novels2

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2.恋が叶ったように








Side Sanji






ナミさん、俺は君を傷つけた事があるよね。

何度も、何度も、俺が他の女性に優しくする度、君の心に小さな亀裂が入るのを確信したのは、最近のことだったんだよ。


あれはもう、随分と前のことだけど。
一度だけ、ダイニングで隣にいる俺にもたれて来たことがあったね。
誰もいない部屋で俺は芋の皮むきを。航海日誌を書く君には特別なドリンクを。
君は疲れていて、体を俺に預けて来た時が。

あの時俺は嬉しくて舞い上がって、それが君にとってどれだけ重大で、勇気を出してしたことか、わかっていなかった。

抱きしめていいのか、触れていいのか、手を彷徨わせた後、あろうことか焦った俺は他の子の名前を呼んだんだ。

〇〇ちゃんは、喉が渇いていねぇかな?と。

ふ、と離れた背中で明るく君は、持って行ってあげなよと言った。

いつもと変わらない、陽気な声音だったから、わからなかった。
心は泣いていたこと。

君は、そう言う女の子だから。






ゾウで、ロビンちゃんが自分の元へやって来て。

その時初めて、俺は知ったんだよ。

「痛い痛い痛い!!!!ロビンちゃん何!?俺なんかした!?」

「私にではない。ナミにしたわ。もう見てられない。見守るつもりだったけど、あなたに思い知らせたい。」

ロビンはサンジに関節技をキめ、サンジを失神寸前まで追い込んだ。

「許せない...胸が痛いと涙が出るのよ。私にはそんな経験はないわ。けれどナミはそれを経験しているみたい。あなたを見るのが辛いのよ。できれば今後はあの子のいないところでして。」

「一体何を?」

「ガルチューを。」

ぽかん。
サンジは咲き乱れる手の中に埋もれながら大きく口を開けた。

「え...?それはどう言う...」

「あの子は隠して繕うのが上手い。好きな人が他の女性に触れていても笑っていられる子なの。でも夜、枕を濡らしているのを見てはいられないわ。」

「好きな人...?」

ばっ!

ロビンがしまった!といった表情で慌てて口を塞いだ。
口を塞ぐ手が背中から6本も咲いている。

「ロビンちゃんそれってどう言う...」

ばばばばば

ロビンは咲き乱れる自分の腕に閉じこもり、腕で覆われた球体になってしまった。

まさか、ナミさんがおれを?そんな馬鹿な...

サンジは肩を落とす。

そんなことが、あるはずがない。

おれなんかを、あの人が好きになってくれるはずが。

『....とにかく、ガルチューを控えて』

腕の中からロビンがこもった声で言った。


嘘だ、と思う。

俺の知るナミさんは、いつも明るくて、キラキラしていて、ゾウではしゃぐおれを冷めた目で見ていて、窓を突き破るほど殴り飛ばされて、でも優しくて。

俺が騎士ならあの子は主人だ。
彼女を守る為に命を捧げても惜しくない。
彼女が。
彼女だけが。
俺の守る誓約だ。


でも。


「あらサンジさんおはよう。」

「おはよう〇〇ちゃん」

「はい、ガルチュー。」

「っ、」


ガルチューの現場にばったり居合わせたナミさんは、くるりと背を向けて去って行った。

いつものように、蹴りも拳も飛んではこない。

当然慌てて追いかけ追いついて、観念したナミさんは足を止める。

肩を掴み、振り向かせて顔を見ようか迷った。
でも、そんな強引なことはできない。
彼女は神聖で、常にその意思を尊重したい。
だって、心に決めた愛する人だから。


「もう!何?サンジくん。」

振り返った顔は笑っていた。
だから、大丈夫なんだと思った。

「行こう、親分が呼んでたわよ。」

「ナミさんあのさ」

「何よ。」

「ロビンちゃんが、その。ナミさんが夜泣いてるって聞いて...おれ...」

ナミさんの髪が揺れた。
表情は見えないが、ひどく頼りなげに見える。

「ああ!違うの、ちょっと飲み過ぎちゃったかな。目が渇いてそうなっちゃったのよ。よくあること」

笑うナミさんはいつも通りだ。

「もー本当ロビンは心配性なんだから。あんたも気にしないでよね。先に行ってて。用事を思い出した。」

「俺も行くよ。」

「いいから!ついて来ないでね。」









Side Nami



走って、走って、サンジくんがいないところまで走って、わたしは立ち止まり、堪えていた嗚咽を漏らした。

「う⋯⋯」

涙が溢れて止まらない。
さっき、私はサンジ君の前で笑えていただろうか?
上手く、話せていただろうか?

ずっと前からわかっていた。
自分の気持ちを、自分の弱さを。
傷つかないように、傷つかないように、予防線を張り巡らせて、その外に出るのが怖くなってしまった。
いつしか、柔らかい繭にくるまる本当の自分はこんなにも弱くなってしまった。

きっと、サンジ君にとっては取るに足らないこと。
ガルチューは挨拶だ。
人に優しくするのはいいことだ。
自分以外の女の子に優しくするのも、自分以外の誰かを好きになることも、サンジ君の自由だ。

でも。

私は、サンジ君のことが、すごくすごく好きなんだ。
料理を作る手が、すらりと伸びた足が、さらさらの髪が、決してわたしを困らせようとしないところが。
好きで好きで大好きで、いつも嫉妬でどうにかなりそうだ。


一度だけ、勇気を出してみたことがあった。

私はどうしても、サンジ君に触れたくて、触れてみたくて。

彼の背中にもたれ、触れてしまったの。
こうしたら、どうなるだろう。
いつものふざけた口調はやめて、私に愛を囁いてくれるだろうかと。

卑怯な自分、臆病な自分。

望むような関係になれるなんて、思ってなかったはずでしょ?
だってサンジくんがいつも境界線を引いていることに、私は気づいていたはずなのに。













「イチジ⋯⋯っ、もうやめ⋯⋯っ!!」

ジェルマに連れて来られてから、私は毎晩イチジと夜を共にしている。
自分でもそうせずにいられなかった。

イチジはサンジくんに似ていて、髪の色だけが違う。

声も体も指も腕も、まるでサンジくんに抱かれているみたいだ。

それは私の心を、とても慰めた。

もうきっと一生叶わない恋が、叶ったように感じる伽が、サンジ君を諦められない私を救う。

思考を奪われて、何も考えることもできず、ただひたすらに快感を求める行為に、私も救われていた。
痛む胸を一時でも忘れることができるから。


「ナミ⋯⋯!イくぞ⋯⋯っ!」

「⋯⋯っっ!!」


助けなんて、求められない。
私はそんな価値もないくらい堕ちてしまった。











Side Ichiji




「妻になってくれ。」

予定通り、シーツに潜るナミに声をかけた。

終わったらすぐに背中を向けてしまう、あるいは振り返りもせず湯を浴びに行くナミをこちらに向かせて。

「えっ、妻って」

「ジェルマの繁栄の為だ。慣例ではどこぞの貴族の娘を迎えるらしいが、おれはお前を望む。」


「いやいや、私やることあるし⋯⋯」

「こんなに俺と体を重ねておいてか?」

「⋯⋯やっ!」

胸の先に触れると嬌声が漏れる。

「⋯⋯わ、たしの事なんて、好きじゃない、くせに⋯⋯っ!」

口元を押さえながら、体をよじるナミをイチジは見ていた。

好きとか、嫌いとか、そんな感情はわからない。
わからなかった。
感じたこともなかった。

ただ、ナミと出会ったその日から、初めて何かを選んだ自分に気づく。

ナミ以外は嫌だと思った。
体に触れるのも名前を呼ぶのも、ナミ以外にしたくなかった。
性を吐き出すだけの夜伽も呼ばなくなった。

ナミがサンジを想っていると気づいた時、胸が裂けるような痛みを感じた。

その痛みさえ、愛しくて。



「大好きだ。」

「え?」

「愛しく思う。」



ナミの耳が赤くなった。

途端に蜜壺は潤み、指を入れると卑猥な音が響く。

泉のように溢れるそこに挿れるのはさぞ気持ちがいいだろうと思った。

「ああっ⋯⋯イチジ⋯⋯」

「奴のことなど、忘れてしまえ⋯⋯っ」

「あああっ!!」

快感が脳を突き抜ける。

一瞬、

一瞬だけ、ナミが自分の物になったような、そんな気がして、快感以上のものが胸を満たした。

自分の体に縋るその手が、自分を求めていると、思ったから。







隣に横たわるナミの手が自分の頭へ伸びた。

時折ナミはこのように、人の頭を撫でる。
情けか、憐憫か、気まぐれか。

自分とサンジは瓜二つ。
当たり前だ、四つ子の兄弟なのだから。

『好きな人がいるの』
とナミは言った。

サンジを想いながら、この髪を梳くのだろう。


───それは、どれほどむごいことか。

こんなに悲しいのなら、感情など要らなかった。

人を愛する気持ちなど、要らなかったのに。

それは自分の中に芽生えてしまった。

生まれ変わった。
そんな風に感じる。

それまでの自分がどう生きていたか、思い出せないほど。

代わりのきかないものがあるなんて、知らなかった。

こんな気持ちを、知らなかった。

この腕の中の女を大切にしたいと言う気持ち。

ずっと側に居たいと思う気持ち。


引き換えに手にしたものは、こんなにもむごい苦しみなのに。











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