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□泥棒猫と呼ばれるようになったわけ
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五、私に触れて







帰って来たナミは様子がおかしかった。
心ここにあらずという感じで、ソワソワしている様子だった。

「別れさせ屋とかいうのもあるらしい」
サンジが言うのに、うん、と相槌を打つ。
皆買い出しや作業で出払っており、二人でお茶をしていた。

「あの、サンジくん」
「ん?」
「私を触ってくれない?」

ん?と思った。
脳が処理しきれないその言葉に、サンジはタバコを落としそうになった。

「え?うん?え?いいの?」
震える手で吸い殻入れにタバコを放り込む。
「うん」

触ってくれない?
って、どこを?
と思ったが、この時が来るのを夢見て来たはずだし触りたいとこは正直なんぼでもある。

サンジはごくりと唾を飲んで、ナミの腕に触れた。肩の薄さを確かめるように撫で、つーと指で肌をたどって二の腕をなぞり、背中に手を回した。
その指のどれもが羽のように触れるのでナミが身を捩った。
「んっ⋯⋯」
え、いいんだよな
唇から漏れた声にボカーンと頭が爆破して、ナミの顎に手をかけた。
キスする寸前でチョッパーが帰って来た。

「ただいま〜!」
「あ、チョッパー私を触ってくれない?」
「え?なんだ?」
言いながらチョッパーはナミの手にタッチした。

サンジはそれを見て愕然とする。
一体何のボーナスステージだったのだろうか?

ナミの『触って』が一通り終わった。
ウソップとフランキーもハイタッチしていたし、ロビンとルフィは迷う事なくハグしていた。
ばっちりやらしい雰囲気にしてしまったサンジは汗をだらだらと流す。



深夜、ゾロが起きてきた時にもナミは触ってと言った。
「は?」
「だから、私に触ってみてって」
「は?」
どういう意味だ、何で二人きりの時にこんな深夜にそんなこと言ってくるんだとゾロはぐるぐる考えた。
考え過ぎて脳のブレーカーが落ちた。

ゾロはナミの頬をギュッとつねった。
「いひゃ」
「さっさと寝ろ」
ナミは頬をさすった。


次の日パウリーに会った時も、ナミは同じことを言った。
「私を触って」
「&@((()\\()&;)&@@)@@@“」
声にならない声を発してパウリーが後ずさる。
「どうしたの」
「なっ、なっ、何を言ってるんだお前は!!!」
「早くしてよ」
有無を言わせないトーンの声にパウリーが圧される。
ナミが水路に落ちて帰って来た時、自分を父親だと間違えたアランにナミはパウリーは仲間だと言った。友達だと。

パウリーはナミの頭をぽんぽんと撫でた。
「⋯⋯ほら、これでいいか」
「うん、ありがとう」



ナミはぼんやりしていた。不安で不安で仕方がなかった。
誰かが触れていなければ、この不安は消えない。
でも、みんな違った。
触れているその時だけは安心するのに、内側を空洞にするような焦燥感はなくならない。

───わたくしに触れられると幸せな気持ちになるの。

ナミは自分が『お人形』なのを思い出した。
マリアのところへ行かなければ。

ナミは自分の足で海列車に乗り込んだ。



ルグラン家の屋敷は、貴族の別荘地がある場所よりももっと山あいで、鬱蒼とした森の中にあった。
かろうじて階下にロブ・シルヴァンのシャトーレストランが見える。
そのもっと上にはシルヴァン家の屋敷がある。

ナミはプッチの駅で降り、ぼやぼやと歩いていた。鞄も持たず身ひとつで、山を登って行く。


「あぁ!やっと来てくれたの」
重厚な扉を開いて、マリアはガラス玉の瞳を輝かせた。

「待っていたわ、私のお人形さん」






アランが約束の時間にガレーラに行くと、ナミはいなかった。忽然と、財布も何も持って行っていないらしく、仲間たちが探していた。
「またいなくなるなんて⋯⋯」
ロビンが懸命に目を咲かせている。

すると、少年が走って来た。
ダニエルはアランに必死に言った。

「ダン!出て来ちゃ駄目じゃないか!危ないのに⋯⋯!」
「ナミさんがルグランの屋敷に入って行くところを見ました!」

ダニエルはハァハァと息を整える。
「マリアが招き入れるのを見ました。このままじゃ、ナミさん何をされるか⋯⋯」
「そんな」
「追おう!」
どうせ全面対決は避けられない。
こうなったら屋敷に乗り込むしかなかった。





マリアがナミの髪を撫でていた。
座るマリアの膝に頭を預けて、目を閉じている。
マリアの手は細くて冷たくて、触れると幸福感に包まれる。

「ねえ、次は着せ替え遊びをしましょう」
ナミは人形の瞳で立ち上がった。
無表情に、まるで当然のように、ぷちぷちと服を脱ぐ。
上着を脱ぎ、下着を取った。
自分で何も纏わない姿になって、マリアにドレスをあてがわれる。

「わあ、かわいい。ナミはこの色も似合うのね」
薄い色のドレスを着せられて、マリアに手を取られると、手から幸福感がじわりと伝わってきた。
ナミは命じられるまで何もしないし、できない。

ただ何も映さない目で待つだけだ。遊んでくれる誰かを。



「きれいな髪の人形だね」
「お父さま」
マリアがゆくので、手を離されたナミはかくんと項垂れた。
「マリーゴールドみたいだ。鮮やかだね」
「ええ、マリア、このお人形が大好き。なんだか蜜柑みたいないい匂いがするの」
「おや、マリアはこの子が気に入ったんだね」
父の名はアルベルト・フォン・ルグラン。
初老の物腰柔らかな男は、マリアに優しい笑みを投げかけた。

「この子、おもしろいの。とても愛情が深い方なのに、心に少しだけ泣いている子がいるの。誰にも言えなくて辛かったことを、わたしとわかりあえるかも⋯⋯」

マリアの横顔を見て、アルベルトは自分の胸を思わず押さえた。
ややあって口を開く。

「じゃあこのお人形には、ひとつだけ命じておくよ」
「ありがとう、お父さま」
にっこりと笑ったアルベルトは、何からも守るようにマリアの横に膝をついた。
ナミの顔を覗き込んで、優しい低い声で言った。



「いいかい、きみは素敵なお人形。きみは相手の気持ちがわかる。相手が一番望んでいることを、叶えてあげるために生まれてきたんだよ」



アルベルトの言葉がナミに染み込んで行った。
ナミは吊られた糸が緩んだかのようにくたりとその場に倒れる。

「寝ちゃったわ」
「起きた時にはきみの素敵な友達になっているよ」

にこりと笑うと男の目尻にしわが寄る。
アルベルトは老いていても端正で優雅だった。

「お父さま、ナミがね、言ったの。小さい男の子が突き落とされたんですって。それはもしかして、お父さまの人形がやったんじゃないかしら。何か聞いてしまった男の子を、口封じの為に落とした。マリア、それは嫌よ。よくないわ」

「そうか⋯⋯ダメな人形だね。私は誰にも知られないようにしなさいと言ったはずなのに」

命令の内容は、人形の個別の能力に左右されて手段を選ぶ。
もっと周囲に注意を払える人形なら、そんな事にはならないはずなのに。



ナミの頭の中で声が鳴った。

───きみは相手の気持ちがわかる。相手が一番望んでいることを、叶えてあげるために生まれてきたんだよ───











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