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□WAVE!
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16.マリージョア襲撃
「お前!!!やってくれたな!!」
目の前に広がる光景に、ナイアはローにつかみかかる勢いで怒鳴った。
「トラファルガーさん、これは一体⋯⋯!?」
コビーも目を見開いて声を上げた。
「ナミを取り戻すにはこれしかない。行くぞ」
ローは見下ろしたレッドラインから目を逸らし、背を向けた。
贄!?殺す!?死ぬってこと!?!?
必要な処女の血が一滴や二滴でないなどと想定はしていなかった。
死ぬまで血を抜き、宝石を浸す。
そう今にも言いそうな顔で天竜人がこちらを見ている。
血を捧げるとは言っても、命まで奪われるとは思っていなかったのだ。
ナミが泣きそうになっているとカミーユがころころと笑った。
「冗談だよ。命など懸けるものでない」
何という冗談を。
ナミは拍子抜けしたあと、わなわな震えた。
「わちきの目を見てみよ」
なんとなく断れず、ナミは恐る恐る近くに行ってカミーユの目をのぞいた。
その瞳はグレーがかった薄い青緑をしており、光に当たるたびにキラキラと表情を変える。
「色素が薄いであろ。生まれつき視力が悪くてね。目から入る光を上手く吸収しないので、人よりも眩しさを感じる。宝石の光に刺されるようだったえ」
宝石は処女の血を欲している。
ナミはふと、カミーユの目的に気づいた。
「もしかして、摺墨たちの目や怪我を治すために宝石に願いを⋯⋯?」
カミーユは怪我人を夫人として保護しており、他の天竜人から守っている。
ナミの大きな瞳を、優しい眼差しでカミーユは見下ろした。
「摩訶不思議な宝石などに頼るものではないと思うが、日常の苦労を思うと心が痛む。もし全ての人間の心根が清らかであるなら、どれほど良いか」
ナミは何かを考え込むように口元に手を当てて言った。
「⋯⋯今、やってみます?」
イルヤンカシュの涙を手に取る。
「お前」
ナミは指の先をナイフで切った。
チ、と皮膚の弾ける音がして、すぐに赤い血は玉になった。
赤の玉は膨らみ、耐えきれずポツリと落ちる。
宝石に染み入ったそれは、強く光った。
放射状に伸びる光がナミたちを貫く。
「まぶしっ⋯⋯!」
「これは⋯⋯!」
───バァァン!!
その時、宝石とは別、遠くに凄まじい爆音と地響きが聞こえた。
それはこのマリージョアのどこかが攻撃されているような、不穏な音と揺らぎ。
「何⋯⋯!?」
ナミが驚いている間に、カミーユは側仕えの者に確認するよう指示していた。
さっとナミの手を取る。
「嫁入り前の娘が、体に傷をつけるでない」
ナミの指を袖で拭う。
豪奢な着物が汚れてしまう。
「宝石は⋯⋯!?」
急いで見ると、宝石は輝きを失っており、底に仄暗い光が見えるくらいだった。
「この血の量じゃ足りないのかしら。やっぱりもっと必要なの⋯⋯?」
「いいや、まだうっすらと光が見える。あと数滴も垂らせばきっと───」
カミーユは眉をひそめた。
「だが⋯⋯救えるのは一人なのかえ」
そうだ。それすらわからない。
カミーユの邸にいる元奴隷の人間は15もいる。
それどころか、世界は助けを必要とする人で溢れている。
ナミの指が震えた。
「この首飾りの持ち主だったお姫様は、何の為に願いを叶えるんでしょうか」
ナミはカミーユに尋ねた。
「さあ、今となってはわからぬが。同じ純潔の血を求めて、何を満たそうとしているのか⋯⋯」
地響きが、大きくなってきた。
爆発音がまた聞こえた。
兵士の喧騒も、慌てふためく住人の声も、もう全てが非日常を告げていた。
「それはそうと、逃げた方がいい⋯⋯?」
「⋯⋯⋯⋯」
カミーユは鋭く周りを見渡す。
喧騒は大きくなっている。
◇
「敵襲です!四皇の一角、カイドウに攻撃されています!!!」
「何を言うえ!?そんなことがあるわけがないえ!!お前は嘘をついているに違いないえ〜〜!!」
天竜人の馬鹿息子が、報告を上げただけの兵士を折檻した。
あちこちの爆発に、豪華な調度品が倒れ、割れている。
「何!?カイドウだと!?」
ドフラミンゴがカミーユに手出しできず、海軍の支部で時間を持て余していると、嫌でも喧騒が耳に入って来た。
曰く、カイドウがマリージョア侵攻中。理由は不明。天竜人を守れと兵士たちはごった返していた。
「トラファルガーさん、何考えてるんですか!カイドウをここに呼び寄せるなんて!!」
「仕方ないだろ。このままじゃナミを取られたままだ」
「どう言って呼び寄せたんだ?」
ナイアが聞いた。
カイドウ侵攻のどさくさに紛れて、マリージョアの本殿に侵入している。
3人は柱の影に身を寄せ合い、兵士が過ぎるのを待った。
「ドフラミンゴに成り代わって宝石を渡すと時間と場所を指定した。ドフラミンゴはその時間に来なかった。侮辱されたと思ったカイドウは戦を仕掛けて来た」
「それは短気なことで」
「ドフラミンゴさんは何も知らずに標的になったと」
天竜人などどうでもいい。
ドフラミンゴもどうでもいい。
カイドウにドフラミンゴをぶつけられれば御の字。
ローがしたことは偽の情報を流しただけだが、こうも上手くいくとは。
「あとはナミを取り戻して、混乱に乗じてここを出る。お前の船の準備はできてるんだろうな?」
「バカ、あのデカさの船だぞ。どれだけ急いでも出航準備に一時間半はかかる。計画があるならもっと早く言え」
先程部下を走らせたから既に取り掛かっているはずだが。
「カミーユ聖の邸の場所がわかればいいんですが」
コビーが願望を口にする。
マリージョアの天竜人の住まう場所など、機密中の機密だ。
下々民に知られるなどもっての他。警備は貴族から選りすぐった子息などに特別な組織を任せ、自治を収めていた。その外側を更に海軍に守らせているが、この場所に有能な兵士がいるのかは甚だ疑問だった。
カミーユとナミは私邸の庭を横切っていた。
「邸を守らねば」
ここには目の見えぬ者、すぐには逃げられぬ者たちがいる。
カミーユについて行くと、摺墨たちが武器を取っていた。
「カミーユ様」
「これ、何をしている」
「マリージョアが襲撃を受けていると聞きました。私たちも戦います」
「愚か者、すぐ逃げる支度を」
ガシャーン!!門をこじ開ける音がして、皆がそちらを向いた。
フロントガーデンの先を、ツノの生えた、妙な装束の敵が束になってこちらへ向かって来ていた。
剣どころか、包丁やクワを持った摺墨たちを見て、ナミは状況を嫌というほど知ってしまう。
困った。戦えるのは自分だけだ。
「ドフラミンゴを探せ───!!」
敵がそう言って突っ込んで来る。
ナミが走り出した。
クリマタクトを掲げ、雷を出す。
「もおお───!!!私はか弱くて怖がりだって、言ってるのに───!!!」
ゴロゴロゴロピシャ───ン!!
ナミが半泣きで棒を振るうと、雷の雨が降った。
魔法のようなそれは広範囲に及び、突撃して来た敵を一網打尽にしてしまった。
「何とまあ」
カミーユが袖で口元を隠す。
「よくやった、ダイヤモンド。褒めて遣わす」
「早く逃げよう!」
カミーユは首を横に振った。
「ここの者はすぐには動けない。寝たきりの者もいる。お前、もう少しここを守ってくりゃれ」
「そんな⋯⋯私そんなに強くないんだけど⋯⋯!?」
ナミの顔が青くなる。
「どうやら四皇のカイドウとやらがドフラミンゴを探しているらしい。大変なことに巻き込んでくれたものだえ」
「か!?カイドウ!?」
私、四皇の部下を攻撃しちゃったってこと!?
ナミの絶叫がこだました。
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