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4.愛する人を傷つけることは最高の自傷行為
サンジが女部屋の扉を閉める。
ナミの背後には誰かがいる。
サンジのように見える誰かが。
「おれのこと嫌い?」
「⋯⋯嫌いじゃない⋯⋯」
嫌いなわけがない。
試されている気がした。
私が返答を間違えれば
サンジはどこか遠くへ行ってしまう
二度と元に戻らない
そう感じるほどの突き刺すような私への敵意。
サンジが後ろからナミの髪に触れた。
豊かな髪を除けると、首筋が、人間の急所がさらけ出される。
弱い柔らかな人の肩が震えているのがわかる。
怖いんだ。
何をされるのかわからなくて、怯えている。
「ねえ、ナミさん。」
耳元に口を寄せて囁くと、びくりと大きく彼女の肩が揺れた。
「イチジにしたことを、全部、おれにしてくれないかな。」
「え⋯⋯」
「なんで結婚式の時、イチジの隣にいたのか。出席できるのは二親等と姻族のみ、だろ?君がイチジの隣にいたということは、君がイチジの妻だということだ。」
サンジは背後からゆっくりと歩き、ナミの前にまわる。
「なんで?イチジを愛してた?でもおれのことも嫌いじゃないなら、同じことはできるよね。」
「な、なにを⋯⋯何を言ってるのか全然わかんな」
「やって。」
じゃないと、許さない。
サンジの顔は今まで見たことのないもので、有無を言わせない迫力があった。
ナミは上手く空気が吸えず、酸素が脳に行き届いていないのを感じた。
自分の思考は止まっている。
ゆっくりとサンジに近づいてキスをした。
唇に触れるだけの短いキスを。
「⋯⋯終わり?」
「終わりよ⋯⋯」
「違うでしょ?もっとしたでしょ?」
「してない」
肩を掴まれる。
ナミは首を振る。
「できないんだ。おれのことが嫌なんだね。それならそれでいいよ。」
「違う、違う⋯⋯!」
首を振る。
涙が出る。
肩から離れたサンジの手を捕まえるように握ってキスをした。
こんなに胸の痛いキスがあるなんて、知らなかった。
泣きながらサンジの唇を貪る。
鼻と鼻がぶつかって、唾液が唇から溢れ出た。
愛してる。
すごく好きだった。
なのに、なんで今こんなことをしているんだろう。
サンジの顔を包んで、伝わることを願ったけれど、わかってはくれない彼はナミの下半身に手を伸ばした。
濡れていることを確認してサンジがナミをベッドに押し倒す。
ベルトの金属音が聞こえる。
ナミが絶望に目を見開いた。
それは、それだけは。
ナミは懇願した。
「サンジくんにだけは、好きじゃないのに抱かれるのは、いやぁ⋯⋯!!」
好きだから、愛してるから、だからこそ嫌だった。
私を好きな訳でもなく、愛している訳でもないのに、触れられるのは辛かった。
最後までした後、自分がどうなるのかが怖かった。
もう、見向きもされなくなったら?
イチジとしたことをあなたでなぞる私を、サンジくんはどんな気持ちで見ているの?
その言葉を言った途端、ナミはサンジに貫かれたのを感じた。
「あっ⋯⋯!!や⋯⋯!!」
激しく腰を打ちつけられ、上から抑えつけられて、いつのまにか肌と肌が触れていて、縋るように背中に手を回した。
こんなに近くにいるのに、こんなに心が遠いなんて。
嬌声はなく、呻くようなナミの声と息の音だけが響いていた。
白濁は中で吐き出されて、サンジは去って行った。
長い間、ナミは呆然と天井を見ていた。
やっと起き上がり、ナミは太腿に垂れたそれに恐る恐る触れた。
白くて半透明のドロッとしたものが指に付く。
サンジくんがこんな事をするなんて。
どうしたら良かったの。
───何をそんなに怒っているの。
イチジとするのは平気だった。
身柄を捕らえられた女が、どんな扱いを受けたとしても不思議ではないことを、ナミはちゃんと理解している。
お花畑にはなれなかった。
楽しもうとさえ思った。
自分に惚れさせられたなら、事は都合のいいように動くから。
でも、サンジだけは。
理想があった。
夢見ていた。
いつか、
たった一人の、
代わりのいない女としてサンジに愛されて、
何も怖くない、
2人だけの世界で、
自分と同じだけの気持ちを感じられるような、
恋人になれたら。
もう、そんな事はあり得ないのだと知って、ナミの目から涙がこぼれた。
タバコに火をつけるのも億劫で、サンジはキッチンの簡易な椅子に腰掛けて俯いていた。
酷いことをしてしまった。
傷つけてしまった。
きっと嫌われてしまった。
ジェルマの城に連れて行かれた何日間か、
君はイチジにキスされて、自分からもキスをして、中に挿れられて、思い切り奥を突かれ、イチジに縋った。
気が狂いそうだ。
そう仕向けたのは自分のはずなのに、君の泣き顔に胸も痛んだのに。
だけどどうしても、嫉妬が自分を狂わせて、もうどうなってもいいと思った。
自分なんかどうなっても良いと思った。
一番したくないと思っていたことをした。
君を傷つけるくらいなら死にたいと思っていたのだから、もうおれは死んだんだろう。
シンクに映る自分が見える。
じゃあ、これは、誰なんだ。
「⋯⋯レイジュ」
「⋯⋯なによ。」
イチジが慇懃無礼に姉の部屋へとやってきた。
珍しい、と半ば警戒しながらレイジュが言葉を返す。
ビッグマムとの戦線を潜り抜けて来た2人にはまだ怪我が残っているはずだが、ジェルマの化学療法によってもうほぼ外傷は見えない。
「手紙を出したい。」
「手紙?なに?誰に送るの?」
「妻になった女。」
「は?」
レイジュが遠慮なく顔を歪ませた。
父が憤慨していたし、当日もナミを横に連れていたので話は聞いていたが、サンジの結婚は破談になり、当然のようにナミとイチジも破談になった流れだった。
「ねぇ、サンジは結婚しなかったし、あんたとナミちゃんも破談になったのよ。忘れちゃった?具合悪いならラボにぶち込んであげようか?」
イチジはレイジュの言葉を無視して言った。
「相手は海賊だ、そう居場所はわからん。しかし我が国の力を持ってすれば何らかの方法で連絡を取る手段はあるはずだ。」
伝書バットや電電虫は届かない。
けれどジェルマになら、レイジュならばイチジの要求にも応用できる最新技術を知っているはずだった。
「衛星を使ってミサイルを落とす研究なら使えそうだけど⋯⋯」
「それだ。いつできる?」
「あんた良い加減になさいよ。」
レイジュがため息を吐く。
諦めさせようと口を開くレイジュを制して、イチジが呟いた。
「⋯⋯会いたいんだ。」
ただ会って、その姿を一目見たい。
元気にしているか、悲しんではいないか、
───もう、一緒にいられる時は来ないのか。
神妙な面持ちでイチジが床に視線を落とす。
すると、レイジュがイチジの頭をぽんぽんと叩いた。
いつの間にか近くに来てにやにやと笑う姉に、少し居心地の悪さを覚える。
「なに、随分と一途じゃない。」
「うるさい。」
「そういうことならお姉ちゃん、応援したくなるわね。」
ノートパソコンをちゃっと開き、姉特有の弟を慈しむ表情でレイジュが言う。
「できたらすぐあんたに知らせてあげるから、お姉ちゃんに安心して任せてもらっていいわよ。」
「お姉ちゃん言うな。」
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