novels2

□泥棒猫と呼ばれるようになったわけ
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十二、謝るならなんでしたの
サンナミend







「ナミさん!良かった無事で⋯⋯!」

シュバリエの館で再会したサンジはナミを抱きしめた。
ナミは黙ってそれを受け入れ、くんとタバコの匂いを嗅いだ。

あら?この匂いを知っている気がするわ、と思う。
そしてじっとサンジの顔を見た。

「ナミさん、かわいそうに。この傷⋯⋯」

それはナミにも身に覚えがない傷だが、頬と胸には既にガーゼが貼られている。
何日か経てば治るだろうが、大きな面積を占めていて痛々しい。
それよりも血を失っていたので早く何か食べたかった。

「ん。大丈夫」
なんだか、照れてしまった。
サンジの匂いにくらくらする。
⋯⋯また触れてくれないかな、とそう思った。



「ロブシュバリエに見学行って来たよ」

サンジはアランに誘われて美食の街プッチ最高峰の厨房を見てきたらしかった。
一流シェフたちとの意見交換も盛り上がり、目を爛々とさせて帰って来る。
ナミはまだ怪我が治らないので安静を言い渡されている。

「いいなぁ。私も行きたかったわ」
プーと頬を膨らませて言うナミに、サンジが土産を渡す。
「まあまあ。ナミさんにカヌレもらって来たからさ」
カヌレ・ド・ボルドーは、有名な産地のワインを作る際に余った大量の卵黄をどうにか使用できないかと作られたお菓子らしい。
外は歯応えがあり照りがある。中はもちもちとしている。

他のクルーは皆どこかへ出かけていた。
船の完成までは今しばらく。

「あのさ」
お茶菓子を準備するサンジに、ナミが言い出しにくそうに聞いた。

「わたし、サンジくんと何かあった?」

ガタタタタタ

サンジが棚を危うく倒しそうになる。
ナミは明らかに何かあったのだと察した。
自分が人形になり記憶がない最中に、何かあったのだ。
だから煙草の匂いに覚えがあった。

「⋯⋯えっ、ナミさん、覚えてる⋯⋯?」
「覚えてない。何にも。でも煙草の匂いがした気がしたのよ。⋯⋯その反応じゃ何かあったのよね?何?」

言いなさいとナミが言うので、サンジは罪の意識に苛まれた。
だってナミさんに意識がないのをいいことに、あんなことをしてしまった。
いや、あれは正直ナミさんが誘っていたと思うけど、ナミさんはずっと様子がおかしかったのは間違いないのだ。
修行が足りない。
帰って来たナミさんが「人形になってたみたいで記憶がない」と言った時、ほっとしたと同時に残念だった。
もしかして、ナミさんも同じ気持ちだったのでは?と思う自分と、正気でないナミさんに欲望のままをぶつけてしまったのを申し訳ないと思う自分がいる。

「き、」
「き?」
「キスしましたぁー!スンマセンッ!!」
「え⋯⋯?」
ぼぼぼ、とナミの顔が赤くなった。
サンジは頭を下げて謝罪のポーズを取っているのでそれが見えない。
そのまま数分が過ぎた

「ナミさん⋯⋯?」
恐る恐る顔を上げた瞬間。
ぽろっ
ナミの目から涙がこぼれ落ちた。
サンジの心臓は鉛のように重くなり、冷え、死んでしまおうかと思った。
大変なことをしてしまった。
傷つけてしまった。
泣かせてしまった。
嫌だったんだやっぱり。
意識も正気もないのに無理矢理したと思われてるだろう。しかもやったのはそれだけじゃない。

「ナミさん、本当にごめん」
死んで詫びるつもりで頭を下げる。


サンジが目の前で頭を下げている。
金髪がキラキラと光っている。
ナミは「キスした」と言われて真っ赤になってしまった頬を抑えた。
と、同時に、何故それを覚えていないんだろうと思った。
煙草の匂いしか覚えてないなんて、切ない。
目の前の人が自分のことを好きかもわからないのに、自分だけが真っ赤になるのは酷く滑稽だと思った。
そう思うと、悲しかった。

好きだとは言ってくれないのかな。
自分の知らないところでしたキスを謝られるのは、何故かすごく惨めに思えた。
それならなんでキスしたの?

再会した時、煙草の匂いにくらくらした。
抱きしめられたのは心地よくて、また触れてくれないかしらと思っていたのに。

もしかして私がせがんだ?
だとしたら最悪だ。
もう消えてなくなりたい。

「謝るなら、う、なんでしたの」

ナミはぽろぽろと泣きながら言った。
つるりと相手を責める言葉が出て来て、子供のようで恥ずかしい。

「君が好きだからだよ」
サンジが悲しそうに言った。
本当に酷いことをしてしまったと思った。
場に流されて、自分の思いのままにできる君を蹂躙してしまった。

「う、そ⋯⋯いっつも、冗談みたいで、全然し、信じられない。誰にだって、言うじゃない」

ずっと胸の奥で嫉妬してた。
サンジは私だから優しくするのではない。
女と見れば全員に優しくする。
それが信条。それが彼。特別だなんて、思ったことはない。

「どうしたら信じてもらえるかな」

サンジは俯いて言った。

「君が好きなんだ。ずっと大好きだったよ。そんな大好きな君を、意識がないのをいいことに自分のしたいようにしてしまった。本当に、謝って許してもらえることじゃないかもしれないけど」

息を吐いて吸う。呼吸の仕方を忘れたみたいだ。

「⋯⋯君を自分のものにしたかった。それは君が俺を選んで初めてできることなのに、ごめん」

スンスンと鼻水をすする音が聞こえる。
ナミはチロ、とサンジを見て言った。

「私たち、なにしたの?」
「キス⋯⋯」
「具体的にどうしたのか聞いてるの!」
「ええっと、ナミさんを連れて行こうとしたら手を引っ張られてそれで」
ナミは頭を抱えてもういいと言った。

「今やってみて。嫌だったら嫌って言うから⋯⋯」

ナミがサンジの前で目を瞑った。
擦って少し赤くなった目尻が可愛かった。
そんな顔を見せていいのかと心配になる。
サンジは恐る恐るナミの唇に自分の唇を重ねた。

ナミがぎゅっと目を瞑った。
それが異様に可愛く感じて、サンジはやっと気づいた。
もしかして、おれは思い違いをしていたのだろうか。
ナミさんが俺を好きなんてあり得ない。そうどこかで思っていた。だって君はあしらうのがうますぎる。
でも。
もし同じ気持ちならば、謝られるのは嫌だよな。

「んっ⋯⋯」

あの時そうしたように、舌を入れた。
震える舌がそこにあった。
緊張して、奥にある舌をゆっくりほぐす。
ナミが応えた。
サンジは頭がパンクした。

「んんっ、まって、はげし⋯⋯!」
「ナミさん、おれ」

ぎゅっと苦しいくらいに抱きしめられる。
大好きだよ。と背中に小さく聞こえた声に、ナミはやっと真実を知る。
そうだったんだ。なんだ。そうか。

「私も好きよ」

ナミはサンジを抱きしめ返した。
信じられると思ったし、何よりもサンジが恐れていることは、私を傷つけることなのだとわかったから。

「え⋯⋯ほんと?」
「うん」
「え?」
「本当よ」
「え⋯⋯?」
まだ信じられないという様子で、サンジが何度も聞き返す。

「じゃあナミさんに何しても怒らない?」
「えぇ?何する気なの?」

クス、と笑う顔が異常に可愛い。

「あの⋯⋯実はもっとすごいこともしちゃって」
「何?」
「素股でいっちゃったんだけど」
「スマタって何?」
キラキラと大きな目がこちらを見ていた。
「性器と性器を擦ることなんだけど」
「は?」

氷点下-50°の視線を受けてもサンジはめげなかった。
だって好きだと言われたばかりだから。

「あっ、ん、だめ」
「ナミさん⋯⋯」
唇を何度も重ねてその柔らかさを味わう。
煙草の匂いとオレンジの香りが混ざり合ってくらくらした。

「だめよサンジくん」
「やだ」
せっかく気持ちが通じて許してもらえたのに、こんなところで止めるなんてできない。

「ん、もうやめ、てサンジくんっ⋯⋯!」
「ハァ、無理⋯⋯」
「だめだってばっ⋯⋯!」
サンジの手が太ももに伸びる。

「もう、みんな帰って来る頃だから⋯⋯っ!」
「ただいまーっ!」






「ナミさんの積極的なとこも、可愛かったよ」
「ハイハイ。言っとくけど浮気したら殺すからね」

サンジの贈った髪飾りが揺れていた。










End
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