カミーユが、ナミの髪に触れ耳にかけてやりながら言った。

「お前を宝石の贄に殺してしまうのは、本当に心苦しい」










Next
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ