novels2

□泥棒猫と呼ばれるようになったわけ
11ページ/22ページ

十一、mon chat mignon







シュバリエ家はどんちゃん騒ぎだった。

父親が元に戻った。
何か様子がおかしいと思ったとアランによく似た母親が言う。
「まぁいいじゃないか!ハッハッハ」

みんな人形との戦いでぼろぼろになっていたが、無事に屋敷に帰ることができ、怪我に処置をすると至れり尽くせりの宴会が行われた。
小さい時からこの屋敷に奉公しているダニエルも、隠れていた小屋から戻って来た。

マリア達の行方は知れず、無事に婚約は破棄と相成った。



「ナミ⋯⋯ありがとう」
気絶した父親を手当てしながら、マリアは言った。

「私たち、償えるかわからないけど、巻き込まれて人形にしてしまった人たちにできる限りのことをするわ」

今頃、木偶として人形にされた人間たちも元に戻っているだろう。

「あんたは友達だから、マリアが決めたことを応援するわ」

ナミはもう幼い少女の外見をしていないマリアに言った。
私たち親子は、ここからまたやり直す。
そう思ってマリアは頷いた。





アランは傷だらけのナミを見て驚いていた。
その肘は自分が転げさせたものだ。
アワアワと慌てるアランにナミが笑う。
「どうしたの」
「ナミさん、傷、それ、あの」
「何にも覚えてないのよね。ロブシュバリエに行った日から、何も思い出せないの。私何してた?」
「いや、いつも通りだったり、そうじゃなかったり、色々でした」
「ええっ。怖いなぁ。覚えてないってなんか変な感じ」
「ナミさんは僕を連れて来るように言われて、あの、いつも通りのフリして上手く連れ出されたんです」
「なるほど〜手段は選ばない感じなのね」
人ごとのように酒を飲むナミに、アランが言った。
「俺、ナミさんに止まって欲しくて、思いっきり引っ張ったら転げさせてしまって⋯⋯その、すみませんでした」
「いいのよ」
「痛いよね、ごめんね」
「ふふ、大丈夫だって」

もっとひどい怪我してるもん、多分ガラスで切ったんだろうけど。とナミが言う。
太刀で切ったような傷なのに、本当に何も覚えてなくて逆に清々しいといった面持ちだ。

「ナミさんは、船が出来たら出て行くの」
「うん」
即答するナミにアランははぁーと息を吐いた。
「好きです。好きでした。ほんとに」
「えっ、なに突然どうしたの」
「あのね」

アランは隣に座って指を組んだ。

「俺は君に会うまでは、何も自分で選んだことがなかったんだ。結婚も、ああ、するんだ〜って感じだったし、仕事も一生懸命したつもりだけど、家業を継いだだけ。君が流れて来なければ、それを疑問に思いもしなかったと思う」

「貴族の間では愛がなくても結婚するのは当たり前。それまでは当然だと思ってたけど、そうしたくないって思うようになった」

好きな人と結婚できたら、と思った。
子供の為に水路に飛び込む激しさがあるこの人を知りたいと思ったし、ユーモアがあって、面白くて、親身になってくれる、そんな人は見たことがなかった。
でもこの人は海賊で、夢に向かって進む人なんだ。

「少しだけ、アランのことをマリアから聞いたわ」
ナミはぽつりと言った。
自分よりも周りを優先して来たこと。一生懸命期待に応えようとしていたこと。
でも、自分の本当の心の声を、聞けるようになったようだ。

「あんたが心のままに生きられるようになったなら、私も嬉しい」

私はここを離れるけれど、元気でね。
そんな笑顔を見て、アランは寂しそうに微笑む。

「夢ができたんです。俺だけの店を持とうかなと思って」
小さくてもいい。一歩ずつ、自分の足で。
「いいじゃない!楽しみね」
心から喜んでいたずらに笑うひと。

店の名前はモンシャミニョン《私の可愛い猫》。
もう決めていた。
アランは未来に踏み出したのだ。










麦わらの一味、航海士のナミは泥棒猫である。


そんな噂が広まり、それはいつしかナミの二つ名となった。

様々な国で口に登ったどこぞの貴族のスキャンダラスな噂は、上流階級の間でも真実味を持って囁かれていた。


───貴族の男を、婚約者から盗ったんですって。
どこかの国の、どこかのお茶会で、白いカーテンが揺れている。
ひそひそと話す令嬢たちは花の囁きのようにまことしやか。

私は王子だと聞いたけど。
私は実業家の方だと聞いたわ。経営者だとか。
婚約者の方がおかわいそう。
女性の方は華族のお姫様らしいわ。
男を誑かしそうだもの、さすが海賊。
それでね、婚約者の方は悲観して田舎に帰ってしまったのですって!
すごく愛し合っていたのに。
まあ!
ひどい。
男も男だわ、そんなひとになびくなんて。
それがね、その方も捨てられたらしいの。
もてあそんだということ?
おおこわい。
なんて方なのかしら。
泥棒猫って、まさに。
人の物を盗るのが好きなのね。
はしたないわ。
本当に。







件の婚約者、マリアは胸の傷を抑えた。
痕は皮膚を移植して消したが、その上に入れる刺青は、まだ何にするか決めていない。
みかんと風車、それとも猫?
多分何も入れないだろうなと思った。
何もしなくても、この痕を見て思い出すのは彼女のあたたかさになったから。










───真実は、海の底。










泥棒猫と呼ばれるようになったわけ
End
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ