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□泥棒猫と呼ばれるようになったわけ
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一、





美食の街プッチ

そこは世界の名だたるレストランが軒を連ね、高級フレンチからお手頃価格のラーメン屋台まで、何でも食すことのできる街である。

海上列車の駅を降りると、そこからはウォーターセブン同様、島の中心がなだらかに隆起しており、その山の裾野には活気あるグルメ街が、少し上へ進むと、ハイソサエティが好むレストランが構えている。
その山の頂上には屋敷があり、この街が美食と言われるようになったきっかけを作った貴族が住んでいるらしい。
エニエスロビーから帰り、新しい船をフランキー達に作ってもらう間、ナミはそんな話を耳にしていた。

「ガレーラカンパニーのこの服も好きよ、私。みんな少しずつ形が違うし、何でも着こなす自信あるけど」
「わかるわ。私も好き。動きやすくて」
ナミとロビンがガレーラの食堂でお茶をしている。
船という宿のない彼らは船が完成するまでの三ヶ月を思い思いに過ごしているが、自然とここへ集まって来る。
「でもね、毎日これだとさすがに飽きる」

「お前はおとなしくそれを着とけ。前みたいな服は目に毒だ。ったく」
通りかかったパウリーがお茶会のナッツを口に放り込んだ。
「好きな格好したいだけよー!毎日これ着てるのよ、私たち」
「後で服屋さんに行ってみましょうか」
ナミがパウリーに噛みつき、ロビンがにこにこ笑いながら提案する。
エニエスロビーから帰って、やっとひと段落ついたのだ。みかんの木も帰って来たし。

「ブルの水エレベーターがあるでしょ。あれの出口すぐに、あなた好みの服屋さんがある。あと、その近くに家具や服を置いてる雑貨屋さんもあったわ」
「なんでそんなに知ってるの?」
「ふふ」
ロビンはひとたび町を歩くだけでも得る情報が多い。

「ナミさんとロビンちゃんが行くならおれもお供するよ」
サンジが追加のお菓子をテーブルに置きながら言った。
「じゃあ三人で出掛ける?」
「これ食べたら」
ナミが美味しそうにグラスを傾ける。
ショッピングとお菓子が大好きなのだ。

ブルを二匹借り、ロビンの後ろに乗ると背の低いナミは前が見えない。
「ロビンと離れるの嫌だから」
ナミを始め、エニエスロビーから帰って来てからの仲間はみんなこういう調子なので、ロビンは腰に回された手を見てにこにこした。

「本当に綺麗な街並みよね」
水エレベーターで街の中腹へ上がると、見下ろす街並みは見事だった。
ナミは駅があるだろう場所を見て言う。
「市民工学が発展しているわね。市長さんの影響が大きいだろうけど、優秀な技師が多いのは間違いないはず」
「独自の文化があって、景観にもこだわってるよな。食文化も面白いんだぜ」
「水水肉美味しいわよね。そういえばサンジくん」
「なに!?ナミさん」
「ほら、あそこに駅があるでしょ。美食の街プッチに続いてるんだって。今度行こうよ」
「デート!?デートのお誘い!?」
「違うわよ!レストランがたくさんあるんだろうから、行ってみたいんじゃないかと思って。ルフィも行きたがってたでしょ。まだ船ができるまで時間があるし、みんなで一緒に」
「ウォーターセブンに負けず劣らず、街並みも美しいらしいわよ。服屋さんもあるかもね」
「決まり!楽しみね〜」

三人は話しながらつつがなく服を買い終える。

「なんでロビン私の好みがわかったの〜?」
ナミが新しい服の入った袋に頬ずりしながら言う。
「え⋯⋯だって」
「あ!さっき言ってた雑貨屋さんはあれ?」
角に趣味のいい看板を見つけて、ナミが走って行く。
「ねぇ!この髪飾りかわいい〜!」
「本当、かわいいわね」
「ロビンも気に入った?お揃いにしようよ」
改めて仲間になったロビンへ、ナミが良いことを閃いたという顔で提案した。
「似合いそうだなァ。おれが2人に買ってあげるよ♡」
「いいの?」
「でも悪いわ」
「いいのいいの!おれからも改めて、仲間になったロビンちゃんに何かあげたいし」
「じゃあ私たちからサンジくんにネクタイピン選んであげる」
髪飾りの横に置いてあったピンを見てナミが言う。
「お礼は二人からのほっぺにキスでいいよ」
「そういうのはちょっと」
ナミが断る横で、ロビンは目が潤むのを止められなかった。
お揃い。改めて仲間になった私へ。
こんな気持ちを知らない。
涙が落ちないように、ばれないように瞬きを我慢した。
嬉しくて恥ずかしかったから、ネクタイピンを選んでいるふりをした。

「はい、どうぞ」
渡された小さな紙袋には、レースとスワロフスキーでできた髪飾りが入っている。ハンドメイドのものだろう。お揃いと言っても、ナミのとは花の色が少し違う。
「ありがとう」
「じゃあサンジくんこれどうぞ」
「ありがとう!一生大切にするしずっと箱に入れて1日1回磨く時だけ出すよ」
「つけなさいよ」

その後はずっと楽しかった。
水水アイスの店を見つけて三人で食べた。
友達と遊ぶのはこんな感じなのだとロビンは思ったし、いつの間にか、聞き耳を立てて情報収集していない自分に気づいた。
これでは腑抜けになってしまうと思った。
でも楽しくて、裏町まで観光した。
ベンチで三人で座っていると、いつの間にかもう夕方になっていた。

「これ⋯⋯二人も美女を連れてる悪い男におれ見えてない?両手に花って思われてない!?」
「両手に花とは思われてると思うわよ。ロビンなんか華華だし」
「ふふふ」
ナミが親指で差すのも、ロビンはとても友達っぽいと思って笑った。
お揃いの髪飾りを、帰って手に取るのが楽しみだなと思った。
「ロビン?」
突然立ち上がったロビンにナミとサンジが驚く。
「⋯⋯ない」
「何がないんだい?」
「髪飾り⋯⋯落とした⋯⋯」
「ええ!」
と同時に、ロビンはありったけの力で街中に目を咲かせた。
「あった。驚かせてごめんなさい」
「見つけたの!?」
「もう!?」
「アイスを食べたところで落としていたみたい⋯⋯ごめんなさい、取って来るわ」
ナミとお揃いで、サンジが買ってくれたもの。初めての。
ロビンは居た堪れない気持ちになって、ほとんど何も耳に入っていなかった。
「良かった、一緒に行くわよ」
「大丈夫。荷物があるし、ブルに積んでいて」
「でもロビンちゃん」
「私が落としたのが悪いから。サンジは荷物をお願い」
一生の不覚。
楽しくて、楽しくて、いつものような注意力が消失していたのだ。
ロビンは泣きそうになりながら走った。それを見られたくなかった。
エニエスロビーから脱出することでロビンは生まれ変わった。
生まれたてのロビンの感性は幼児のそれだった。大好きで、大切で、何も見えなくなる。

幸いすぐそこだからとロビンは走って行ってしまった。脚が長いのでナミには追いつけない。

「大丈夫かな⋯⋯」
「じゃナミさん、おれはブルに荷物を積んで来るからここで待っててあげたら」
「うん、そうね。ありがとう」
でも、またCP9の時のようになったら?
そう思って、ナミは一人ロビンを追いかけた。





「あれ!?ロビンちゃん、ナミさんと会わなかった?」
事件が起きたのはその後すぐだった。
髪飾りを拾ったロビンが繋いでいたブルの元へ行くと、サンジが目を丸くして言った。
「ベンチのとこで待つって言ってたんだけど」
「え⋯⋯そこへ寄ったのだけど、誰もいなかったからこっちへ来たの」
「じゃナミさんはどこに⋯⋯」
ロビンは目に見えて狼狽した。
「すごい心配してたから、追いかけたのかもな。入れ違ったんだよきっと」
「そう⋯⋯」
心臓が少しだけ速くなるのがわかった。
その後しばらく待ってみたが、ナミは現れなかった。
もちろんできる限り目を咲かせてみたが、それでも見つからない。
「おれ探してくるよ」
「私も行く」
「ロビンちゃん、目を咲かせ過ぎて疲れたろ。もう先に戻ってるかもしれないし、おれが探してるってみんなに伝えて来てくれたら助かる」
そう言われて、ロビンは項垂れた。
「こんな気持ちだったのね⋯⋯」
ロビンの目は既に血走っていて、どれだけ無理をしたかがわかる。
「仲間に居なくなられるのは⋯⋯」
しばし沈黙があって、サンジは明るく言った。
「大丈夫だよ、ロビンちゃん。ナミさんは君を悲しませたりしない」




サンジは後悔で吐きそうになりながら走った。
あの時一人にするべきじゃなかった。ナミの顔が脳裏を過ぎる。

美食の街に行こうよ
行きたいだろうと思って
じゃあネクタイピンを選んであげる

どれだけ言葉を尽くしても伝わらないだろうから、言わないけれど。
嬉しかった。
いつもの軽口がなんかうまく出てこないほど。

ロビンがいなくなって日が浅い一味には、ナミの居場所がわからないことにきっと酷く弱いと思う。
早く見つけたい。
神経を尖らせてサンジは街を飛んだ。



「ナミがいない!?」
「あの不良娘!」
パウリーとルフィ達が声を上げる。
ロビンはがくりと膝をついた。これでもかというほど能力を使った。それでも見つからなかったからこそ絶望が深い。
「ごめんなさい、私を追いかけたせいなの⋯⋯私が単独行動を⋯⋯」
「ひでー顔色だぞ。お前は休め」
ウソップとチョッパーが心配する。
「おれたちが探してくるから」
ルフィはこの町でナミに探された立場だ。
ルフィの言葉は不思議なもので、『必ず見つけられる』という自信が溢れていて、ロビンはその声音に救われる。


ゾロはルフィと共に飛び出した一人だが、案の定行方不明になった地点を目指したつもりが誰よりも遠い場所へ走って来た。
もう辺りは暗く、ゾロが迷い込んだ所は月の光も差さない。
水路が多い為迂回を繰り返してもう戻れそうにない所まで来てしまった。

「アラン・シュバリエを殺す」

不穏な声が聞こえたのはその時だ。
誰を殺すって?
こっちはそれどころじゃないんだが。
男の影が二人、何かを話していた。
はっきりと聞こえたのはそれだけで、ゾロは刀に手をかけたまま息を吐く。

変なことに巻き込まれてないといいが。
ナミを思い浮かべてゾロは頭を横に振った。
浮かぶのは笑顔ばかり。酒と金に目がない女。
案外酒場にいるんじゃないかとゾロはその場を後にした。



「大丈夫ですか!?」
ナミはその声で目を開けた。
ごぼごぼとえずいたナミを、誰かが見下ろしている。
水路に落ちたのだ。
子供が溺れていて、周りには人気がなかった。
必死に手足を動かしているのが見て取れた。
水を飲んだ男の子は声を上げることもできず、ごぽっと音を立てて沈んだ。
ナミは考えるよりも先に飛び込んでいた。
パニックになってバシャバシャと水を掻く男の子を引っ張り上げた。
「ゴホッゴホッ!」
「大丈夫!?」
子供が水を吐くのを見て、ナミが声をかける。
しかしこの地形。
水は下へ進む。島の中腹から流され流され、落ちる時に頭を打った。
それで意識を失い、水を飲んだ。
あの子は、と周りを見ようとするが、ゴホゴホと咳が出て背中をさすられる。
「あ、なたは⋯⋯」
よく見るとその人もずぶ濡れだった。若い男で、白銀の髪が顔に張り付いていた。
「君が溺れていたのを見つけて引き上げました。大丈夫?」
ナミが頭のぶつけた所を触ると、指にべったりと血がついた。
「男の子は⋯⋯?」
「男の子?」
男は周りを見回す。
「僕が来た時には誰もいませんでした。君が流されていて⋯⋯」
「そ、んなはず⋯⋯」
ナミは体を起こして辺りを見回す。
暗い水路は町と町の窪みのようで、建物はみな背を向けている。水も少し臭い気がする。
男は構わずにナミを抱き上げた。
「早く病院に行きましょう。僕の主治医に診てもらいます」
「だ、大丈夫、早く探さないと⋯⋯」
男の子がまだ流されているのだとしたら、手遅れになる。
「今、何時ですか」
ナミが必死で聞くと、男は胸元から懐中時計を出した。それがかなりの細工物であることをナミは見逃さなかった。
「七時十分」
さほど時間が経っていないことにナミはほっとする。
「もう、大丈夫です。助けてくれてありがとう。自分で歩け、ます」
「頭から血が出てるのに、そんなことできません」
男は整った顔を悲しそうに歪ませる。
「子供が溺れていた?」
「そう、一度引き上げて水を吐いてたけど、逸れちゃったのかも⋯⋯早く探さないと」
「では捜索を頼みましょう。人は頼らないと。あなたはもう十分やったと思います」
その体でこれ以上できることはないと、言外に男の言葉は告げる。男は小電電虫を出して、警官に子供が溺れたと通報した。
「良ければうちの家まで運びますが」
「いえ、そんな訳には」
「では、あなたの家まで運びます」
男は容易くナミの体を持ち上げる。確かに、血を流しているので頭がくらくらした。
「⋯⋯ガレーラカンパニーに間借りしていて」
ナミが言うと、誰でも知る大企業の名に男が目を開いた。
「船を作っているんですか?」
「ま、まあそんなとこです⋯⋯」
身分がばれる訳にはいかないので、ナミは言葉を濁した。
「あの⋯⋯よろしければ、お名前を聞いてもいいですか?」
男は恥ずかしそうに言った。
「ナミといいます。あなたは?」

「アラン・シュバリエです。アランと呼んでください」









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