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□Venus flytrap
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Venus flytrap
意・色仕掛け









「ト・ラ・男・くん♡」

出た。
こいつの猫撫で声は、正直もう聞き飽きた。

滑らかに近づく肢体は猫のよう。

腕を絡ませて圧力のある胸が押し付けられ、上目遣いで見つめる瞳の奥に、何が何でもこちらに要求をのませようとする確固たる決意が見える。

「嫌だ。」

「お願い♡」

「イヤだ。」

「ねぇお願い。絶対損はさせないから。」

「.........」

「トラ男くん、ダメ?」

「....ちょっとだけだぞ。」


ナミはにんまりと笑う。
それを見て、ため息をひとつ。







「あの海岸線を見たいの!チャチャッと連れてって!よろしく!」

何キロにも渡って続くリアス海岸を目の前にして、船の上で目を輝かせる女は同盟船の航海士だ。

この女は、海図を描く。
島の地図を描く。
地形の隆起を描くその技術に、ベポも舌を巻いていた。

ただ。

「お前....島に着いてから、毎日じゃねぇか....」

「そうなの。この島、地形が面白くって。」

毎日午前中から賑やかにこちらの船にやって来ては土地を見に行かされる。
向こうは自分の能力を使って素早く、安全に測量を行いたいようだが、それに付き合わされるのはたまったもんじゃない。
昨夜も寝付いたのは朝方だ。
いつまでも本を読むのをやめられない自分も悪いのだが。

「早くしろ。帰ったら俺は寝る。」

「ごめんね。寝かしつけてあげようか?」

ナミの軽口に沈黙で返して、ローはしっかりとナミの肩を握る。

海しか見ていないナミの表情は見えなかった。
どんな顔で男とこんなに接近していることやら。

能力を使って海岸に降り立ち、ローは入り江を見渡した。

確かに珍しい海岸と言える。
陸地の起伏が激しいので、女の足ではここまで来るのに時間がかかるのだろうということもわかる。
自分の能力での移動に適していた。

それを利用する為に、ナミ屋は毎日自分のもとへやって来た。


それを心待ちにしている自分に気づくまで、それほど時間はかからなかった。

今日は来るだろうか。
明日も来るのだろうか。

遂に夜更かしをやめて早く寝るようになった。

決定的だったのは。


「何でここまで測量するんだ?お前はただの航海士だろ。」

2人入り組んだ土地の、奥深くまで来た。
山と山の間に出来る細長い入り江は、かつて氷山が山肌を削り取って出来た物だ。
ナミは横目でローを見て笑った。

「あら、言ってなかったっけ?私の夢は、自分の目で見た世界地図を描くこと。小さい頃からの夢なの。死んだ母が応援してくれた.....」


音も風もないフィヨルドを、ヘーゼルの瞳が見つめる。

惚れない方が無理だろう。

ローはそう思う。
聞けば、毎日遅くまで海図を起こしていると言う。

それはすごく、わかる気がするのだ。
決めたことに取り組む姿勢も、手段を選ばないところも。

自分と似たところがあると、どこか思う。


「....寒い。」

そう言うナミの肩を黙って抱き寄せた。
女の体温は低く、男の体温は高いからだ。
熱を分け合う、それ以上の意味はない。

───そう自分に言い聞かせて。






「トラ男くん、今日もお願い♡」

「嫌だ。」

「お願い!何でもするからぁぁぁ」

どさり。

その言葉に、いつかしてやろうと思っていたことをする。

華奢な体をベッドに押し付けると、猫は目を丸くした。

「何でもすると言ったな。」

「....言ったけど。」

自分の影の中にオレンジの髪が広がる。
逃げない女に口付けを落とすと、ナミは幸せそうに笑った。

───誰にでも、この顔を向けるのだろうか。

唇を重ねたのに、胸に針が刺さる。

「変な顔ね。」

「別に。」

らしくないことをした、と思った。
ローは立ち上がり、襟を正す。

「早く行くぞ。...色仕掛けの賜物だな。」

ナミに背を向けると、腕を掴まれ引き倒された。
嫌でないから、力が抜ける。
シーツに押し付けられた自分が見上げるのは、妖艶に笑ったナミの顔だ。


「誰にでもすると思った?」

ナミの影が重なる。
相手の気持ちが伝わって来るほどに優しく。

「案外トラ男くんも初心なのね。」

ナミの指が愛おしげに輪郭をなぞった。
あたたかな幸福の中で、ローは努めて冷静に言う。

「....誰にでもじゃなく、“要求を叶えられる男には”だろ。」

「そう言う意味ではあんたもいい線行ってるわよ?」



オレンジの髪に指を差し入れ、掬うようにキスをした。

するとまた、ナミは笑うのだ。
幸せそうな顔で。









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