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□泥棒猫と呼ばれるようになったわけ
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二十一、花と水の妖精







祭りがあるらしい、とパウリーが言った。
パウリーは今日仕事が休みで、明日も祝日で休みだと言う。
それは一年に一回、ウォーターセブンで行われる『アクアフェステ』という祭りで、アクアラグナを鎮めるための祈りの祝祭だそうだ。
歌って踊り、街が活気付いて、それを市長が見に来る。屋台や音楽団が来るので、それを楽しみに人々が集まる。

「そうなんだ」
「頭に花を飾って、歌ったり踊ったりするな。最後は花を水に流すんだ。花を捧げて、アクアラグナの被害が少ないように祈る」
「へえ、綺麗でしょうね」
ナミは参加しないつもりで言った。
世間から見れば有名人であるパウリーを略奪した女だし、あまり人目がある時に外に出ない方がいいだろう。
───泥棒猫って、本当に泥棒猫になっちゃったわね
アランの時とは違って、名実ともになったという感じがする。

「⋯⋯行かないのか?」
「え、うん。行っていいの?やめとこうかと」
気ままに海賊をしていた頃は人目など関係なく無敵だったが、今はパウリーの立場がある。
ナミはそれをよくわかっていたので、はしゃぐようなことはしない。
婚約解消してすぐに恋人がいるというのも、外聞が悪いだろうし。
「そうか⋯⋯アイスバーグさんに会わせてやりたかったんだが」
「懐かしい。元気なの?」
「ああ、ナミが来てると噂になってると言ってた」
噂に。
なってしまうのだ。自分は海賊だったのだから。
ナミがしゅんとしたので、パウリーはそっと抱きしめた。
「ごめん。でもおれの立場なんて気にしなくていい。お前がいてくれさえすれば、おれはその、幸せなんだから」
「うん」
ナミは頷いた。
冷蔵庫の中が少なくなっているし、どちらにしろ買い物に出なければならなかった。
パウリーは行きたそうな素振りを見せていたし、ナミは腕の中から見上げて言う。

「⋯⋯やっぱり行く?ちょっとだけ」
家の前の水路に花を流すくらいなら、とナミは言った。
アイスバーグにはこれから何度でも会う機会があるだろうから、パウリーも頷いた。

「なに食べたい?」
「今日はおれが作る」
「料理できるの?」
「まあな」
ナミはキッチンをパタパタと開けながら、ウイスキーに並んで可愛い苺のビンがあるのを見つけた。
「パウリーって苺のリキュールが好きなの!?」
「⋯⋯悪いか」
「ううん、もっと好きになった。かわいいところあるのね」
他に好きなものある?とナミが聞く。
「鰯の酢漬け」
「あ、それ私も好き。アランのお店で食べて美味しかったわ。今度譲ってもらえないかな?」
タダで。と笑う。
そんな話をしながら、2人は出かけて行った。








音楽がそこかしこで聞こえ、人々は浮き足立っていた。
アクアラグナはこの街の人間にとって看過できない災厄であったが、アイスバーグの都市浮上計画により、今は形骸化している。
祭りはアイスバーグへの感謝と、今ある都市への祝福に彩られ、ポジティブな感情のみで人々を騒がせている。
”ウォーターセブンの花流し”はとても綺麗だ。
観光の一大イベントとして、近隣の町からもたくさん人が押し寄せる。
男女ともに頭に花や花冠を飾り、オシャレをして集まっている。

パウリーはナミに花を贈り、頭に飾った。
長くなったオレンジの髪に、白や青の花の冠がよく似合っていた。
花嫁のようだとパウリーは思った。

「このままスーパーに行くのっ!?ちょっと恥ずかしい」
「大丈夫、綺麗だぜ」

すっかり照れのなくなったパウリーに、今度はナミがドキマギする。

「目立ったらだめなのに」
「わかった。じゃあ一度家に置いてこよう」
自分が一番浮き足立っていたなとパウリーは思った。
ナミに花を贈りたかったのだ。

「じゃあ私が買い物に行くから、パウリーはゆっくりしてて」
「でも、お前」
「いいから!」
ナミが笑顔で駆けて行くので、パウリーは何かプレゼントでも探そうかと祭りの方へ向かった。



ナミがスーパーの袋にじゃがいもを突っ込んでいる頃、セリーヌはナミを探していた。
もしかすると、セリーヌという女は男に執着しているのではないのかもしれなかった。
友達に勝ちたかった。
ナミという極上だと思える女に勝ちたかった。
自分が影響を与えられるのか知りたかった。
でなければ、寝取られて悲しむ顔を見たいなどと思わない。
セリーヌはもはやナミに執着していたのだ。
自分がした事で、どんな風に変わるのか知りたいのだ。
だから、奪った男にはすぐ興味が失せる。何度縋られても何も感じなくなる。

「昨日はどうも」

セリーヌはにっこりと笑った。
ナミに会う為にさっきリップを塗り直した。
花柄のワンピースは1番のお気に入りだ。
さぁ、どんな顔をしているだろうとナミを見た。

「あ、あなたは」
道の真ん中で対峙する。遠くに祭りの音楽が聞こえる。
「セリーヌと申します。昨日はパウリーさんが遅くなってすみませんでした」
深々と頭を下げるので、ナミも下げた。
「何があったか、聞きたいですか?」
ナミはなんと言ったらよいのかわからなかった。
「キスしました。パウリーさんと。彼ったら二人きりになると突然豹変して⋯⋯」
「何でそんなことを言うんですか?」
ナミは心底わからなくて聞いた。
その姿は毅然としており、凛としていた。
セリーヌは何がしたいのだろう?パウリーを取り戻したいのか?恋敵である自分を傷つけたいのか?
「どうして嘘だとわかることを、私に言いたいの?私の気持ちが気になるの?なぜパウリーじゃなく私に会いに来たの?」
本当に、どうしてだろう。
セリーヌは思い返してみた。
パウリーとの婚約が決まった時も、一番気にかけたのは周りがどう思うかだった。
友達がどう思うかだ。
羨ましがるだろうか。気にかけてくれるだろうか。本当の友達なんかいないのに。

「そ、そんなの知らないわ。だってあなた、ムカつくんだもの!」
セリーヌが声を上げたので、道ゆく人々が足を止め始めた。
あ、泥棒猫ナミだとか、あ、パウリーさんの⋯⋯とか言う声が聞こえてきた。
「だってだって、あなたは私の婚約者を盗ったじゃない!この⋯⋯泥棒猫!!」

出た。言った。遂にナミがテンプレート通りに言われる時が来た。
ざわざわと周りが騒めいた。
不穏な雰囲気に、好奇心の目が注がれている。

「セリーヌ、あなたがパウリーのことを本当に好きなら、あの人のことを本当に大切にしてくれるなら、私は喜んで身を引くわ。本当に、私はそう思ってるのよ」

ナミは真剣に言った。
周りはもう人だかりだ。
祭りのイベントのひとつか?と勘違いした人々がどんどん集まって来ている。

その時、ヒソヒソと女の囁きが聞こえて来た。揶揄するものではなく、侮蔑と嫌悪の混ざった声は、はっきり届いてしまう。
「泥棒猫はセリーヌの方じゃない」
人混みの中に、セリーヌと同じ年頃の女たちがいた。
「私も彼氏を盗られた」
「私は婚約者を盗られたわ」
「どっちが泥棒猫よ」

セリーヌは声がしてきた方向を見た。皆新しい恋人を連れた、元友達だった。
セリーヌは立っている地面がなくなるように感じた。

違う、違うの。
小さい頃、友達に無視されたの。
友達が好きだった男の子が、私を好きだと言った次の日から、誰も話してくれなくなった。
何を言っても無視されるのは本当に辛かったの。
自分が透明人間になったみたいに何年もされると、だんだんと考えもおかしくなって来て、私がしたことで友達が怒ったり、泣いたりするだけで無視されていないと嬉しかった。
彼氏を盗ったと怒鳴られて泣き叫ばれても、私を見てる!と思うばかりで、傷つけたと反省したことはない。
関係を本気にした男が後を立たなかったけれど、誰のことも好きじゃない。
気にかけているのは友達がどう思うか、私を無視しないかだけだったから。

「パウリーさんのこと、そんなに好きだった訳じゃない」
セリーヌがぽつりと言った。憑物が落ちたようだった。
ちょっといいなと思ったくらいだった。それを好きと言うならそうなんだろうが、胸がひりつくような、なければ生きていけないような恋は、したことがない。

「あなたがどう思うかに興味があったの。あなたが私にムカつけばいいと思った」

セリーヌは本心から言った。自分が何をしたかったのか、少しわかったような気がした。

「そんなこと思わなかったわ。どういう事情があるにせよ、私はあなたからパウリーを奪った。⋯⋯ごめんなさい」

謝った。
ナミが自分を見ていると感じた。
パウリーの婚約者としてではなく、セリーヌという1人の人間として向き合われたと感じた。

野次馬はざわざわと騒めいている。
婚約者はパウリーさんのこと好きじゃなかったって?
泥棒猫が謝ってるぞ。

嬉しかった。
あなたは私を無視しない。
セリーヌは執着した誰かを悲しませることで、自分を見てもらおうとしていた。
それは友達だったり、友達になりたい人だったりする。
男を盗るのは手段だった。
本当は、本当は───友達が欲しかった。


花流しが始まった。水路の上流の方から、ナミやセリーヌのいるところまで花が流れて来ている。

「わぁ〜!お花だ!」
野次馬の中から子供が飛び出して来た。
ナミの前を横切り、水路の前でつんのめって転げた。
水に落ちる、という時、ナミが子供の服を掴んだ。
反転してナミが落ちた。
たくさんの流れる花の中に、オレンジの髪が広がる。

セリーヌと野次馬はその水路を覗き込んで見た。
ウォーターセブンのオフィーリア。
ナミに新たな呼び名が付いたのはこの時だったという。

「大丈夫!?」
セリーヌが言った。
泳ぎが得意なナミは背泳ぎして、花の中でにっこりと笑った。
「流れが速くないから大丈」
ぶ、と同時にセリーヌが飛び込んで来た。
助けに来たのだ。
純粋にそうしたいと思ったから。


野次馬は語ったという。
美女2人が花の流れる水路で笑う姿は、妖精のように美しかったと───。









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