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□泥棒猫と呼ばれるようになったわけ
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十五、最後の恋
パウナミその後1








ガレーラカンパニー副社長には、ファンクラブがあるらしい。
前途有望、容姿端麗、女が苦手で派手なところはなし。
そんな副社長に女が寄って来るのは当然かもしれなかった。

玉に瑕なところと言えば、借金癖があることくらいか。
そして。

「泥棒猫と付き合ってたらしいわ」
「いやだ、またその人?確かロブシュバリエの御曹司も誑かされていなかった?」
「そうそう、婚約者から奪ったの」
「パウリーさんも毒牙にかかったってわけ?いやな人」
「さすが泥棒猫と言われるだけあるわ」
「海賊と付き合ってたなんて、唯一の汚点じゃない」

とは言っても、有望株であることには変わりがない。

「パウリーさぁん♡」
パウリーが現れると、即座に声音が変わる女たち。
ゆくゆくは社長夫人になって、上流階級の優雅な生活♡
旦那の造った船で世界一周旅行にも行き放題♡

そんな夢を見ている。パウリーはまだまだ独身だったので。


気の良い海賊たちがこの島で船を買い、出て行ってから随分時が経った。
何年かは新聞を賑わせていることで息災を確認していたが、ここのところはとんと音沙汰がない。

手紙も届かない。
あのオレンジの香りのするひとを抱き、互いに愛し合った記憶だけが残っている。
別れは必然だった。自分の為に縛ることもできなかった。もう会えるかもわからないひとを、待ち続けることなんてできない。

パウリーは結婚の話が進んでいた。
尊敬するアイスバーグの勧めとあっては、断り切ることができなかった。
アイスバーグはナミとのことを知っているが、相手は世界的な海賊だ。
望みは薄いと思ったのだろう。パウリーもごく普通の幸せを追求してもいいのではないかと思ったのだろう。

せめて手紙の一通でもあれば、と女々しいことを考えたこともある。
こちらからは出せないのだから。それがないということは───そういうことなのだろう。

どんな大海賊も、どんな富豪も、ナミなら選び放題だろう。
数多の男に愛されるだろうし、求婚もされるだろうことは想像に難くない。

全てが好きだった。
凛とした立ち居振る舞い、能力と技術、明るくて心があたたかく、自分の価値を歯牙にもかけない態度。

もうあんな恋をすることはないだろう。
この思い出には蓋をして、妻になる人をちゃんと愛そう。
パウリーはそう決意していた。






オレンジ色の髪は腰ほどまで伸びた。
近くまで送ってもらって、ウェイバーで海列車の駅まで来た。
「あれ〜?ナミ!?」
「チムニー!!」
久しぶり!と二人は抱き合った。
チムニーはもう大人になって、今はココロさんの代わりに駅長をしているらしい。とても美人に成長している。

「どうしたのさ、こんなところで!あんた大海賊だろ?」
「しーっ!声が大きいって!」
ナミはいたずらに笑う。
「会いたい人がいて、近くまで来たから来ちゃったの!」
「さては男だね?」
「えへへ、もー!チムニーったら」
今麦わらの船は大艦隊なので、じゃあ一味全員でちょっと降りますか!という訳には行かない。
ナミはどうしても!と無理を言って下ろしてもらった。まあ私に駄目とか言って来るやつはもう誰もいないけど。

「パウリーはガレーラカンパニーの社長に近々就任するって話だよ」
「え、そうなの?」
「早く行ってやんなよ。久しぶりなんだろ?」
うん!と返事をしてナミは街へ向かった。
ウォーターセブンを海に浮かせるという公共事業は成功したようだった。
こんなところも変わっている。
それだけの年月が経った。

ただ、一目会いたい。
今もまだあの恋は、心の中できらきらと輝いているから。






暑苦しいスーツは苦手だ。
お見合い相手の親は煙草の臭いが苦手らしく、葉巻はしばらくお預けだった。
良家の箱入りのお嬢さんで、とても穏やかそうな美しい女性だった。名をセリーヌと言う。
まぁ、後は二人でという感じで、まさかのロブシュバリエで会食している。
アランがにやにやと厨房から覗いていた。

(あいつ、今度会ったら蹴ってやる)

「あの、パウリーさんは、お仕事がお忙しいでしょう?」
「⋯⋯ああ、まあそうですね」
「私はどんなことを心がければ良いですか?一番優先した方がいいことなどはありますか?お食事とか、お風呂ですとか」
「いや、そこまでして頂かなくて大丈夫ですよ」
ですが⋯⋯と言い募る相手に、パウリーはふと笑った。
「ゆっくり俺たちのペースでやって行きましょう。結婚したら、時間はいくらでもあるんですから」
そう言われて、セリーヌはぽぽぽと頬を赤くした。
「そ、そうですね」
「すみません、仕事があるので今日はこれで」
「あの」
立ち上がりかけたパウリーにセリーヌが上目遣いで言う。
「次のお約束が、まだですわ」
セリーヌは自分を可愛く見せる方法を知っている。いたずらに、あなたに好意がありますよという顔でちょこんと手を引っ張っていた。
「⋯⋯ああ、すみません。では明日はいかがですか?」
セリーヌはにっこり笑った。
「わかりました。私、行きたいお店があるんです」
次はここより少しカジュアルなお店がいいわよね、とセリーヌは思う。
パウリーはその言葉で昔を思い出していた。オレンジの香りの笑顔のひとを。
『私、行きたいお店があるの。一緒に行かない?』








「わぁ、すっかり変わっちゃったなぁ」
街はまた発展して、新しく生まれ変わっているように見える。
ナミはひとまず、宿を取った。
パウリーは忙しいだろうから、夜にでも家に行ってみよう。

「うわ!泥棒猫!」
街で指を指されることは多い。
何年も経っているとは言え、『人の婚約者を盗った女』というレッテルもこの街では根強い。
ナミはひらひらと手を振ったが、男はデレデレと、女はピリピリとした視線を送って来るのでサングラスをかけた。
例え通報されても、もはやナミに手を出せる組織はない。

(なんかアウェーだなぁ)

ダニエルが流れて来た頃が懐かしい。
あの頃はまだ無名で、自由だった。

待ちきれなくて、パウリーの家の前まで来てしまった。
早く会いたいな。
パウリーはどんな顔をするだろう。
綺麗だと言ってくれるかしら。
ナミは鏡でさっと化粧を直した。

好きな人を待つ時間は、楽しい。
幸せで、ふわふわして、何も怖くない。

カンカンと、階段を上がる音が聞こえた。
ナミは笑顔で振り返る。
と、思うと、パウリーではない男の人がパウリーの部屋だった扉の鍵を開けて、入って行ってしまった。(男はチラチラとナミの方を見ていた)

あ⋯⋯引っ越したんだ。とその時わかった。
ナミは青ざめてショックを受けた。

とぼとぼ歩いていると、見知らぬ男にナンパされたが無人の野を行くが如く雷を落として撃退した。










次の日、ナミはプッチにランチを食べに行くことにした。
ここ数年、雑誌で見ない日はない人気店、『モンシャミニョン』。
意味は私の可愛い猫だそうだ。
外観も内装も可愛く、おしゃれで若い娘が後を立たないそう。もちろんカフェメニューも美味しいと評判だ。
さすがにロブシュバリエにエスコートもなく一人で行く気にはなれないので。

海列車で一駅揺られた。
早く会いたいな。
今日は夕方にガレーラカンパニーに行ってみよう。
早くからだと迷惑だろうから、夕方まではプッチで過ごす。アランの屋敷まで挨拶しに行ってもいいかも。

「ナナナナナミ!?」
ナミはびっくりした。マリアがモンシャミニョンでウエイトレスとして働いていたから。
「マリア!!えーウソなんでここに!?」
二人は手を取り合ってピョンピョン飛んだ。
マリアはぷるぷると震える。
「なっ。か、かわ⋯⋯いえ、綺麗!とっても綺麗!!」
「ええ⋯⋯あんたもね⋯⋯」
ナミはマリアのテンションに多少引きながらも、周りを見渡す。
ナミは開店と同時に来たので、まだお客は並んでいない。

「アラン!アラン!ナミよ!」
マリアが厨房の方を見て呼ぶ。
中からアランが出てきてナミさん!と大きな声を上げた。
「え!?なんで!?ナミさん!?本物!?」
手をエプロンで拭きながらやって来るアランに、ナミも驚く。
「なんでアランがここにいるの?説明して」
「今日はご予約のお客様だけにして閉めましょう」
「うん、そうしよう」
「ええ⋯⋯」
がたがたと看板を出しに行く二人に、ナミが呆れる。

「ナミ、このお店はね、あなたなのよ。モンシャミニョン《僕の可愛い猫》はアランが名付けたの。ここはアランが初めて選んで作ったお店。出だしは大変だった」

「結局全部自分の力ではないしね。家に出資してもらって作った。ナミさんのおかげで踏み出せたから、ナミさんをお店の名前にしちゃったんだ」
アランはいたずらに笑った。
そんなこととは知らなかった。
「それでこんなに有名になるなんて、すごいわ」
「そこはマリアが」
「結婚詐欺師である前歴を生かして、あらゆる営業や宣伝、根回しをおこなったわ。お父さまは領地の仕事をする為にゴアへ帰ったんだけど、私は独り立ちしたかったの」
「ウエイトレスを募集したらマリアが来たからさ」
「外見が変わったから誰も気づかないのよね」
ルグラン家の元婚約者だということは。

ははは、と笑う二人にナミも拍子抜けして笑った。
世の中何があるかわからない。どうなるかなんて全然わからない。
敵同士だった二人が笑っている。

「良かった。そんなことになってるなんて、なんだか嬉しいわ」
「ゆっくりして行ってね。ご予約はフルニエさんと、ジラールさんだけだから」
「ナミさん達の活躍新聞で見たよ」
「私もナミの手配書は家に飾ってる」
壁に貼ってるの。とガチ勢を見せつけるマリア。

しばらく談笑していると、カランカランと扉が鳴った。
いらっしゃいませとマリアが言うと、アランが口を開いた。
「あれ?パウリーさん?」
ナミは入り口を見た。心臓が大きく鳴る。
パウリーがいた。
なんでこんなところに!
抱きつこうと思った。嬉しくて嬉しくて大きく口を開けてしまった。
目が合った。パウリーも大きく目を見開いている。
「パウリ」
「予約していたセリーヌ・フルニエです」

後ろに誰かいる。
ナミは首を傾けてそれを見た。
きれいな女の人がパウリーに寄り添っているのを。
パウリーが嬉しそうにではなく、困ったような顔で驚いているのを。

あ、
それで全て理解してしまった。

「あ⋯⋯」

その後はどうやって帰ったか覚えていない。
ただ笑顔で挨拶をして、宿へ帰ったのだった。









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