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□泥棒猫と呼ばれるようになったわけ
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ニ、









グジャ⋯⋯グジャ⋯⋯

水を引きずるような音で、パウリーはその人影に気づいた。
見知った街だと率先して駆けずり回り、ナミの行方を探していたのだ。
ナミはすらりとした男に抱かれてずぶ濡れで運ばれて来た。

「ナミか!?」
「パウリー⋯⋯」
ナミがほっと息を吐く。
「良かった、無事で⋯⋯」
パウリーがアランに聞く。
「何があった?」
「子供が溺れているのを助けようと、飛び込んだそうです」
「この人が助けてくれたの⋯⋯」
「そうか、ありがとう」
「ナミさんのお父様ですか?」
ナミが吹き出す。
「違う、仲間。友達よ」
くすくすと笑うのに、パウリーが真っ赤になって怒っている。
その光景にナミは安心して、深く眠ってしまった。


チョッパーがナミの頭を四針縫った。
ナミが目を開けるとロビンが泣きそうになりながらこちらを見ていた。他の仲間も覗き込んでいて天井が見えないほど。

「あ⋯⋯ロビン、髪飾り見つかった?」
ナミがぼんやりと言うと、こくこくとロビンが頷く。
「良かった〜!意識戻ったな!」
「ナミさん、心配したぜ」
「ゾロはまだ戻らねーのか!?」
「ごめんね、心配かけて」
ナミは周りを見回す。
「アランって人は?ここに連れて来てくれた人」
「シュバリエさんなら帰ったよ。また来るってさ」
「そう⋯⋯」
そう言って、また眠った。


次の日の朝方にゾロがやっと街から帰って来た頃、ナミも目覚めた。
「おお、見つかってたのか」
包帯を頭に巻いたナミをゾロはほっとした表情で見た。
ナミが、よっと片手を上げる。
「何があった」
「子供が溺れてて助けようとしたら溺れたの」
「オイオイ⋯⋯」
ゾロが小さな冷蔵庫を開ける。
「その子供は?」
「わからない。気絶してたから。警官が捜してくれてるみたい」
酒にありつきながら、ゾロが言った。
「⋯⋯もしかしたら何かに巻き込まれてたのかもしれねぇぜ、その子供」
「なに?」
ナミが眉根を寄せた。
「酒場で怪しいやつが騒いでるのを聞いた。子供を水路に落としたと言ってた」
「⋯⋯え?」
「本当かどうか知らねぇが、キナ臭い話が多いってことだ。用心しとけ」
怪我してちゃ酒が飲めねぇからなとゾロ。
ナミは俯いた。



「ハゲてる」
「仕方ないだろ、縫う時剃るんだから」
チョッパーに文句を言って、包帯を巻き直してもらう。
もうすっかり元気だと自分では思う。
「外に出たい」
「だめだめ。もう絶対一人になるなよ」
一人になった時間はほんの数分だったが、ナミの周りはすっかり過保護になってしまった。
「ナミさんは座ってていいから!何ならあーんもしてあげるよ」
「みかんの木のお世話しておいたから。ゆっくり休んで」
サンジとロビンが言う。

ナミはベッドの上で正座して真剣にいった。
「チョッパー。私そろそろお風呂に入らないと。昨日から入ってないの。水路に落ちたのよ?それも綺麗じゃないとこに流されたの。もう限界」

外に出たいというのは風呂の問題だ。
船を建築する間ガレーラカンパニーのドッグに間借りしているが、お風呂は会社にあるシャワー(10個ほどある)を借りている。
プレハブの建物を出てそちらにお湯を借りに行くのだが、なぜか鉢あわそうとする社員が後を立たないので主にパウリーが手を焼いていた。

「昨日縫ったとこだからダメだ。血が止まらなくなったらどうするんだ」
「大丈夫!さっと入ってすぐ出るから。もう自分が臭くて我慢できないの」
「臭くねぇから。鹿のおれが言うんだから間違いねぇ」
「臭いもん!ねー臭いわよねー!ゾロ!」
「あー、臭い臭い」
「何なんだよお前ら⋯⋯」
かなり酷い悪口なのだがナミは手段を選んではいられなかった。
結局ねだりにねだって2分以内の入浴で手を打った。
パウリーに周りをガードされながらお忍びでシャワールームに入った。
さすが大企業。
船の施工は大変汚れるものなのでシャワーは10個ほどもあり個別に区切られている。
ナミは1番清潔そうなブースに入って髪を濡らした。
「ねー!パウリー石鹸ある!?」
持ち込み制なのに忘れてしまった。
しかし返事が帰って来ない。
おかしいなと思ってバンと扉を開けると、そこには違う男がいた。
「わああああ!?」
長身の男は手で壁を作ってこちらを見ないようにしている。
「アラン⋯⋯さん!?なんでこんなとこに!?」
「ナミさんを探そうとしたら迷ってしまって!すみません!見るつもりは!」
バスタオルは巻いているが、そこまで恥ずかしがられてはつられてしまう。
ナミは石鹸を取って背を向けた。
「私、5番ドッグのプレハブにいるので!今はごめんなさい」
扉を閉めて体を洗った。
アランの慌てようを思い出して笑ってしまう。
それにしてもパウリーはどこに行ったのよ。

2分で出てくるとパウリーが扉の前に戻っていた。
「さっき呼んだんだけど、どっか行ってた?」
「ちょっと社員に呼ばれたんで。⋯⋯何だ?」
「べつに!」
そう言って脇腹にパンチした。



プレハブに戻るとアランがテーブルに座ってお茶を飲んでいた。
にこにこ笑って、手を振っている。
「さっきはすみません」
「その話はもう忘れて」
後ろで訝しげにする仲間が多数いる。忘れてもらった方がいい。
「この話だけはしなくてはと思って。流された男の子は無事だったようですよ。建て増した階段に引っかかっていて、自力で帰れるほどだったとか」
「そうだったの。良かった⋯⋯」
ほっと息を吐いて、ナミは胸を撫で下ろした。
「お体の具合はいかがですか」
「もうすっかりいいです。縫ってもらったんですけど、その間も寝てたくらいで」
へへへと頭を掻くナミに、アランもぽーっと頬を染めて笑う。
アランは歳が19の柔らかい雰囲気を持っている青年だ。
「いい雰囲気だな⋯⋯」
ウソップが後ろでこそこそと突っ込む。
「お前がナミを助けてくれたんだってな!ありがとな!いい奴だなお前〜!」
ルフィが言うと、ナミも思い出したようにお礼を言った。
「本当助けてくれてありがとう。アランはあの後大丈夫だった?」
「はい。昨日帰るつもりだったのですが、滞在を延ばしました」
「何のお礼もできなくてごめんなさい」
お金もないし、宝石もない。本当の身分は海賊だ。
「いえ、そんな。助けられて良かったです」
アランは赤くなってごくりと唾を飲み、勇気を出そうとしていた。今11時。昼食に誘おうとぐっと膝の上で拳を握った。
「ナミさん、良かったら僕と⋯⋯」
「おおっとゴメンよどうぞムッシュー」
サンジがアランの目の前に昼食を置いた。
さっきまでここにいたのにいつ作ったの?と聞きたくなる、出来立てほやほやのトマトクリームのトルテリーニを。
「お前、そんな神技で人の恋路の邪魔を⋯⋯」
「あーあー聞こえねー聞こえねー」
「わーおいしそう」
もちろんナミの前にも置かれたそれを、二人は食べた。見た目も美しく、香りも最高に食欲をそそった。
「⋯⋯!このトルテッリーニ⋯⋯」
アランはぱくぱくとそれを食べた。真剣な表情で味わっている。
みな昼食をとり始め、部屋はちょっとしたパーティーのように賑やかになった。

「これをあなたが?」
サンジの方を振り返り、アランは敬意と興奮を称えた目で言った。
「素晴らしい⋯⋯正直、こんなに美味しいトルテッリーニを食べたのは初めてです」

「僕の街でもトップレベルに遜色のない美味しさだと思います」
「そうだろ!サンジのメシは本当うめーから」
「ありがとうございます。ごちそうさまでした。ここまでの技術に弛まぬ研鑽を感じます」
サンジはどことなく照れた様子で手を上げた。
「サンジさん、僕に料理を教えていただけませんか」
アランは真剣な表情で言う。
「僕が経営しているレストランがいくつかあるのですが、良ければお招きしたい。もちろんナミさんや、皆さんも一緒に」

クルーたちがわっと沸いた。
「サンジ〜料理教えてやれよ〜!」
「そりゃ⋯⋯オマエはナミさんの恩人なんだからできることはするけどよ」
「えっそれは何店舗も経営している社長ってこと?」
ナミの目がベリーになる。
「まあ、そうですね」
アランはそれでも物腰柔らかい青年だ。

「ンマー、なんだシュバリエくんが来てるとは」
そこへアイスバーグ市長が入って来た。船を手伝ってくれていたらしい。
「アイスバーグさん、お久しぶりです」
「ああ、しばらく」
「知り合い?」
「何言ってんだ、シュバリエくんの家は代々『美食の街プッチ』の市長だぞ」
「えー!?」
「父がね。僕はレストランの方を」
「リストランテ・ディ・アルベールと、ロブ・シュバリエって言や、プッチの山の上の方の超有名店だ」
アイスバーグはおにぎりをむさぼりながら言った。
「ロブ・シュバリエ!」
声を上げたナミの目がベリーから戻らない。世界で一番有名なシャトーレストランだ。知らないわけがない。
「あんたたち、服持ってるの!?」
ナミがルフィの顔を掴む。
「短パン!サンダル!これじゃ入れないからね!」
「ナミさん、そのくらいで⋯⋯」
アランがあわわわと止めに入る。
「トニーくん、でしたね?ナミさんの体調が大丈夫でしたら、ぜひプッチにお招きしたいのですが」
「ああ、2日は様子を見たいから、遠出するならそれからに」
「ではまた2日後に。お邪魔しました」
アランは立ち上がってぺこりとお辞儀をした。
ナミをじっと見る。
「あ⋯⋯ナミさん」
「?」
「⋯⋯やっぱり、明日もお見舞いに来ていいですか?」
その瞳はどこか熱っぽい。初めて恋を知る子供のような、純粋で無垢な眼差し。
「サンジさんに昼食のお礼もしたいので」
アランはにこりと笑ってサンジを見た。
「ええ、もちろん」
「じゃあ午後に来ますね。皆さん、ありがとうございました」
ぱたりと扉が閉まる。




「ンマー、シュバリエくんはナミちゃんにお熱だな」
アイスバーグが言って、部屋がずーんと変な空気になる。
「アイスバーグさんここにいたんですか!問題起きたからって逃げましたね?」
「問題?船がどうかしたのか?」
バーンと部屋に入って来たパウリーにウソップが聞くと、パウリーは頭をがしがしとかいた。
「まあな、お前らは心配することはねぇ。ちょっと組み直すとこができただけだ」
「ちょっと工期が伸びるな」
アイスバーグは人ごとのように言う。
「それよりさっきシュバリエくんが来てたろ、あれがどう見てもナミちゃんのことを好きなんだよな」
「ハ!?あいつプッチのボンボンか!どっかで見た顔だと思ったぜ」
「そうそう、昨日私とパウリーを見て『お父さんですか?』って言われたのよね」
アハハとナミが笑うとパウリーが真っ赤になって怒った。


「で、どうすんの?」
アイスバーグがナミに聞く。
アランのことだろう。クルー達はもうそんな話に興味がないし、サンジだけは明らかに怒って片付けに行った。
「あれは明らかに恋してると思いますけど」
「何言ってんの。どうもしない。私はいつかいなくなる。それに」

「私を好きになっても傷つくだけだから、好きにならないで欲しい」

事実、ナミを助けよう、愛そうとした人はみんな殺されそうになった。怪我をして、傷ついた。
今はもうそんな心配はないのだけれど、でもナミは「助けを求めれば、自分ではない誰かが傷つく」環境で生きて来た。
惚れた男を利用したことだって何度もあるが、今はもうそんな必要はない。
だから自分に惚れなくて良いし、好かれることに抵抗がある。
私を好きになったせいで何年も治らない怪我をした人がいた。
そんなことになるのはもう嫌だから、好きな人が傷つくのはもう嫌だから、私を好きになったり、助けようとしなくていいと、そう思っていた。
ルフィを除いて。

君の為に傷つきたいと思っている背中が、それを聞いているとは知りもせずに。


「ンマー、それは酷だねえ。かわいそうに」
「仕事戻ったら?」



そして一行は、プッチを訪問することになる。










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