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□泥棒猫と呼ばれるようになったわけ
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二十二、こぼれるほどに









その昔、泥棒猫と呼ばれる女がおり、その女は男を百も二百もたぶらかし、その女の為に命を落とす男は後を立たず、傾国の魔女としても恐れられた───。


「ハァ?却下却下。“ウォーターセブンのオフィーリア”でいいじゃない。語感もいいし」
「それより“私のお人形”の方がいいもん!“催眠操り人形”とか!」
性癖がすごい、とセリーヌがマリアにドン引きしている。
ナミの“泥棒猫”に変わる二つ名を考えているところだったらしい。
「俺のお店は“ナミさんに改心させられた人が集まる店”じゃないんですけど⋯⋯?」
モンシャの店でアランが言った。
先月からセリーヌを雇うことになったのだ。

「私、働いてみたかったの。父にはそんなことしなくていいってずっと言われてたんだけど、ここのお店は可愛いし、制服も私が着たら似合うと思ったから♡」
「あんた、社会をナメてるわね」
「君が言う⋯⋯?」
「君もね」
マリアとアランがジョブを打ち合う。
アクアフェステの日以来、ナミとパウリーはすっかり世間に受け入れられ、セリーヌとナミは友達になった。



「ナミ!?なんでそんなにびしょびしょなんだ」
パウリーがスーパーの袋を下げたナミをタオルで包んだ。
「花流しが始まって、一緒に流れて来た」
「は!?」
次の年から、街一番の美女が流れるようになったとかならなかったとか⋯⋯。

そんなわけで、ナミとパウリーは同棲しており、パウリーはまだ社長に就任しないまでも、セリーヌのたっての希望により婚約解消は穏便に行われた。
人の噂はすごいもので、だいたいの人々がことの顛末を知っているが、総じて、パウリーとナミに同情的、もしくは、冷静な評価が下されたのであった。






パウリーの執務室には世界地図が貼ってある。
その端にはnami.と署名が入っており、これが手書きだということに誰もが驚く。

「私ね、測量事務所を開こうと思うんだけど」
ナミが唐突に言った。
「これが開業資金。これが印鑑。これが実績資料」
パウリーの稼ぎは正直かなり良く、ナミは何もしなくても裕福に暮らせるはずだが、パウリーは何も言わなかった。

「ダメ、かな」
「いや、いいんじゃないか」
この才能を埋れさせるのはもったいない。
ウォーターセブンの為にもなるだろう。
働くのは体が辛いだろうから、心配もしておく。
「体には気をつけて、十年や二十年も少しでも長生きしてくれよ」
「いやおじいちゃんかっ!」
ナミが突っ込むのに、パウリーが笑う。
「お互いが老人になっても、いつまでも一緒にいよう」
「そうね」
ナミがパウリーにキスした。
なんて素敵な恋をしてるんだろうと思った。
この人は老いても愛し続けてくれるんだろうな。
それは何よりも嬉しいことのように思える。
パウリーがナミの腕を取った。
ナミは資料を置いて、ソファーに腰かけるパウリーに跨った。
キスをするたびに、愛しさが込み上げてくる。
何があっても愛していると伝わって来る。
こんなことは奇跡だと思ったし、僥倖だった。
会えない時間も、想い続けていたよ。
あなたは私の一部なのよ。
「ナミ」
こんなに美しい人と、こうしているのが信じられない。
パウリーは何度抱いても惚れ惚れとする人を手のひらで愛しながら、髪に口づけた。
爽やかな香りはナミという人間そのものだ。
その全てを好きになった。
心から大切に想うし、涙が出るほど愛しい。
そんな人が、自分のことも同じように愛しているという。
「泣いてるの」
酒を飲み過ぎたせいだろうか。
この世には愛し過ぎて泣くということがあるのだ。
ナミも笑って泣いていた。
「嬉しい⋯⋯ありがとう」
この現象に名前をつけられない。
ただ愛しくて愛しくて、心と体中が満たされて、収まりきらなかったものが目から溢れ出て来たのだろうと思う。
こぼれるほどに、この人のことが好きなのだ。







仕事が軌道に乗って来た頃、同じ家にいるのに待ち合わせようとパウリーに言われて、ナミはオシャレをしてその場所へ向かった。

パウリーが赤い薔薇の花束を持って待っていた。
100本の束だ。
周りがプロポーズだ、プロポーズだと囁いて和やかに見ている。街の人々にとっても、今か今かと思われていた頃合いだった。

膝を折って花束を差し出す。
ナミは笑った。
あまりにも似合いすぎていて。





泥棒猫と呼ばれるようになったわけには、こんな裏側があったらしい。
真実は二人と、ウォーターセブンの人々と、プッチの人々、または海列車が繋がる土地の人々、噂の届く人々だけが知っている。

その人々は、惜しみなく二人を祝福した。
そして二人は、いつまでも幸せに暮らしたのであった。










End


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