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1.名前を呼んだら婚約者








Side Ichiji


「交渉してみよう。」

イチジはこの言葉に2つ決意を込めて言った。

1つは、四皇に捕らわれたナミと言う女をこちらのものにすること。

もう1つは、いずれ来る跡継ぎ問題をその女に解決させること。

即ち、長男である自分の子を産ませる。いずれは男児を。

ジェルマは国土を持たぬ国。

外交は専ら科学力と技術力に頼りきりなので、どこかの国の王族の娘を娶らなければならないと言うこともない。
守る国土や民がなければ身も軽い。

より強固なバックボーンになり得る四皇との繋がりは三男に任せることにして、自分が欲しい、と思ったものを娶って何が悪い。



それなのに。


もらって来たオレンジ色の猫が、きつい目でこちらを睨んでいるのを見下ろした。

こいつはどうやら、サンジが、好きらしい。









Side Nami

出会った時から、どこか惹かれてた。

さらさらの金の髪が私のお気に入りだった。

レディ扱いは居心地が良かったし、私に惚れてるのかも?と思ったこともある。

でも。

でもね。


「ナミさん、ちょっとジェラシー?」

「別に」

ビビやロビンへのあいつの態度が、すぐに私の恥ずかしい勘違いに気づかせたわ。

安心してよ、深入りして困らせたりはしないから。

前が見えないくらいハマって、抜け出せなくて、ペースを乱されて、そんなことは望んでないんでしょう?

隠すことは得意。
ポーカーフェイスも大得意。
いつものようにあしらうのも上手だし、演技力はピカイチ。

でも、本当の私は嫉妬深い。

あなたが結婚の為に一味を離れた私の絶望を、教えてやりたい。

自分のことを、こんな人間だとは思っていなかったのよ。

サンジ君、あなたに会うまでは。











Side Ichiji



出来損ないを心に住まわせる女など、やめておけばいいのに。

自分でもそう思う。

しかし、説明のつかない気持ちに支配されていた。
ベッドに座るナミを見下ろす。

「嫌がる女を手篭めにするのがジェルマのやり口なの?」

嫌がる⋯⋯?

その感情はよくわからない。

覆い被さると猫は毅然とこちらを見上げた。
柔らかなシーツに背中が埋もれても、ナミは自分から目を逸らさない。

「好きな人がいるの。」

わかってる。

ビッグマムの元からここに、自分の自室に無理矢理ナミを運ばせた時、一度だけこいつは男の名を呼んだ。

サンジ君、と。






───名前を呼んだら婚約者。






この女とサンジは婚約していたようだ。
しかしビッグマムと父上に諮られ、サンジは別の女と結婚することになった。

普通なら、お下がりなど御免だが、何せ相手は出来損ないだ。
まともに女を抱ける訳もない。

イチジはナミの足の間を割った。

「ちょっ!!待っ!!!?もう挿れるの!?無理無理無理!!やるならちゃんとヤって!!!」

ナミが自分の体を押して抵抗する。
囚われの身でそれを回避できるとは思っていないのだ。
そんな悲しい賢さがナミにはあった。

「???」

「濡れてないと、痛いでしょうが!!」

「濡れる⋯⋯?」

何を言っているのかわからない。
この手順で良いはずだが。

イチジの様子を見て全てを察したナミの目が潤んでいる。
真っ赤な顔で、恥ずかしそうに声を絞り出した。

「⋯⋯じゃ、舐めて⋯⋯」

仕方ない、とイチジは小うるさい猫に指導されつつ丁寧な夜を過ごしたのだった。














「え?婚約?」

イチジの腕を枕にして、ナミは素っ頓狂な声を上げた。
イチジが何かよくわからないことを言っているからだ。

未婚の女が名前を呼んだ相手は、婚約者だと本気で思っているらしい。


「名前を呼んだだけじゃ婚約してることにはならないのよ?」

それを聞いたイチジの背景にぱあっと花が咲いた。
表情は変わらないが、喜んでいるようだ。

「名前を呼ぶだけで恋人ってことになったら、おかしいじゃない。生活に支障をきたすでしょ。」

「フン、まあな。」

イチジのご機嫌な様子に意地悪心が育つ。

「モンキーDルフィ、ロロノアゾロ、ウソップロビンフランキーブルック」

グサグサグサ!とイチジに言葉の刃を突き刺す。

「トラファルガーロー」

「ニジ」

「ヨンジ」

「⋯⋯やめてくれ。」

んふふふ、とナミは意地悪に笑う。

そして思い出したように1人の名を呼んだ。

小さな声で。
愛しい声で。

「⋯⋯サンジ。」












Side Ichiji


その名前を、その口調で聞かされた時の衝撃と言ったら。

世界から暗闇に落とされたようだった。

こめかみを殴られたように感じ、胸を抉られたように感じた。

イチジは失恋した。

さっき何度も抱いたばかりで、裸で、腕の中にいる女に。


どうしたらいいかわからないのに、伸ばした手はナミを抱きしめ、唇は首筋を噛んだ。

悲しい。

そんな感情は自分の中になかったはずなのに、まるで大切なものを仕舞うように、好きな男の名を呼んだナミが、感情の波を連れてくる。

今抱かなければ、ずっと抱いていなければ、自分の腕からは直ぐにいなくなってしまう女に必死に縋って。


お願い、いなくならないで。

一目見た時から好きだった。
その毅然さも、物怖じしない態度も。


名前を呼んだら婚約者。
そんな迷信を健気に信じていた。


「⋯⋯ナミ」


自分は心に決めているのに。

他の男を好きな女など、やめておけばいいと、思うのに。










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