novels2

□WAVE!
20ページ/21ページ




20.海王丸にて




ヤマトはその後、ずーーーーーーーっとおでんの話をしていた。
推しの話をすれば止まらなくなるというが、本当にその調子である。
ナミはおでんの半生ばかりか、おでんの家族構成や好きな食べ物まで詳細に知る羽目になった。

ヤマトの牢を破ってる時も、通気口に潜伏している時も、船のヘリに張り付いている時にも、それでねそれでねとエンドレスにおでんの話を耳元で聞かされ続け、ナミはおでんについてめちゃくちゃに詳しくなってしまった。
ヤマトは暴走した機関車か5歳の男の子である。もうヤマトを女だと認識することはナミにはできなくなっていた。ルフィと同じ枠に入れられたのである。

(ちょっと静かにしてくれない!?覇気とか気配消してくれてるのよね!?うるさい!)
(ごめんここからいいところなんだ。どこまで話したっけ。そうだその九里の平定のあとにね…)

話の聞かなさ、ルフィに匹敵するほどである。
ナミは慣れているのでもはや1人で行動していると思うことにした。力の要ることや、戦いの時だけヤマトが頑張ってくれればいい。それ以外は1人だ。

ヤマトのいた安宅船(あたけぶね)だけが和風であって、その周りにはカイドウ軍の乗って来た海賊船がひしめいていた。

その時、ヤマトがひゃ〜〜〜!と女子高生みたいに飛び上がった。ナミは驚いてそちらを見る。
「あれは帆前船、海王丸!」
それはおでんがその昔使っていたという小型の帆船であった。オロチに接収され、今はカイドウ軍が使っているらしい。おでんオタクであるヤマトはそれが海王丸だとすぐにわかって大興奮している。
「うーん。2人で脱出するには丁度いい大きさだわ…」
帆船は大き過ぎると2人ではとても扱い切れない。
ナミは自分の指にちゅっとキスをして空に掲げた。濡れた指先を掠める風の向きがそれでわかった。

「あの船を奪うのに何分かかる?」
「え?そうだなー。40秒くらいかな」
「ほんと?10人くらい乗ってるみたいだけど」
ナミが手で日影を作りながら目を細める。
「1人4秒だよね?うん、大丈夫だと思う」
「じゃあ100数えたら行ってくれる?」
「乗組員を降ろせばいいの?」
「そういうこと」
ヤマトが素直に秒を数えだした。いーちにー、と声に出して海王丸を見下ろしている。

そろそろ、ヤマトの脱獄が知れる頃だろうか。空の雲行きを見守りながら、ナミも心の中で秒数を数える。
百数えたヤマトが海王丸に向かって飛び降り、バッタバッタと船員を海に投げ飛ばして行くのが見える。10...9...と敵の数をカウントダウンして行き、安全になったところでナミは自分も海王丸に乗り込んだ。

さん、にー、いち

「ヤマト!」

カイドウはいいタイミングでヤマトの脱獄を知ったらしい。
追うカイドウから逃げるためナミは船を走らせる。ヤマトは船尾に仁王立ちして、遠ざかる父親に声を上げた。

「お父さ…父上!」
カイドウはぴたっと動きを止めた。

「今まで色々あったけれど、ぼくはあんたが全部嫌なわけじゃない!自分で道を決めたいだけなんだ!窮屈なところじゃ何も学べない!ぼくが世界を学んだ時、きっとあんたのところへ戻って来る!何があっても、ぼくはカイドウの息子だ!」

ヤマトとの和解、それで手を引いてくれればいい。だけどもそれだけを当てにすることはできなかったナミは、丁度風向きが変わったことに気づいていた。このタイミングなら、もしカイドウが追いかけて来ても嵐がカイドウにぶち当たる。その隙をついて逃げおおせるつもりだったが、カイドウは追いかけて来なかった。
ナミとヤマトは雨に濡れながらマリージョアを遠ざかった。


「かっこよかったわよ」
「…え?」
ナミはロープを引き、欄干に括り付けながら言う。
「伝わったから、追いかけて来なかったんじゃないかなって」

人を図るとき、言葉ではなく行動を見る。
行動こそがその人の正体であり、本質であると思う。だから、説得力を持つ。
カイドウの願いは多分叶ったのだ。

「ナミって」
ヤマトは照れ臭そうに言った。
「ぼくが今まで会ったことあるどんな人とも違う」
「そうかな」
「うん。嬉しかった。かっこいいって言われると、嬉しいもんなんだな」
ナミはその横顔を見て笑った。

「ふふ、ちょっとおでんみたいだったわよね」
『窮屈』が口癖の御大名。
ヤマトはキャッ!と顔を真っ赤にして手で顔を覆った。
「え、それは、う、嬉しいっ」
ナミはヤマトの反応が面白くて盛大に笑ったあと、ふと床を見つめる。

おでんの話を色々聞いていると、少しだけ、胸が痛い部分があったのだ。
彼は既に故人であり、ナミには少し遠い人だけれども、民衆を人質に取られて、おどけて踊ることを長い間続けた。人々に蔑まれていた。それが何だか。

ココヤシ村で、アーロン一味になった自分が、幹部として振る舞っていたあの気持ちに何だか重なって。真実は違ったけれども、村の人々から嫌われ、避けられ、それでも守ることができるならそれでもいいと思っていたあの気持ちが。

「……」
私はその時のおでんの気持ちが少しだけ理解できるような気がする。
もうこの世にいない人の、でもその人の意志を継ごうという人が目の前にいる。
「ナミ?」
ヤマトが心配そうにのぞき込んでいた。

「ん?ああ、ごめん」
「大丈夫?あっ、お腹空いたかな?ご飯探そっか。濡れてるから着替えもしなきゃ」
「そうね、船内に何か」
「キャアッ!何脱いでるの!?」
ナミが景気よくドレスを脱ぐのでヤマトは真っ赤になって顔を覆った。だが、指の間からこちらを見ている。
「え、ごめん。そんなに驚かなくても…」
「嫁入り前の身なのに慎みがないんじゃない!?」
真っ赤になりながら顔を覆っているのに、少しこっちを隙間から見ているのが気になる。
「だめだめ…刺激強い…なんか変な感じする…」
「あんた自分の体鏡で見たことないの?」
ナミが服を戻しながら呆れて聞く。
「ないわけじゃないけど、なんか、違う…」
ヤマトは頭を抱えて幻獣の犬の姿に変身した。
可愛い!とナミがヤマトを撫でくりまわす。

ナミが凄腕の航海士というのは、嘘ではないのだろうなとヤマトは思った。
海王丸はナミの手足のようで、おそらくヤマトが変身して走るよりも速度が出ている。
あのカイドウから逃げられるだけの自信があったのだ。嵐も計算に入っていたのだろう。
ただ、戦闘力はヤマトから見れば皆無に等しい。
海賊というのは、おでんのように強い者ばかりなのだと思っていたし、そうじゃないといけないのではないだろうか。こんなに外では生きて行けなさそうなのに…
ヤマトにとっては非常に弱々しく、小さく見えるナミをまじまじと見る。
きっとものすごく頑張っているんだな。頑張り屋は、ぼくは好きだ。
ヤマトは撫でられる手の心地よさに満足しながら、フンと鼻息を吐いた。
しばらくそうしていたが突然撫でられる手が止まった。
不満そうにナミを見上げると、前方の海に釘付けになっている。

「ナイアの船だわ!」
ぱっと笑顔になるナミに、これがヤマトは面白くない。もっと撫でてくれたっていいのに。そう思いながら人の形へ戻る。
「ナイア?」
「仲間の船よ。マリージョアで逸れたの。私はシャボンディ諸島に自分の船があるからもう帰るつもり。ヤマトはどうする?」
そう聞かれて、初めてこれからの自分の身のことに考えが及ぶ。
「ぼくも海に出たいと思っていたんだけど」
おでんはワノクニの漫遊から始めたという。それに倣おうと思う。
自分といる時よりも、そんな嬉しそうな顔を見せられちゃね。
ヤマトは説明できない口惜しさと寂しさを誤魔化しながら、海王丸の欄干を撫でる。
「ありがとう。ヤマトのおかげで逃げられたと思うから」
「礼には及ばないさ」
自分はまだ、何も知らない。やっとカイドウの窮屈な掌の上から出て、世界を見ようとしている。

「ナミ。また会える?」
ヤマトは背が高いのに、いつもナミを見上げるように窺ってくる。
「もちろんまた会いましょ!ワノクニにも行けるかもしれないし」
麦わらの一味は、後半の海をまだ知らない。

ナイアの船からの迎えのボートに乗ったナミは、ヤマトに別れを告げた。
ヤマトはいつまでも遠ざかるナミを目で追っていた。
その温かいオレンジ色を、長い間。







ボートじゃんけんが行われ、小船を漕いで迎えに来たのはローだった。
当然、あいつは誰かと聞かれてナミは答える。

「ヤマトよ。カイドウの息子なんだって」
ローはナミに水を差し出し、自分も飲みかけたのを盛大に吐き出した。
「それで利害が一致したから、一緒に逃げてきたの」
ナミは見かけによらず大抵の危機を自分で何とかすることができる。
「よく無事だったな」
「ありがとう。心配した?」
ドフラミンゴが『着いてきたらナミを殺す』とのたまうので、ローやコビーはカイドウの元へ同行することができなかった。
ドフラミンゴはナミに執着しているようだが、危害を加えることには躊躇いがないので二の足を踏んだ。
「そりゃな」
「ローって意外と優しいわよね」
水と着替えを指差しながらナミが言った。
これらを持って来てくれるとは、気が利いている。
「別に誰にでも優しいわけじゃない」
「誰にでも優しい人なんて、信用できないわ」
ナミは百合のように笑った。どこか威厳のある微笑みである。

「これからどうするんだ」
「シャボンディ諸島に帰るわ。約束まで…あと何日かあるし、観光でもするつもり」
その前に。
宝石を換金しなくてはならない。それを考えるとナミの胸は弾んだ。






「ナミ!」
ナイアの船は、マリージョアの難民を多少乗せても差し支えないだけの設備と大きさがあった。
コビーたちに迎えられて、ナミは胸を撫で下ろした。やっと安全圏に入ったという気がした。





next
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ