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□泥棒猫と呼ばれるようになったわけ
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十七、行方のわからぬ恋
パウナミその後3








ホテルを引き払ったと言ったら、ここにいればいいと言われた。
パウリーは仕事があるのでスーツを着て行ってしまった。
ナミは一人部屋に残される。
ひとまずパウリーのワイシャツを羽織った。
抜襟をするとまずまずのファッションになる。

パウリーを愛してる。
ずっと一緒にいたいとも思う。

でも、パウリーは婚約しているのに。

ナミはビールしか入っていない冷蔵庫を見て、何か作ろうかと買い物に出た。

正直金に困ってはいないので、余計に身のふり方がわからない。
パウリーは私に怒鳴ったけれど、一緒にいて許されるもの?
パウリーが好きだからこそ、彼に辛い思いをさせたくない。
本当に、心からそう思う。







───次のお約束を忘れるなんて、パウリーさんったら。
セリーヌは箱入り娘で、普段から悠々自適に過ごしているが、行動力があった。
次のデートの約束を取り付ける為に、ガレーラカンパニーに向かっているのだ。

ヒールは男を立てる、高すぎない5センチが好き。ファッションは男が喜ぶような清楚なものが好き。
化粧品はカウンターで買ったものをライン使いする。
掃除も洗濯もしたことがないけれど、ちやほやされるのが好きで、すぐ男と寝てしまうところがある。
端的に言えば男にどう思われるかしか考えていることがない。

パウリーと婚約が決まった時はやった!と思った。
だってパウリーはファンクラブがあるほど女性に人気があるのに、交際関係が派手ではないし、男らしい見目もいい。
友達はみんな羨んでいるので気分が良かった。
真面目で有能な人物だと評判だし、何より時期社長!
ガレーラは今や世界的造船企業だし、家の格も釣り合っている。
そう、セリーヌは猫を被っていたのだ。

なんとか今日あたりパウリーの家に招かれたい。
準備は整っているし、もう式の日取りまで決まっている。
妻きどりで会社に行っても問題ないだろう、と本気で思っていた。

ガラス張りの清潔な建物、受付には容姿端麗の若い社員が並んでいたが、セリーヌにはなにも怖くなかった。
「セリーヌ・フルニエです。パウリーさんを」
「お約束はおありですか?」
「あのねぇ、私は彼の婚約者なのよ?さっさと呼び出して」
「ですが⋯⋯」
申し訳ありませんが、お約束をして頂かないと⋯⋯と受付嬢が困り果てる。
副社長は多忙なので、基本的にブッキングがなければ通すなと言われている。

その時、パウリーが真っ青な顔でエントランスを通った。
男性社員に肩を貸されている。

昨日水路に落ちてから濡れたままでいたのが悪かったのか、朝までナミを抱き続けたのが悪かったのか、昼過ぎ頃から急激に体調が悪くなった。
今まで仕事を休んだことはなかったのに、熱が急激に上がって来て、周りに酷く心配された。
部下たちが家に送ると言って肩を貸してくれた。
それをセリーヌも目撃して、キャアと声を上げた。

「パウリーさんっ」
セリーヌが駆け寄る。
部下が、あ、例の⋯⋯とセリーヌとパウリーの関係を察した。
「うつります、から離れてください⋯⋯」
「い、いやです!私もついて行きますっ」
無理矢理ついてくるセリーヌ。

部下たちが家に運び、パウリーをベッドに横たえた。
「わりぃな⋯⋯」とパウリーが謝るので社員たちは口々に、パウリーさんは働きすぎです。とか、いつか倒れると思ってました。と笑う。

婚約者がいるなら当然任せようという流れになり、セリーヌとパウリーは二人きりになった。

「パウリーさん、私、何をすれば良いですか」
パウリーは返事をするのもしんどいようで、首を振った。
セリーヌは何もすることがなくなってしまった。
しばらくパウリーの横に悲劇のヒロインよろしく座っていたが、暇だなと思ってリビングに移動してヨガを始めてしまった。
だって、看病なんてしたことがないし。
体調が悪い時は入院するものだ。家族はみんなそうしている。

それなりに心配はしているけれども、やり方を知らなかった。

だから、玄関にオレンジ色の髪の女が立っていた時も、は?と思ったし、その美しさに心のどこかで負けたと思ったし、食材の入ったスーパーの袋を下げているのが酷く鼻についた。

「え?」
「⋯⋯あ?」

やったわ。凄む声は私の方が怖いわ。嬉しくないけど。

「あの、パウリーは」
「パウリーさんは会社で倒れたんですよ。なので婚約者である私に!連絡が来て駆けつけたんです。あなたは何ですか?」
「あ⋯⋯すみません」
帰ります、と冷や汗をかきながらナミは言った。
震える手で荷物を置く。
袋にはフルーツ、野菜、スポーツドリンクなどが入っている。
昨日ずぶ濡れになっていたし睡眠不足だろうと思ったので、消化の良いものを買って来た。
家の鍵を棚の上に置いた。
なんてあっけない。

ナミが出て行くと、どこかで見たことあるな、とセリーヌは思った。
袋を覗くと水や栄養ドリンクがあったので、お盆に載せて持っていった。

「パウリーさん⋯⋯」
声をかけられて目を覚ましたパウリーの体を支えて水分を摂らせる。
「⋯⋯ありがとうございます⋯⋯」

真っ直ぐに向けられる感謝の言葉は心地よかった。
それが例え横取りしたものだとしても。






ナミは5分後に雨が来るな、と思ったが、何もせず歩き続けることしかできなかった。
バタバタと雨を避けようと走る人々を尻目に、雨に濡れながら歩いた。

やっぱり、上手くいかないものだな。

なんでここに来ちゃったんだろう。
昨日は想いが繋がったと思ったけれど。
こんな思いをするくらいなら、出会わなければ良かった。
───いや、この街に来なければ、ロビンは本当の意味で救われなかった。
この街で出会わなければ今のアランやマリアはいなかったかもしれない。
でも。
こんなにあなたを好きになってしまった私はどうすればいいの?
ああでも今も、あなたが心配でたまらない。
ちゃんと食べられるだろうか、苦しくはないだろうか。
倒れるまで頑張るなんて、本当にパウリーらしい。
───もう、会えないのかな。
ナミがずぶ濡れで歩いているのを何人もの人々が目撃した。








夜中、パウリーが目覚めると、セリーヌがベッドに寄りかかって寝ていた。
看病してくれたのだろうが、それが今は苦々しい。

ナミ。ナミはどこだ。

当然、婚約者のいる家にナミがいる訳はない。
置いた覚えのない場所にスペアの鍵が置かれていた。

昨日までナミがここにいた形跡は⋯⋯それ以外何もなかった。
泡沫の夢のようだ。

「⋯⋯っ、」

パウリーは泣いた。
物心ついてから初めて泣いてしまった。
もう会えないのだろうか。
今すぐ探しに行きたい。

「⋯⋯パウリーさん⋯⋯?」
むにゃ、とセリーヌが起きてくる。
パウリーは慌てて目を擦ると聞いた。
「あの、俺が運ばれた時、ここに誰かいませんでしたか」

パウリーは息も絶え絶えに言う。
まだ熱が依然として高く、ナミを想うと自律神経がガタガタになった。
帰って来たことを朧げにしか覚えていない。
部下に連れられて家に帰ってきた。
セリーヌがそれについて来ていたのは覚えているのだが。
この部屋にはナミがいたはずだ。昨日朝まで愛し抜いたひとが。

「⋯⋯いいえ?誰も来ませんでしたよ」

いやにはっきりとした声音でセリーヌが言った。

「無理しないで。今は寝てください。ね?」
ぴたりと寄り添って寝室に促す。
パウリーは違和感に頭がはっきりとしてきた。
いませんでしたかと聞いたのに、来ませんでしたよとセリーヌは言った。

外出していたナミと出くわしたのではないか。きっとそうに違いないと思った。
そしてその棚の上へ鍵を置いた。───返したのだ。二度と入ることはないだろうと。

パウリーはセリーヌに土下座した。
頭を下げ、苦しげだがはっきりと言う。

「すみません。あなたと結婚はできません。もっと良い、他の方と幸せになってください」

この人にも、アイスバーグさんにも迷惑をかける。
でも今言わなければ、追いかけられない。
心から愛しているひとを、本当は今すぐに追いかけたい。

「な、にを言ってるんですか」
セリーヌは混乱した。頭を殴られたようだった。

「そんなこと、できる訳ないじゃない。友達にも言っちゃったのに。親だって⋯⋯そんな恥ずかしいこと、できる訳ない。そんなの、承諾できない。いやです」

「好きな人が⋯⋯愛してる人が他にいます。本当、に、すみません」
パウリーはゼェゼェと言った。熱でうまく呼吸ができなかった。
「⋯⋯っ!何を言ってるのよ!」
セリーヌはその辺にあったものを投げつけた。
リモコンや、ティッシュの箱がパウリーに当たる。
そうだ。あの女、レストランですれ違った女だ。
ここへ来た時はオドオドとしていたからわからなかった。

今まで思い通りにならないことなんか経験したことがない。
そんなのに耐えられるようにできていない。
何よりも、他の女が手に入れられるのに、自分は手に入れられないことが、許せなかった。

「絶対に別れてなんてあげないわ」
はぁ、はぁと肩で息をしてセリーヌは言った。
「絶対に」
そう言ってセリーヌは帰って行った。
パウリーはその場でドッと倒れた。









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