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□泥棒猫と呼ばれるようになったわけ
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十四、一生分の恋
パウナミend





『私行きたいお店があるの。一緒に行かない?』

それは操られていた間のセリフだ。
本気にするなんてどうかしている。


パウリーはつるりとした光沢のある木材にカンナを掛けていた。
もう周りに職人はおらず、一人残業している。キリがいいところまで、と思ったのだ。
軍手で首に巻いたタオルでたまに汗を拭く。
フランキーがこの船の為に用意した材木は名木で、少し手が緊張していた。
パウリーの腕は超一流だ。しかも乗るのがアイツラと来れば、自然に気合も入る。

あいつらをどこまでも乗せてやるんたぞ。
そんな願いを込めて、パウリーはカンナを動かした。

その優しい手には愛情がこもっていた。
ナミはそれを見ていた。
何度も何度も船を作ってきたその職人の腕前に惚れ惚れとする。
ナミはパウリーが作業するのを見ているのが好きだった。この船のオーナーなのだから無関係ではないのだ。見ていても不思議じゃないはず。
アランとの一件が終わり、ガープが来たり、ルフィの父親の暴露があったりしたが、後は船の完成を待つだけとなった。
船が完成したら、私たちはここを去る。
それが少しだけ、寂しかった。

「⋯⋯そんなに見られてちゃ、集中できないんだが」
「⋯⋯!ごめんなさい」
パウリーがナミの視線に口を開いた。
随分前から気づいていたが、言い出せなかったのだ。
集中できないからといって仕事に手を抜きはしないが、別の意味で心が乱されてしまう。

「すごいわねぇ。その手捌き、職人って感じ」
「⋯⋯まぁ、好きでやってるからな」
その通りだった。
パウリーはこの仕事が好きなのだ。誇りを持ってやっているし、いいものが出来た時は嬉しい。
信頼できる仲間と共に何か作り上げるのも、達成感がある。
まぁその仲間には仮初の者もいたわけだが。

「あのね、ありがとうね。船、こんな遅い時間まで作ってくれてるのね。⋯⋯かっこよかったわよ」

真剣に仕事をしている姿はかっこいいものだ。パウリーのその鋭い眼光に見惚れてしまったのも事実だった。
ナミは照れに照れて足早に去ろうとした。
シャワーを借りて通りかかった時、木を削る音が聞こえたので、誰かいるのかと見に来てしまったのだ。

「⋯⋯っ!」
呼び止めようかと迷って、パウリーは近くの道具入れを倒してしまった。
ガタガタゴロゴロとボルトや、ナットが散乱してしまった。
ああ、ダサすぎる。
パウリーが萎えながら拾っていると、ナミも戻って来てそれに参加した。

「⋯⋯悪いな」
「ううん」

黙々と拾って、最後の一つに同時に手を伸ばした。
手と手が触れて、顔を見合わせた。
お互い真っ赤になっていた。

「あの、私が記憶ない時、なんかあった?」

なんかしちゃったり、変なこと言ったり、してなかった?

ナミが汗を滴らしながら言うので、パウリーは本当に申し訳なく思った。
自分の預かり知らぬところで、自分の意思ではないことを言っていたし、やっていた。
いつからこんな卑怯者になってしまったのか。好きな女に言い寄られて嬉しかったのに、そんなこと絶対本人に伝えられない。

「別に、何もない」
「あ、そうなの?良かった。何も覚えてなくて」

ナミの顔がぱっと明るくなった。それに、得もいわれぬ気持ちになる。ずく、と胸が痛んだ。

「パウリーも私を助けに来てくれたのよね。ありがとう」
何度か礼は言われていたが、改めて言う。
本当にいい子なのだな、と思うし、当初ハレンチだの言って申し訳ないと思った。

「あの⋯⋯良かったら食事に行かない?二人で。お礼に」

ドキッとした。その口ぶりはあの時のそれに似ていたから。

「⋯⋯」
パウリーは黙ってしまった。
余りに沈黙が続くので、ナミが俯いて言う。

「⋯⋯あ、嫌だったら別に⋯⋯」
「いや、そうじゃない、んだが。お前こそ、俺とでいいのかよ」
「え、うん。お礼⋯⋯」

失敗した、とナミは思った。
なんかもう泣きたかった。パウリーはなんだか行きたくなさそうだ。
パウリーの仕事ぶりが好きなことが、バレていたのかなと思う。
恋人でもいるのかもしれないし、だったら誘うのは良くない。
もし恋人がいるなら、パウリーの反応は納得できる。ちゃんと身を引くべきだし、お礼の仕方は他にいくらでもある。
アランの店でお菓子でも買って渡そう。
ナミは笑顔を作った。

「ごめん、やっぱりやめとくわ。恋人とかいたら悪いし」

じゃあね、と言って反応を確かめもせず去った。
パウリーがどんな顔をしているのか、見るのが怖かったから。





しかし次の日、朝早くからパウリーが訪ねて来たから驚きだ。
ナミはちょっと目が腫れていた。
昨日自分が言ったことが恥ずかしかったし、これで別れが来ることが寂しいと思った。
昨日、船を造るパウリーを見て初めての気持ちを抱いた。
かっこいいな、と思ったのだ、本当に。

「⋯⋯行くぞ」
「⋯⋯は?」
ナミはまだ寝巻きだし、目も腫れているし、最悪のコンディションである。
「いや⋯⋯昨日は、悪かった」
ナミを傷つけてしまったと思った。
自分は感情を上手く表現できないし、不器用だし、口下手だし、付き合っても仕事優先でフラれることばかりで長続きしない。
恋人はいないが、それでも好きな女はいる。
好きな女を悲しませたくはない。

「お前がもし良いなら、その、メシ行こうぜ」
「パウリー⋯⋯めっちゃみんな見てるけど」

一味は勢揃いしているし、時間は8時だ。

「パウリーずりーー!どこ行く気だよ!おれも行く!」
パウリーはルフィの頭をぽんと撫でた。
「デートだからついて来るなよ」
「デッ!?」

ナミは2時間後に駅で待ち合わせをした。
沸き立つ仲間を抑えるのは大変だったが、ナミはとっておきの服を着て向かった。
露出の少ない服だ。パウリーが少しでも喜んでくれるといいと思った。

「おう」
「お待たせ⋯⋯」
心臓がドキドキしていた。走ったからだろうか、緊張しているからだろうか。
「⋯⋯行きたい店、あるんだったか?」
「あ、うん」
「悪ィんだが、俺はお前が喜ぶような店とか全然知らねぇから、その。楽しくないかもしれんけど」
言い訳を並べ立てる自分に、いい加減ダセエと思いながら言う。
「あの⋯⋯恋人は?」
ナミがドキドキしながら聞いた。
「いない」
「本当?」
「本当だよ」
「モテそうなのに」
「⋯⋯ばっ!?」
パウリーが真っ赤になる。
ナミはくすくすと笑って、パウリーの腕を取った。
「じゃあご飯は奢ってね。その後のカフェは私出すから。その後はパウリーの家に行っていい?」

全部Yesと言った。
デートはとても楽しかった。

海列車に乗ってプッチからウォーターセブンに帰って来る。
ナミは窓の外を見て、寂しげに言った。

「船ができたら、お別れなのよね」
パウリーは本当に、どれほど手を握ろうと思ったか。
でもできなかった。自分からナミに触れたが最後、別れの言葉が言えなくなるだろう。
ずっとそばにいて欲しいと思ってしまうだろう。
家に向かう途中に、ナミが手を繋いできた。
その手を握り返す。
それしかできなかった。

「連れて行きたいとこがある」
パウリーが言うので、大人しく着いて行った。
そこは今まさにつくり上げている最中の麦わらの船だった。
「まだ未完成だが」
至る所に梯子がかけられている新しい船の中に、手伝いに来たパウリーが請け負った部分があると言う。
「俺の専門は艤装とマスト職だが、ここの手すりは俺が造った」
「素敵」
「⋯⋯実は、アイスバーグさんにガレーラの副社長にならないかと言われてる」
パウリーは腕もあり、部下からも慕われている信頼できる社員だ。
無理もないと思ってナミも頷く。
「もう少し準備が整ったら、それを受けようと思ってる」
だから、一緒には行けない。
ナミのことがとても好きだ。でもナミはここに留まる道を選ばない。
ナミの引いた海図を見た。
───埋もれさせるには、惜しい才能と情熱だ。




「綺麗にしてるのねぇ」
パチンと電気をつけると、革のソファや観葉植物が目に入った。ローテーブルはラタンで、絨毯はサーフ系の柄をしている。
ゴミはその辺に転がっているので、一人暮らしで寝る為にしか帰って来ないという感じがする。

「コーヒーでいいか」
「うん」

ナミが飾ってある海の絵を見ながら返事をした。
コーヒーの匂いがして来てソファに座る。

「今日楽しかったわね」
「ああ、メシも美味かったな」
「でしょ?あのお店雑誌に載っててね、すごく行きたくて」
「⋯⋯あのな」
ナミの言葉を遮ってパウリーが言った。
「行きたいとこがあるとお前は言ってた。記憶がなかった時、俺が見張った時だ。⋯⋯言わなくて、悪かった」
「えっ、それは、私と何かあったってこと?」
パウリーは頷いた。
「ごめん、お前に好きだと言われて、舞い上がった」
「す!?好きだって言ったの!?私が!?」
ヒエ───と声を出してナミは卒倒しそうになる。
何を言ってるんだ私は。意味がわからない。
「⋯⋯ちゃんと操られてるとわかってたはずだったんだが。純粋に嬉しかった。そうなればいいと思ってた。⋯⋯だから、ごめん」

パウリーは頭を掻いた。

「た、確かにその時はそんなんじゃなかったかもしれないけど、私、今は」
「おれから言う」
パウリーは止めるようにナミの唇に触れた。

「お前が好きだ。とても。でもお前が追いかけてるものもわかってるつもりだ」
「私も好き。パウリーが好き。船を大切に造ってくれて嬉しかった。私はいなくなるけど、最後に触れたかったの」

ナミはパウリーの胸に飛び込んだ。
パウリーが細い体をしっかりと抱きしめる。

二人には、過去より刹那が大切だった。
今ここにいる人を感じなければ、互いを知ることもなく別れがやって来るから。
それは嫌だった。

「寂しい」
まだ船ができるまで数週間はあるけれども、別れの日が来ることは止められない。
今だけは一緒にいたい。
「んっ⋯⋯」

キスした。
大切に想われているのがわかる。そんなキスだった。
「ナミ」
初めてちゃんと名前を呼んでくれた。
ナミは笑ってうん、と返事をした。幸せだった。

出発の日まではと、逢瀬を重ねて、何度も抱き合った。
一生分の恋をしたと、今では思う。




別れの日、ナミは船の甲板からパウリーを見下ろしていた。
手すりに触れる。この細工はパウリーが手掛けたものだと聞いた。愛しいと、この木に触れる度これからも思うだろう。

パウリーは手を振った。
ナミも手を振った。

愛していても違う道を選ぶことはある。

幸せな恋をありがとう。
さようなら。
大好きだったよ。











End
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