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□WAVE!
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19.ヤマトとカイドウ




和船のつくりはナミにはとんと縁がない。不安と好奇心できょろきょろしていると、狭い牢を挟んで通路があり、反対側にも牢があることがわかった。
太い木を渡した木造の檻は、所々黒い金具を用いて留められており、座ると目線の高さほどの燭台に頼りない灯りが揺らめいていた。

そこには先客がいるのがわかって、ナミは驚いて息を呑んだ。
なぜなら般若の面を被った人物が、静かに胡座をかいていたからだ。

「ひっ、人…」
般若がゆっくりこちらを向いた。面が傾げて、問いかけるようにも、敵意を持っているようにも見える。
ナミは竦んでそれに釘付けになった。
「考えごとをするには、これが一番いいんだ」
般若はうつむいて面を外した。美しい意志の強そうな瞳と目が合う。
「ぼくはヤマト。君は何してここに入れられたんだい?」
ナミは本能的にほっとした。美しく若い女であることは自分と同属性であり、無意識に危険ではないとバイアスがかかってしまう。これはもう人間である限りどうしようもなかった。
「ナミよ、よろしく。話せば長くなるんだけど───」

言い始めようとした時、看守と思わしき男がやって来て、ヤマトに声をかけた。

「ヤマト坊っちゃん、おやつお持ちしましたよお」
坊っちゃんなのに、牢に入れられているのか。でも、坊っちゃんって…?
ナミが訝しみながら見ていると、ヤマトがなぜか憮然とした表情でこちらを見上げている。
「…別にいつもじゃないよ。おやつを持って来てもらうのは」
「ああ、うん」
何も思わなかったが、本人は気恥ずかしかったらしい。ホットケーキの間に、ふっくら何かが挟まっている形状の菓子が何個か盆に乗っている。
「こっちの別嬪さんには、カイドウ様からお呼び出しがあるんで」
看守がカチャカチャと鍵を開ける。出入り口は小さくて、ナミは正座してにじり出る。
「ねぇ、何で坊っちゃんなの?」
立ち上がってヤマトに聞く。
「カイドウが親だからね。この船もぼくにくれるという話だったのに、蓋を開けたらこれさ」
ヤマトがどら焼きを頬張りながら言った。
カイドウの娘…ナミが息を飲む。
「ぼくは、そんな服見たことない。その首もとのキラキラだって、見たことない」
「これ?」
ナミはドレスの裾を翻して見せた。この船といい、見たことのない菓子といい、確かに異文化だ。ヤマトの着ている服も、錦えもんやももの助が着ているような、ワノクニの前を合わせた衣装である。
「その服も素敵よ。お面にはびっくりしたけど、可愛いわ」
「…可愛いだなんて男にかける言葉じゃないね」
ヤマトは今度こそプクッと膨れた。彼はリラックスした様子で、どら焼きを次々と手に取る。
畳が敷いてあるからか、牢と言うにはどこかあたたかく部屋のような心地がする。ナミはそんな違和感を持ちながらその"男"を見下ろしていた。

「坊っちゃん〜そろそろいいですかい」
坊っちゃん…と思いつつ、ナミは看守に連れられて立ち去った。



呼ばれたのは、茶室のような場所だった。ただ、カイドウが大き過ぎるので狭い部屋の中でミチミチになっている。
ナミはにじり口の横にちょこんと座ってカイドウを見上げた。
「なぜここで…?」
「他人には聞かれたくない話だ。宝石にはお前に願わんといかんのだろ」
セット扱いされてる。ああ言えば安全だと思ったのだろうか。あのピンクフラミンゴはどこへ行ったのだろう。
「ドフラミンゴは…?」
「さあな。もうどこぞへ去った」
カイドウが興味もなさげに言った。許されたのか…とナミは半ば呆れる。
「それでその宝石だが」
ギチ、ギチと茶室の中で身じろぎするものだから、掛け軸からなにから体に当たってクチャクチャになっている。生け花は見るも無残な状態だし、カイドウの太ももあたりに剣山が刺さっていた。
こうなると、ナミはもうカイドウが怖くなかった。なんだか覇気がないし、他人に聞かれたくない話がある時点で百獣海賊団という看板らしくない。

「はい、石には制約があるのです…」
ナミはあえて占い師か何かのように囁いた。(ノリがいいので)
「石は17年に1度しか願いを叶えず、私の血を数滴垂らす必要があります。願いを聞き、私がそれを三日三晩唱えたのち、宝石をしかるところにお祀りすれば、必ずや」
カイドウはギチリと頷いた。
「実は、藁にも縋る思いでな…」

人払いをし、こんな茶室に閉じ篭って素性のわからない女に告げる願いなどよっぽどのことだ。本当に藁に縋ろうというのだろう。
自死を願うという話ではなかったのか。ナミはごくりと唾を飲み込み、どうやって逃げようかそればかり考えていた。

「息子と、うまくやりたい……」
「ん?」

ナミは子供にするように聞き返した。
相手は四皇である。自殺が趣味なのである。懸賞金が何十億を越えているのである。百獣海賊団の船長なのである。
「息子とは、長年仲が上手く行っていない」
「そっ…んん」
「鈴後であれのため船を造らせたが、気に入らなかったようだ…すぐ逃げ出そうとしたので、今は座敷牢に入れてある」
「……」
ナミは天を仰いだ。
どうしよう…脱出は簡単かもしれない。
それに息子はヤマトのことなのだろう。ナミはすぐに理解した。
「もしかして酔ってますか?」
「酔ってねぇ。ウィ〜ヒック」
「酔ってるわね」
ナミはもうカイドウのことが全然怖くなかった。

「それは、いつから?」
「いつからとは」
「上手く行っていないと感じたきっかけとか」
「きっかけは…そうだな、確かあいつが産まれた時…」
「そこから!?遺恨が長過ぎない!?」
カイドウは酒のせいかポヤポヤとして、言い直した。
「あいつが8つの時分…」

ヤマトは、政敵を憧れと定めた。
頭の中が冷えてたちまち酔いが覚める。
人が人を支配するのは何故か?安心したいからだ。自分、自分の子供、自分の仲間を優先して生かしたいからだ。
子供は親が守ってなんぼ。その為ならば鬼にもなろう。なぜならカイドウは世界がクソだと知っている。息子がこの地獄を生き抜ける確証を得るにはまだ遠い───

「つまり、ヤマトと仲良くなりたいってこと?」
「……」
「ヤマトが敵を好きになったのがショックだったのね?」
ナミが首を傾げると、カイドウがウォローンと泣いた。
「息子には、親の跡を継いで欲しいのが人情ってもんだろォ」
ヤマトを将軍にする為、これからは関わり方をがらりと変えるつもりであった。
「あのね、それ宝石に願うまでもないでしょ。早く牢から出してあげなさいよ。鎖も取るの。話を聞く気があるとわかってもらわなきゃ。親が嫌いな子なんかいないんだから」
子を嫌う親はいても、親を嫌う子はいない。それは子の生きる為の戦略かもしれないが、無垢の手に枷をかけても良いことは何もない。一生幽閉できるのでなければ悪手なだけで、いずれヤマトは愛想を尽かすだろう。

「つまり、あんたが勝手なのよ」
ワノクニで明王と怖れられるカイドウに、ナミは仲間にするようにため息を吐いた。
カイドウはヤマトへの情がある。造らせたという船、温かい座敷牢に差し入れ。
女だてらに男を名乗るが、みんな坊っちゃんや息子と呼ぶ。
敵に容赦ない一方、仲間には寛容な面がある。
だが、今までヤマトについて腹を割って誰かに話したことはないのではないかと漠然と思った。
ナミから見て、強い者はいつも多少なり傲慢である。



ヤマトのところに戻ると言ってナミは、自ら牢へ入った。
「考えていたんだけどさ」
ヤマトが口を開く。
「この船に乗るために、20年爆発すると脅されてた手枷を外された。ぼくは逃げ回っていたつもりだったけど、本当はいつでも捕まえられたんだ。いつまで経っても子供扱いで、あいつは何をしたかったんだろう?結局ここに閉じ込めておくなら、あいつはここに何をしに来たんだ?意味がわからない」
それはそうだろう。
「そうだと思うわよ。私だって、まさか四皇があんなに息子ラブだと思わなかったもん」
「え?」
「さっき話して来たんだけどさ」
ナミはカイドウとの会話や様子を淡々と話した。ただあった事を話しただけ、判断はヤマトに委ねるべきだと思うからだ。

「カイドウが宝石に願おうと思うタイプってのが意外よね。しかもそれが息子と仲良くなりたいって理由で」
そりゃ人払いもするだろう。
ワノクニの最高の職人に何ヶ月もかけて造船させたこの安宅船を誕生日プレゼントに贈りたかったのだ。居室には檻つきだが。

カイドウも長年、悩み抜いた結果なのかもしれなかった。自分の思いは一方通行で、ヤマトは振り向いてくれない。
ゆくゆくはオロチに代わってワノクニの将軍を任そうとしていたのに。
よりによって自分に一太刀加え、奇しくも認めた相手であるおでんに感銘を受けたという。その上、おでんになりたいとまで。
弱肉強食を生きて来たカイドウが、親子関係にそれを持ち込まないことは難しかった。だがそれをすればするほど、ヤマトの気持ちは離れていく。

そこに何でも願いを叶える宝石の話が舞い込んで来た。
頼ってみようかという気になった。ナミが傍から聞いていればかわいらしく、くだらない願いである。
やってることはちいともかわいらしくないのだが。

「あいつ…何なんだもう」
「気持ちが一切伝わってないのは悲劇よね」
ナミは全部話し終わったので、ヤマトが話し出すのを待った。
「ぼくがおでんを好きになったから…確かに、カイドウはショックだったかもしれない」
今までそんなことは考えたことがなかった。カイドウの立場に立って彼の気持ちをおもんばかることなど。

「なんでおでんさんのこと好きなの?ワノクニの人なのよね?」
「君は知らないか。光月おでんは、ワノクニの将軍だ。その昔ワノクニを治めていた。平たく言えば、それに戦を仕掛けて取って代わったのがカイドウだ」
ヤマトはおでんを思い浮かべながら続ける。
「亡国の危機に瀕した彼は、国民を救ける為、笑い者になることも厭わず、最期は釜茹でにされながらも橋板に乗せた9人の臣下をその釜に落とさんと持ち上げ続け、1時間耐えきったんだ。それを見て、小さかった頃のぼくは」

───その高揚した気持ちは、とても言い表わすことができない。こんなに誇り高い死に様があるのかと、なんてかっこいいのだと、子供心に胸を熱くした。
「ああ今話していてわかったかもしれない」
ヤマトは俯く。
「なんとなくだけど少し、カイドウの気持ちがわかったかもしれない」

おでんはカイドウの死生観に多大な影響を与え、それはヤマトも同じであった。
カイドウは本当はあんな風に死にたいのかもしれない。そして、ヤマトはあんな風に生きたいのだ。
カイドウは複雑だったろう。この親子は二人して、光月おでんに魅了されている。

「だからぼくは光月おでんになるんだ!」
「えっ??」
ナミは素っ頓狂な声を上げた。話の流れが突如変わったように思えたからだ。
「光月おでんになりたい。その為なら何でもする」
「ああ、うん。」
ナミは考えて聞いた。
「だから男になりたいの?ごめん、私には可愛い女の子に見えるんだけど」
「失敬だな!キミ、失敬だな!」
「だって光月おでんが好きって言ってたじゃん」
なんとなく、ヤマトの一途な思慕が見て取れて。
「それは親愛というか、尊敬というか、憧れの好きだよ!ぼくは男だしそれに女が好きだ!」
あ、そう。とナミは頷いた。人の嗜好をとやかく言う趣味はない。



「…その宝石、使うのか」
宝石の力を、『おでんを忘れること』や『隷属』にされてはたまらない。そう思い、ヤマトはナミの顔を窺う。
「私としては使わずに持って帰りたいわ。貧乏だから」
ナイアに売ってやれば丸く収まる。
「正直だな」
「正直ついでに、私も海賊なの。一緒にここから抜け出さない?」
伝統的な口説き文句を用いて、ナミはにこりと笑った。
ヤマトとナミは、利害が一致する。
「海賊?」
「麦わらの一味っていうんだけど。海賊よ。好きなものはお金とみかん」
ナミはいつの間にか、勝手に鍵を自分で開けて出ていた。
しゃがみ出て、ヤマトの前に手を出す。

「カイドウを出し抜いて、チャンスを作りましょう。私はここから出たい。あなたもここから出たい。海に出れば私たちの勝ち。私は凄腕の航海士なんだから」







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