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□泥棒猫と呼ばれるようになったわけ
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八、心は置き去りのまま








ナミは未だ人形だったが、接する人間がナミに対して持つ「望み」が常識の範囲内なら、おかしな様子はないようだった。

朝食の席で、ナミはロビンをずっと抱きしめていた。
「なんだか、こうしないといけないような気がして⋯⋯」
ロビンも、そのうちナミを『ママ』と呼び出すのではないかという勢いでハグしていた。
パウリーの後はロビンが見張りを担当したので、相当長い時間抱き合っている。


つまり、サンジやパウリーのように『エグい望み』を持っている相手に反応すると、もはやナミは普通の日常は送れないのだ。
今は『ロビンバリア』がセコムとして機能しているので、二人以外に問題が明るみに出ていないが。

「もーこのままでいいんじゃねーのか?」
アハハとルフィが言う。
「それはその、」
「よくねーと思⋯⋯」
なぜか歯切れの悪い二人。
「とりあえずあの親子を探すぞ。手分けしてこの辺の屋敷を片っ端から探す。結婚が目的ならそう遠くへは行かないだろ」
ゾロがそう言うと、アランがやってきた。
「おはようございます、みなさん」
「あの親子を探すことになった」
「ありがとうございます。もちろん僕もお連れください」
決着をつけなくてはならない。
ナミはまだ様子がおかしいのだ。見ての通り。

「えっ、ナミさんとロビンさんはどうしたんですか」
べったりとくっついて離れない二人に驚く。
「わからん⋯⋯」
「わからん⋯⋯」
ウソップとチョッパーが首をひねった。


ナミがアランを見た。
おはようございますと言われ、笑顔で頷く。

その時、ナミは命令を思い出した。
張り付けた笑顔でアルベルトの声を反芻する。
───誰にも知られないよう抜け出して、アランを連れて私たちの元まで戻りなさい───




「ナミ!絶対おれの側を離れるんじゃねぇぞ!しっかりついて来いよ!」
「ふふ、わかったわ、チョッパー」
くじによりチョッパーとナミとゾロがチームになった。
「ゾロ!絶対私の側を離れちゃダメよ!迷うんだから!」
「へーへー」
ナミはゾロと手をつないだ。
それを見たチョッパーも手を繋ぎたそうにしていたので、三人で手を繋いでお散歩した。

ガサガサと茂みから音が聞こえたので、ナミとチョッパーは飛び上がった。
人形だ。
2メートルを越える体躯の人形が武器を持って襲い掛かってきた。かくんかくんと操り人形のように不気味な動きをしている。
「お前ら逃⋯⋯」
とゾロが振り返るともういない。
離れるなって言ったのはどこのどいつだ。

「ギャー!!でけぇー!!」
「ギャー!!こっちにもー!!」
人形の大群にチョッパーが悲鳴を上げる。パニックになってナミの手をつかもうとすると、ナミの姿がない。
「ナミ!?どこ行った!?」
開始3分で逸れてしまった。
本当にどうしようもない。


アランもチームで行動していたが、人形が襲い掛かって来るのに苦戦していた。
そもそもアランは海賊ではないし、戦闘などしたことがない。レストランを経営しているただの貴族だ。鍋より重いものを持ったこともないのに。

「!?ナミさん!?」
「アラン、こっち!」
藪の中からナミが手招きしていた。
「どうしてここに⋯⋯」
「いいからついて来て!」

ナミの足は嫌に澱みなく軽快だった。
アランの手を引いて深く深く山の中へ入っていく。
次第に、アランは不安になってきた。
手を強く引かれながら小走りに山を登って行く。
「ナミさ⋯⋯」

アランは恐る恐るナミの顔色を伺った。
ナミには表情がなかった。
───人形だ!
やっぱりナミさんは人形にされたままだったんだ。
「ナミさん!目を覚まして!」
手を離そうとしても、強く握られて離れない。

女性に無理をするのは気が引けたが、力いっぱい引っ張るとナミは抜け殻のようにどてっと転けた。
「あああっ!!ごめんなさい!!!」
「⋯⋯」
アランは怪我をさせてしまったと顔面蒼白になる。
ナミは肘をついたらしく擦りむいて血が出ていた。

「いやだ、けがをしてるじゃない」
「マリア!?」
見上げると廃墟のような石造りの洋館が目の前にあり、マリアがそこに立っていた。

「さ、立って。中で手当てをしましょう」
「でも⋯⋯」
アランは口ごもり、ナミはさっと立って洋館へ入って行く。
「ずっと外にいたいの?どうぞ?」
マリアはアランを招き入れた。


部屋は昨日いた屋敷よりも狭く、生活感があった。
マリアは転々として生活しており、ルグラン家も何かあった時にはすぐ手放せるように準備してある。

肘掛けのついた花柄のファブリックチェアに座り、目を伏せてぼんやりしているナミの腕に包帯を巻いて、マリアは優しい声で言う。

「ナミ、ここは安全なお家。あなたはいつも通り、あなたらしくいられる。わたくしのことを敵だと思っていない。仲間はあなたを探していない。だから、帰らなくても心配要らない。わたしたちは素敵な友達。痛みを分かち合える⋯⋯大切な人」

「ん⋯⋯」
ナミのまつ毛が瞬く。

アランは呆然と立ってそれを見ていた。
怪我の手当てをしているのだから、手出しはできないと思っていたが、不快感と疑問が口をつく。

「君はそうやって⋯⋯人を操るのか?」

「わたくしはお父さまのように人を操ることはできない。お父さまの能力を借りて、催眠をかけるのは⋯⋯得意だと思う。心の中にある声が聴こえるの。⋯⋯あなたのも聞いた」

初めて顔を合わせ、両家に二人きりにさせられた時、マリアは心を覗いた。
最初の夫のような人なら怖いから。
早々に人形にしてもらわなくてはならないから。

「あなたは、決められた道を、一生懸命歩いて来たのよね?
結婚も、経営も、貴族として期待されるままに全てを受け入れてきた。
自分では何一つ選んだことがない。
何一つ、自分が決めたものはない。
ただ他人の喜ぶ顔が見たいから、自己主張をせずに、周囲に合わせて正解を探して来たのね。
───自分の心は置き去りのままで」

「ど、うして」
声が震えた。
彼女の言語化した言葉は的確に胸に刺さってきた。
自分の心をはっきり知ってしまうほど。

「頑張り屋さんね。そういう方は好きです。あなたから何も奪いたくないけれど⋯⋯」

「んん⋯⋯ここは⋯⋯」

「起きたの。おはよう」

ナミが目を覚ました。

「ん、え、包帯⋯⋯?」
「それは⋯⋯っ」
「転けたのよ。大丈夫だった?痛かったでしょう」
「ううん、大丈夫。ありがとう」
ナミは包帯をまじまじと見た。
そうだ、お茶会の途中だったのだと思った。
「ふふ、マリアに会えて良かった。お茶の続きをしましょ!」
お茶は既に昨日の記憶だが、ナミの記憶は催眠に介入されて時系列が曖昧になっていた。
奇妙な三人によるお茶会が始まり、ナミはとても楽しそうだった。

「もうこんな時間」
「泊まって行って。部屋を用意してあるの」
「ほんと?ありがとう!」
「一緒に寝ましょう」
「ええ。へへ、照れるなぁ」
ナミは照れ臭そうに笑った。

アランにはそれが切ない。どこまでがナミの意思で、どこまでがそうでないのかわからなかった。
───それがまるで、今までの自分を見ているようで辛かった。

───僕が脱出して、みんなに居場所を知らせないと。
それができなければ、自分がナミを愛する資格など、ないのだ。





「こいつら、昨日より強い⋯⋯ッ!」
倒しても倒してもきりのない人形とやり合いながら、ルフィが汗を拭う。
ずっと戦い通しで腹が減ってきた。動きが鈍くなる。
しかし相手は腹が減ることもなく、疲れることもない。
大きい人形の質量は十分だ。

「ルフィ!ナミがいなくなった!」
チョッパーが泣きながら駆けてくる。
「クソ!」
「やっぱりまだ操られてたんだ」
「どこに行ったかわかるか!?」
「わからない⋯⋯人形に襲われて、気づいたらいなかったんだ!」
この攻撃はおそらくその為だ。ナミを引き離す目眩しだった。
「ナミさんに香水を振っておいた!チョッパー、匂いで追えるな!?」
「そのつもりだ!」

しかし、人形の大群がそれをさせなかった。
昨日の人形とは打って変わり、軍服のような出で立ちをしている。
「くそお、何とかならないのか、多すぎる」

「ナミ⋯⋯!」
ルフィが呟いた。





ゾロは迷っていた。遂に、人形も相手にせぬほど全く関係のない場所まで来てしまった。
そして、ものすごい迷い方をして、山をぐるりと一周回った。
すると血が転々と続いているのを見つけた。それを辿ると、男が倒れていた。

「お前は⋯⋯」
ナミを助けた、貴族の男だ。
その人当たりの良さはゾロと最もかけ離れた、理解しがたい存在だったので、ゾロは名前を思い出すのにしばらくかかった。

「⋯⋯アラン!」
「ゾロさん⋯⋯」
アランは殴られたように顔が腫れており、鼻血を流していた。

アランは走って洋館から脱出しようとしたが、人形が襲いかかってきた。
ナミがいる場所を、一味に教えなければと必死に抵抗してここまで逃げて来た。
気を失ったふりをして、這うようにしてここまで来た。

「ナミさんは、この先の洋館にいます⋯⋯マリアと一緒です。ナミさんを人形にしたのはその父親です。その父親を倒さないと、ナミさんは元に戻らない」

「わかった。お前は後から来る奴らにそれを伝えてくれるか」
「必ず」

アランは貴族にしては骨があるやつだ、とゾロは思った。
洋館まで彼の血が続いている。
これで迷わないだろう。











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