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□WAVE!
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21.すれ違いラブコメディ

コビー編完





「あ、そうそう。今日あんたの部屋に行くから」
ナミがナイアにかけた言葉に、周りの男たちが大なり小なり反応した。
部屋に行くとは、かなり直接的な誘い文句である。しかも相手はこの船のオーナーであの美丈夫ときた。
「何だよ。ここでは言えないことか?」
「話があるの。社長ならこの話、乗ってくれると思うわよ」

ナミの口調は湿り気のないカラッとした雰囲気である。ナミをよく知る者なら、その気はない、とわかるような女ぶりであるが。

(ナミさん、やっぱりナイアさんのような人が好きなのかな)
コビーのようにショックを受けている者もいた。
何となくその場を離れ、トボ…トボと歩いていると、ナミがコビーを探して声をかけた。
「あ、コビー」
「ナミさん。ご無事で、何よりです」
「コビーも色々助けてくれてありがとう」
この旅は終わりに近づいている。コビーは道が交わらないとわかっていても、肩を落とさずにいられなかった。
「大丈夫でしたか?その、カイドウの元で…ドフラミンゴ氏は」
「カイドウは宝石にかけたい願いがあったみたいなんだけど、どうやら叶ったみたいなの。見逃してもらえたわ」
すごい胆力。あの状況から無傷で逃げ出すとは、豪傑である。
「ドフラミンゴはどっかに逃げちゃったみたい」
「そうでしたか」
コビーは胸がモヤモヤとするのを感じながら、それを紛らわす為に言葉を探した。

「お怪我はありませんでしたか?」
「ええ、平気。」
「良かったです。…あの」
にこりと笑うナミを見ていると、それで会話を終わらすには惜しい気がした。
「ナイアさんと…何の話をされるんですか?」
「ああ、気になる?」
迂闊だった。わざわざ部屋でするという話を聞くだなんて、男としてかっこよくない気がした。
コビーは自己嫌悪に陥りながら無理やり笑顔で撤回する。
「いや、すみません、立ち入ったことを」
「私のこと嫌いにならない?」
「え?」
ナミが閉じた胸元をがっと開いた。
驚く暇もなく、その肌の上で例の宝石が光っているのが見える。
「これを売りつけようと思って」
「イルヤンカシュの涙、って、元々ナイアさんのじゃ」
「あのねえ」
ナミはヤレヤレと俯く。
「これの所有権はナイア→カミーユ→カイドウ→私の順で移って来てるの。つまり、今は私のものなの。いい?私は海賊専門の泥棒。つまり、私はカイドウからこれを盗んだ凄腕の現、所有者」
ロンダリングだ、所有権ロンダリングだ。
コビーは心の中でツッコむ。
「あなたって人は」
はぁ。コビーはため息を吐いたが、その顔は少し笑っていた。ナミが堂々と金に目がくらんでいるのが何だかおかしかったからだ。同時に、好奇心が沸いた。ナミさん、僕は海兵なんですよ。

コビーがす、と手を上げたかと思うと、次の瞬間にはもうその手に宝石を持っていた。
最初、ナミは何が起こったのかわからなかった。抱きしめられた後のような匂いがしたのは確かだ。
コビーは見えないくらい速く動いて首の後ろに手を回し、かけ金を外したのだ。首元がふと寒く感じ、指先で触れるとそこにはもう宝石はなかった。
「その理論で言えば、これはもう僕のものですよね笑」
「ちょっと!返してよ!」
「いやです笑」
「海兵でしょアンタ!盗まれたって通報するわよ」
「どうぞ笑」
コビーは爽やかに笑っている。ナミからしたら煽っているようにしか見えなかったが。
海賊から宝石を取り返しただけのことなので、コビーは通報されても痛くも痒くもない。よく頑張ったね!と人々から言われるだけだ。
それがわかっているので、ナミはムキー!という感じで憤った。
それが面白くて、コビーはあははと青春に砂浜を走る高校生みたいに甲板を逃げ回った。ナミが泣きながらついて来るからだ。コビーはそれがめっちゃ面白かった。

「ハァ、ゼェ、お願い、返してよぉ…」
お金への執着から走り過ぎたナミは息が切れてグダグダでデロデロなのに、コビーは息ひとつ乱さずめっ、と言う。
「ナミさん、これはナイアさんの宝石でしょ。売りつけるんじゃなくて、ちゃんと返さないと」
「だって。だって。私のだもん。私が苦労して手に入れたんだもん…!」
コビーは泣いてるナミを見て、可愛いー!としか思わなかった。
英雄コビーは好きな者を基本甘やかすタチだが、職務には誠実でブレがない。可哀想だとか呆れるだとかはあんまり思わなかったようだ。
(泣いてる…無力でかわいいな…!)
これである。
もちろん、コビーはこれ以上はナミいじめをやめて宝石を返すつもりでいた。もしかしたら話し合いも当事者同士でうまく行くかもしれないし。
だが話は思わぬ方へ向かった。
ナミが怒って本気になったのである。泣き落としも海軍にチクるのも効果がないので、手を変えなければならなかったのだ。

「ねぇコビー♡おねがい♡」
ナミはぴとっとコビーにくっついて、その腕に頭をくっつけた。一世一代の色仕掛けである。こっちはこれでくぐって来ているのだ。
惚れるが負け。雲上の花。この勝負もらったといったところである。
「ナミさん、色仕掛けは効かないって言ったでしょ」
腕に抱きつかれたまま顔色も変えず、手をピシッとナミの方へ翳してコビーが言う。
「本当に色仕掛けだと思ってるの?」
ナミがコビーの顔をぐっと下からのぞき込んだ。
「本気だって言ったらどうする?」
「どうするって…本気じゃないでしょう。そのくらい僕にもわかります」
「本気だもん!」
「いやいや…この話の流れでそれは信じられないですよナミさん」
「そんな…本気なのに…」
雲行きが怪しくなって来た。ナミは雑な色仕掛けでも今まで何とかなって来てしまったため、まぁまぁ大雑把なのだ。子供の駄駄のようなもの。既にナミに惚れた態度を見せるコビーだから、完全に甘えている。
ナミの予定ではもうとっくに宝石は手に入っているはずだったのに、コビーはナミが本気だと言うのを信じようとしない。
ナミは本気だと言うことを示さなければならなくなってしまった。うっかり目的がすり替わってしまったが、とにかくそうなったのである。
「あんた、最初に潜水艦で言ったわよね。私を惚れさせてナンボって」
「そんなこと言いましたかね…?」
色仕掛けに乗るような男では、ナミに振り向いてもらうのは無理だろうと思った。効かない訳ではないけれど、それになびいて言いなりになればナミの彼氏になることは永遠にできないだろうと思うので、そのようなことは言ったが。
「確かに、あの時は目的の為のウソだったと思うけど、今は違うわ」
ナミはコビーの手を取って、甲板の影に隠れた、ちょうど2人が腰掛けられそうなスペースに座る。

「仕事に真面目なところが好きよ。強いところも好き。私の思い通りにならないところも良い。私たち、敵同士だけどきっと2人でなら乗り越えられると思うの」
すり、とコビーの手に頬ずりをする。こう来るとコビーはちょろかった。ナミの言葉にいたく感動して、本当なのかな?と思い始めていた。こんなことを言ってくれたのに、疑いたくないと思ったのだ。
「えと…じゃあ、本当に?」
ナミは頷いてコビーに抱きつき、宝石をいただこうと手を伸ばしたが、あと一歩のところで手が届かない。
「ちょ、いきなり抱きつかないでください…!」
心の準備ができていない。コビーは赤くなり、咄嗟にナミの肩を掴んだが。
「好きな人に抱きついちゃいけないの…?」
「!」
コビーの頭の中で、祝福の鐘が鳴った。すぐさまナミの懸賞金を外すための司法取引が脳裏を過ぎり、参列者のリストが出来上がっていく。
式に上司を呼ぶとなると錚々たるメンバーの顔が並ぶ。もちろんルフィも黙っていないだろうから、天を二分するような結婚式になるだろう。

「ごめんね、嫌だった?」
「嫌なわけないでしょう」
コビーは顔を半分覆ってちらとこの魔性の女を見る。
「本当に僕のことが好きなんですか」
「…うん、好きよ」
それは天使の笑顔であった。あたたかい春の訪れ、東風に乗る蜜柑の甘やかな香り。

「ね、だからおねがい♡」
それ返して!
相手に気を許した、最大限の笑顔で言えば、コビーは決心したようにこちらに正面を向き、そして。
「わか、わかりました!」
ぶちゅ!
コビーはナミにキスをした。もちろん、両想いだと言われたからである。
「!?」
ナミは咄嗟に体を離そうと相手を押したが、まっったく歯が立たなかった。軍艦と自転車くらい力が違う。肩を掴まれているので身動きが取れず、しかも時間が長かった。
「んーっ!んーっ!」
やっと唇が離れて、ナミは酸欠で腰砕けだった。
床に座って呼吸をして、可哀想なくらい真っ赤になっている。
「アンタひど、ゼェ、最低!」
最低なのはナミなのである。
「え???」
コビーはわけがわからない、という顔で固まる。
「もう嫌い!」
捨て台詞を吐いて、ナミは脱兎のごとくであった。いきなりキスされるのは恥ずかしかったし苦しかった。だが思い出して欲しい、理不尽なのはナミの方である。
恋愛バトル1回戦敗退の女は、すぐさま小船を拝借し、シャボンディ諸島へ逃げるように1人で帰って行ったのだった。とても恥ずかしかったから。

一方コビーは"彼女"がヘソを曲げてしまったと思っていた。
宝石は彼の手でナイアに返された。

その後、コビーは遠距離恋愛が始まったと思い、時折海を眺める姿が目撃されることになる。その度、ナミはどこかで見られているような気がして背中をゾッとさせるのであった。

───これが2人の、すれ違いラブコメディのはじまりである。
(いい感じの曲が流れる)








End



【おまけ】



ばち!
視線を感じてナミの長いまつげが勢い良く開いた。目の前にはコビーがいて、嬉しそうににこにこと笑っていた。
「おはようございます、ナミさん」
ちゅ、と髪にキスをしてそのまま燃えるような熱い体に抱きしめられる。寝起きの女の体温に、鋼の筋肉は熱すぎた。ナミはその熱にびっくりして、でも岩盤浴で寝そべっているみたいにほぐれる体は心地よくて、おずおずと抱き返す。

コビーは港のお姉さんたちに鍛え上げられた手練手管を披露し、ナミは朝方になってようやく眠ることができたのだった。
紆余曲折あって初めてを捧げてくれたとよくよくわかっているので、コビーはたいそう丁寧に行ったらしい。大切に大切に可愛がり、奉仕は何時間にも及んだ。

ナミは腕の重みとその熱に戸惑いながらも、寝顔を見られた気恥ずかしさで黙って赤くなっていた。
「ナミさん?どうしました?」
「……」
ナミは初めてだったのだ。それ故昨夜起こったことはわけがわからなかったし、ずっと頭にハテナが飛んでいた。
すごく気持ちよかったし、すごく多幸感があったことはわかるけれど…
「もしかして、どこか痛いですか?」
ナミが黙っているので、コビーは体の不調に思い至り、慌ててナミの肩まで布団をかけて巻きつけ、外に出ないようにあったかくさせた。
「朝食を用意するので、ゆっくり休んでいてくださいね。何かあったらすぐ呼んでください」
そう言って下にヨレヨレのスウェットだけ履いて、部屋を出て行った。
ナミはお布団から顔を半分だけ出して天井を見ている。
───っっ恥ずかしかったぁ…
ギュ、と眉を寄せ、真っ赤になってぶくぶくと布団に隠れる。シーツの中を見ると自分は何も纏わず裸で、余計に恥ずかしくなってもう一度にょき、と顔を外に出した。
そんな不審な動きを繰り返していると、コビーが再び部屋へ入って来る。
手にはコーヒーと、焼き立てのパンと、サラダにフルーツが少し。
にこにこ笑いながらやって来るので、ナミはどうしたらいいかわからず、布団のはしをぎゅ、と握る。
「料理ってほどのものではないですけど、色々試してやっぱりシンプルが一番だと思って。でもナミさんはフルーツがお好きかと思ったので、オレンジを買っておいたんですよ」

片手で盆を持つコビーは不安定なベッドの上でも危なげなく隣に来る。

ナミはそれを顔を半分だけ出して見ていて、それ以上出てくる様子がない。

「ナミさん?」
「……」
「もしかして、恥ずかしいんですか?」
「……」
コクリ、と頷く。
「え!?僕の彼女、可愛過ぎ…!?」
コビーは朝食を置いて、思わず口元を手で抑える。
ナミは汗をいっぱいかきながら布団の中に潜り込む。
「だって…!やめてって言ってもやめてくれないし、どうしたらいいかわかんないし…!起きたら寝顔見られてるし、もう、もう、どうしたらいいか…」
ナミはさなぎのように布団に包まれながら身悶えた。コビーは真面目な顔をしてそれを見ていたが、その様子が可愛すぎて頭の中は大歓声に包まれていた。理性や衝動や暴挙がみんな一斉にかわいい!かわいい!と大合唱している。
コビーはギシ、とベッドを軋ませながらさなぎの上に覆い被さった。ちょうど床ドンのような感じで、顔のあたりの布を指先でめくって覗き込んだ。
赤くなって、うるうるしているナミと目が合って、その髪を額に撫で付ける。
ナミは俯くコビーを見て、ぞくりとした。完全にそれは、捕食者の目だったからである。
丁寧に布を開いて、コビーが中身をごろんと出す。
その動作があまりにもゆっくりで、ナミの心臓は跳ね上がり、相手に聞こえそうなほどであった。
なぜだかぴくりとも動けず、まな板の鯉みたいに裸体が男の前に晒され、ナミは胸を隠そうとしたがその手はゆっくり優しく退けられた。
捕食者の前に、抵抗は無意味であった。



しばらくのち、ナミはサク…サク…とコビーの焼いた食パンを両手に持って食べていた。
作り直そうと言うコビーに、半ば抵抗して冷めたパンを食べる。それ以外のことは抵抗しても無駄だったからである。
ナミはどうして朝食を作ってくれるのかと聞いた。
するとコビーはたいそうな失言をした。
当然いつもそうするというようなことを言ったのである。
セックスはIQを著しく低下させる。
ナミはやけに手慣れていると思っていたし、過去の証言を反芻して、誰と?と思ったのである。
そもそも、経験が豊富でなければあんなに上手く女を抱けないのではないだろうか?とか考えてしまい、初めて抱えたモヤモヤを飲み込むことができなかったのであった。

嫉妬したナミはその後ミーッ!と泣いたり逃げ出したりして、すんなりハッピーエンドとはいかず。

やっぱり、すれ違いラブコメディが始まってしまうのであった。







End


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